第48話 先生の夏祭りデート?!
6月末日。
夏祭り当日の昼下がり。
コンクリートからはジリジリと日差しが跳ね返り、モヤモヤと蜃気楼が浮かぶ。
よく晴れた外からは夏の日差しが差し込み、校庭の木々からはセミの鳴き声が響き渡っていた。
6限終わりの都内中学校の保健室。
陽奈はそんな外の景色を、クーラーの効いた涼しい部屋の中から眺めていた。
窓際に置かれた机で、保冷剤をキッチンペーパーで包む作業をしている。
打撲や火傷などに使用する保冷剤だ。
特にこの季節は、熱中症で保健室に来る生徒へ手渡すことが多く、使用頻度も高い。
そんな作業をしている中、部屋には女子生徒の声が響き渡った。
「ひーなーちゃーーーん!」
「ねーーーえーーー!」
陽奈の手が止まる。
保冷剤を机に置き、カーテンで仕切られたベッドの方へ向かった。
「はいはい、どうしたの歌恋ちゃん。」
ゆっくりとカーテンを開ける。
そこにはベッドの端に座り、保冷剤をぷにぷにと指で押している女子生徒の姿があった。
艶やかな黒髪は肩上で綺麗に切り揃えられている。
膝上丈のスカートからは華奢な足がスラリと伸びていた。
少し制服を着崩していて、簡単に言えば少しやんちゃな印象。
鈴木歌恋
中学二年生。
この保健室の常連のひとりだ。
新学期開始早々、雑巾がけをしたばかりの廊下でスケートをして転んだ、あの女子生徒である。
お喋り好きな彼女は、特に用事がない時でも保健室によく足を運び、陽奈に話を聞いてもらっていた。
だが今日は違う。
体育の授業中、軽度の熱中症で体調不良となり、保健室で二時間ほど休養していた。
「これ、もうぬるくなっちゃったからいらなーい。」
そう言って差し出してきたのは、タオルに包まれた小さな保冷枕だった。
「ほんと?まだ少し冷たいと思うけど。」
「いらない。もう元気だから!ほら!」
そう言ってベッドから勢いよく立ち上がろうとする歌恋。
陽奈はその肩を軽く押して、再びベッドへ座らせた。
「元気なのはわかったから、とりあえずもう一回水分取って。」
スポーツ飲料のペットボトルを差し出しながら、軽く首元へ手をやる。
体温は平熱。
汗ももう引いている。
よかった。
症状は落ち着いたようだ。
陽奈はほっと胸を撫で下ろしながら、困ったように笑った。
「もう……心配したよ。」
その言葉に、歌恋の肩がピクリと動く。
先程までのおちゃらけた様子は消えていた。
「ごめんなさい。」
大人しく頭を下げる。
陽奈はそんな歌恋の頭を優しく撫でた。
「今度からはちゃんと水分取って、無理しないで休むんだよ?」
その声に、歌恋は静かに頷く。
それを見て満足そうに微笑み、陽奈は先程まで作業していた机へ戻った。
「下校時間までゆっくりしていきなー。」
作業を再開しながら声をかける。
歌恋は暫くベッドの端に座ったまま、もくもくと手を動かす陽奈を見つめていた。
机に向かう真剣な眼差し。
サラリと落ちてきた一束の