第57話 陽奈が海斗を避ける理由
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「……まあ、仕方ないんだよ。」
晃は遠くを見つめながら呟いた。
その視線の先には、人混みを器用にすり抜けながら屋台へ向かう陽奈の姿があった。
「どういうこと?」
海斗が首を傾げる。
「姉ちゃんはさ、過去に青春拗らせてるから。」
「へ?」
驚いた顔をする海斗。
晃は少し考えるように間を置く。
「姉ちゃんは昔から、女の扱いが上手いタイプの男に弱かったんだよ。」
「……え?」
海斗だけでなく、その場の全員が思わず晃を見る。
「学生の頃。」
「海斗さんみたいなタイプの先輩と付き合ってた。」
「俺みたいな?」
海斗は自分を指差した。
「背が高くて、スタイルも顔も良くて、女の子にモテるタイプ。」
「距離も近くて、誰にでも優しくて。」
「まあ……。」
海斗は苦笑する。
「確かに否定はできない。」
晃は続けた。
「ひなは、その先輩のこと本気で好きだった。」
「でも。」
その一言で空気が少し静かになる。
「結局、その先輩は別の女を選んだ。」
「……。」
「二股だったんだよ。」
「ひなは振り回されて。」
「最後は何も言わずに、その先輩はいなくなった。」
海斗の表情から笑みが消えた。
晃は静かに続ける。
「それ以来かな。」
「女の子との距離が近い男が苦手になった。」
「同じように見えちゃうんだと思う。」
「また裏切られるかもしれない、傷付くかもしれないって。」
海斗は視線を落とした。
「……なるほど。」
拓郎も腕を組む。
「だから、あんなに距離を取るんですね。」
「うん。」
晃は頷く。
「反動なんだよ。」
「それからは逆に。」
「誠実そうで、無口で、女の人に簡単になびかない人。そういうタイプを好きになるようになった。」
「なるほど。」
実莉も納得したように頷いた。
「だから海斗さんが距離を縮めようとすると。」
「本能的に警戒しちゃうんだね。」
「……。」
海斗は両膝に肘を乗せ、大きく息を吐いた。
「だから空回りするのか。」
肩を落とす。
「結構ショックなんだけど。」
「女たらしという共通点が大きいですね。」
拓郎が真顔で返す。
「俺、その先輩じゃないし。」
海斗は苦笑した。
すると拓郎が眼鏡を押し上げながら淡々と言う。
「ですが。」
「ひなさんの好きなタイプ。」
「貝類さん、そのものじゃないですか。」
「……あ。」
海斗が固まる。
「確かに。」
ラスクロでの”貝類”。
無口。
必要以上に喋らない。
女性相手でも態度を変えない。
初対面の相手からは怖がられるほどにクールだ。
腕前だけで仲間から信頼される存在。
陽奈が何年も憧れていた人物像と重なる。
「……。」
晃と実莉は思わず顔を見合わせた。
二人だけは知っている。
陽奈――いや、ハルが。
何年も貝類に憧れ続けていたことを。
だからこそ。
今ここで、
「ハルはずっと貝類のことを好きだった。」
などと本人以外が言うのは違う。
その秘密は、
本人が伝えるべきものだ。
二人は何も言わず、小さく視線だけで意思を交わした。
晃は苦笑しながら話をまとめる。
「まあ。」
「要するに、そういうタイプが好きってこと。」
「……。」
海斗は天を仰ぐ。
「これ、ちょっと痛いなぁ。」
苦笑が漏れた。
「過去の男ぶん殴りたい。」
「そいつのせいで、俺めちゃくちゃ苦労しそうなんだけど。」
その一言に、
実莉が思わず吹き出す。
「ふふっ。やっぱり海斗さん陽奈ちゃんのこと好きなんだね。」
「バレた?」
限定カフェの日、晃と拓郎だけが知った衝撃の事実。
海斗の言動は、その事実を全く隠せていなかった。
隠すつもりも無かったのだが。
「話聞いてたらすぐ分かるよ。」
実莉がクスッと笑う。
拓郎も小さく笑った。
「かなりハードルの高い人を好きになってしまったものですね。」
「笑い事じゃないって。」
海斗は頭を抱える。
「スタート地点がマイナスなの、結構きついんだから。」
その様子を見て、
晃は小さく肩をすくめた。
「でも。」
「ひなは一回信用した相手には、とことん一途だから。」
「そこだけは昔から変わってないよ。」
その言葉だけが、
少しだけ海斗の表情を和らげた。
⸻
その頃――。
屋台で賑わう通りを、
陽奈は紙袋を片手に歩いていた。
「みーちゃんはりんご飴……。」
「とうやくんもりんご飴。」
「拓郎さんは唐揚げ。」
指折り数えながら歩く。
その時だった。
「……くしゅんっ。」
小さなくしゃみが出る。
陽奈は鼻をこすりながら苦笑した。
「誰か私の噂してる……?」
もちろん、
今まさに海斗たちが自分の話をしていることなど知る由もない。
歩いていると、
赤く艶やかなりんご飴が並ぶ屋台が見えてきた。
「あ、あった!」
陽奈は嬉しそうに駆け寄る。
「りんご飴三つください!」
店主から受け取ったりんご飴を袋へ入れ、
その隣の屋台へ向かう。
「唐揚げ大サイズ、一つお願いします。」
揚げたての唐揚げが紙袋へ詰められる。
ちょうどその時。
会場全体にアナウンスが流れた。
『まもなく花火大会開始十分前となります。』
『お席へのご移動をお願いいたします。』
「あ。」
陽奈は空を見上げる。
「もうそんな時間。」
「そろそろ戻らなくちゃ。」
袋を持ち直し、
来た道を引き返そうとした――その瞬間だった。
ぐいっ。
「えっ!?」
突然、
誰かに腕を強く掴まれた。
勢いよく身体が引っ張られる。
「きゃっ……!」
足がもつれる。
咄嗟に踏ん張り、
なんとか転倒だけは免れた。
心臓が大きく跳ねる。
「ちょっと!」
「何なんですか!?」
陽奈は勢いよく振り返る。
その男は、
陽奈の腕を掴んだまま、
静かに呟いた。
「……見つけた。」
どこか聞き覚えがある。
陽奈の背中がゾクリと震える。
街灯に照らされた男の顔が、
ゆっくりとはっきりと見えた。
黒髪にメガネ。
キャップ帽を被っている。
少し低めの身長。
ぽっちゃりとしたお腹。
かなり癖の強い雰囲気。
忘れるはずがない。
間違いなくその男は。
ラスクロ限定カフェへ向かう電車で出会ってしまった人物だった。
「……あなたは。」
息を呑む。
信じられないものを見るように、
その名を口にした。
「……鯉…さん?!」
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