第51話 拓郎の子ども?
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「お待たせしました」
「お?」
二人の視線の先に立つ男。
峯拓郎だった。
清潔感のある黒い短髪。
涼しげな紺色の開襟シャツにベージュのパンツ。
仕事中とは違うラフな服装だが、真面目そうな雰囲気は相変わらずである。
だが――
海斗は思わず目を見開いた。
「……え?」
間の抜けた声が漏れた理由。
それは、拓郎の両手に繋がれた小さな手だった。
六歳くらいの女の子。
そして四歳くらいの男の子。
二人とも大きな瞳で海斗と虎太を見つめている。
「拓郎……」
海斗が真顔で口を開く。
「子持ちだったの?」
子ども二人を指差しながら尋ねる。
くっきりとした瞳は、どことなく拓郎に似ていなくもない。
だが拓郎は、小さな手を握ったまま静かに首を横へ振った。
「いえ、違います。」
即答だった。
「職場の後輩の子どもです。」
「後輩?」
「杉田という男性社員がいまして。」
「急な仕事が入ってしまったそうなんです。」
拓郎は女の子の頭を優しく撫でる。
「今日は元々この子たちを夏祭りへ連れて行く約束をしていたそうで。」
「代わりに私がお預かりしています。」
「へぇ。」
海斗はベンチから立ち上がると、幼い二人の前へしゃがみ込み、目線を合わせた。
「こんばんは。」
「こんばんは!」
女の子が元気よく返事をする。
その隣で男の子は少しだけ拓郎の後ろへ隠れた。
人見知りらしい。
「僕は海斗。」
「こっちはトラちゃん。」
「よろしくね。」
男の子は小さく会釈だけした。
一方。
「みーちゃんはみはる!」
「こっちは弟のとうや!」
「よろしくね!」
女の子は人懐っこい笑顔で、自分と弟を紹介する。
そして海斗の顔をじーっと見つめた。
数秒。
真剣な表情。
そして。
「イケメンのお兄ちゃんだぁ!」
満面の笑み。
「たくろーさんもかっこいいけど、かいとおにいちゃんのほうがみはるのタイプかも!」
「おとなっぽいし!」
「そんな言葉どこで覚えてくるんですか。」
拓郎が思わず額に手を当てる。
「がっこうだよ?」
「今年の春に入学する前は、こんなにませてなかったのに……」
「イケメンを拝めてしあわせー!」
「……。」
拓郎は静かに頭を抱えた。
親しげに会話する姿は、まるで本当の親子のようだった。
その様子を見て、海斗は思わず吹き出す。
「えぇー。」
「そんなこと言われたら困るなぁ。」
ポケットから財布を取り出す。
「褒めても何も出ないよ?」
そう言いながら財布を開き、
「……よし。」
千円札を一枚取り出した。
「好きなの買っておいで。」
「えっ!?」
拓郎が思わず止める。
「甘やかさないでください。」
「今日くらいいいじゃん。」
海斗は笑う。
「祭りなんだから。」
みはるは目をキラキラさせながら拓郎を見上げた。
「いい???」
「ダメです。」
「えーー!たくろーさんのケチ!」
「……ケチ。」
その一言に、拓郎の動きがぴたりと止まる。
「いいでしょー!」
完全に許可待ちだった。
拓郎は困ったように眉を下げる。
その横で海斗は笑いながら続ける。
「一人だけだと喧嘩になっちゃうからね。」
そう言って男の子へ優しく微笑みかける。
「君の分も。」
もう一枚千円札を取り出した。
「これで平等。」
「やったー!」
みはるは大喜び。
とうやも嬉しそうに小さく笑った。
「海斗さん。」
虎太が苦笑する。
「財布の紐ゆるすぎません?」
「子どもには弱いんだよ。」
海斗は照れくさそうに笑う。
そのやり取りを見ていたみはるが、今度は虎太を見上げた。
「お兄ちゃんもかっこいい!」
「え、俺!?」
突然褒められ、虎太は目を丸くする。
「かっこいいのは事実だけど、俺は何も出ないよ!? かっこいいけど!」
「幼い女の子に言われた”かっこいい”を噛み締めすぎなんだよ。そして小遣い出せよ」
海斗がすかさずツッコむ。
「海斗さんが出しすぎなんすよ!」
そのやり取りに、子どもたちはケラケラと笑い出した。
拓郎もつられて小さく笑う。
そして視線を虎太へ向けた。
「あ、初めまして!」
虎太は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
拓郎も軽く会釈した。
「こちらの方は?」
海斗が口を開く。
「あぁ、こいつはトラちゃん。俺のマネ……むぐっ」
「……マネ?」
途中まで聞こえた言葉に、拓郎が首を傾げる。
虎太は慌てて海斗の口を塞ぎ、笑顔を作った。
「海斗さんの従兄弟の、新里虎太です!」
『従兄弟』の部分だけ妙に力が入っている。
自己紹介をしながら、海斗をギロリと睨みつけた。
(何普通に紹介しようとしてるんすか! マネージャーなんて言ったら身バレするでしょ!?)
視線だけで訴える。
海斗はハッとした表情になった。
(……あ、ごめんちゃい。)
両手を合わせ、小さく舌を出す。
虎太は呆れたようにため息をついた。
従兄弟というのは事実だった。
住んでいる国こそ違うが、海斗の母は日本人。
虎太が幼い頃から、ごくたまに顔を合わせる機会があった。
だから嘘ではない。
ただ、それ以上は伏せておく。
そんなやり取りを視線だけで交わす。
「今日は海斗さんのアッシーとして来てますので、俺のことはお気になさらず!」
「あぁ、そうなんですね。」
拓郎は納得したように頷く。
すると虎太がにこりと笑った。
「あなたが拓郎さんですよね?」
「岩みたいな筋肉マッチョのおじいさん使ってる!」
その言葉に拓郎が少しだけ眉を上げる。
「なぜそれを?」
「いつも海斗さんがゲームしてるの見てるんで。」
「海斗さんがお世話になってる人たちのことは、ある程度把握してます。」
「……。」
拓郎は数秒虎太を見つめ、
「あなた、仕事できそうですね。」
ぽつりと言った。
「はい?」
虎太がきょとんとした、その時だった。
「あ! いたー!」
聞き慣れた明るい声。
全員が振り向く。
人混みの向こうから歩いてくる三人。
先頭を歩く陽奈。
薄桃色と白を基調とした浴衣。
小さな花柄が夕日に照らされ、柔らかく揺れている。
髪はふんわりと二つのお団子にまとめられ、小さな髪飾りが歩くたびに揺れた。
その隣には紺色の浴衣姿の実莉。
そして、
なぜか背中をさすりながら歩く白いTシャツ姿の晃。
「……。」
海斗の動きが一瞬止まる。
視線の先にはもちろん陽奈の姿があった。
思わず息を飲む。
(……かわいい。)
ゲームの中でも。
普段の私服姿でも。
何度も可愛いと思ってきた。
それでも。
浴衣姿の陽奈は、そのどれとも違って見えた。
夕日に照らされる横顔。
歩くたびに揺れる帯飾り。
ふと視線が合う。
陽奈が嬉しそうに小さく笑った。
胸の奥が、小さく高鳴る。
「……やば。」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
その横で虎太は、
海斗の横顔と、その視線の先にいる陽奈を見比べてニヤリと笑った。
「へぇ。」
小声で呟く。
「あれがハルさんですか。」
海斗は返事をしない。
視線はずっと陽奈のまま。
「めちゃくちゃ可愛いじゃないっすか。」
「……。」
「そりゃ海斗さんも本気になりますよね。」
肘で軽く海斗の腕をつつく。
海斗はようやく我に返った。
「……うるさい。」
「否定しないんですね。」
「……なんか今日ウザいなトラちゃん。」
そんなことを言いながらも、珍しく耳だけ少し赤くなっていた。
「海斗さんと拓郎さん!」
陽奈が笑顔で手を振る。
「ごめん! 待った?」
「全然。」
海斗も自然と笑顔になり、手を振り返した。
「むしろ今来たところ。」
「私も、今来たところです。」
海斗と拓郎が答える。
陽奈たちが近付いてきた。
「海斗さんが時間通りに来てるなんて意外すぎ。」
晃が言う。
「確かに! 遅れてきそうなイメージあるよねー!」
陽奈も頷く。
「前回のカフェで集合時間に間に合わなかった人が言うセリフじゃないね。」
晃がぼそっと呟く。
実莉が苦笑する。
しかし陽奈は聞き逃さなかった。
「あれはほら! 鯉とかいう変な人に絡まれたのが原因だから!」
「あれがなければ、ちゃんと間に合ってたの!」
少しムッとした表情で言い返す。
その直後。
陽奈の視線が拓郎の両手へ向く。
「あれ?」
「子ども……?」
実莉も目を丸くする。
「拓郎さん、お子さんいたんですか?」
「違います。」
拓郎は今日ニ度目となる否定を口にした。
「職場の後輩、杉田のお子さんです。」
そう言って二人の頭を優しく撫でる。
「杉田に急な仕事が入ってしまいまして。」
「元々この子たちを夏祭りへ連れて来る予定だったのですが、どうしても来られなくなったので。」
「私が代わりに連れて行くと申し出ました。」
「なるほど。」
陽奈は納得したように頷く。
「そういうことだったんだ。」
「一瞬びっくりした。」
その横で実莉もほっと胸を撫で下ろした。
「ほんとに。」
「私も一瞬、拓郎さん結婚してたのかと思っちゃった。」
「今日だけでニ回ほど言われました。」
そして真顔で続ける。
「まあ、真面目で頼りがいのある私が結婚どころか未だに彼女すら居ないのは、自分でも納得が行かないのですが…」
黒縁メガネを指で持ち上げながら言う。
「……ソウダネ」
少し引いた陽奈の声。
そんな様子を見て、みはるが言う。
「たくろーさんね、いつも自己評価がたかいんだよ」
「だから彼女がいないのかもな」
晃が腕組みしながら頷いた。
「聞こえてますよ」
直後。
拓郎は真顔で晃の背中をパシッと叩いた。
「ぐっ……」
大袈裟に仰け反る晃。
「叩かれるの2回目……」
その様子を見て、周囲から自然と笑い声がこぼれた。
ついに。
ラスクロメンバーで回る夏祭りが始まろうとしていた。
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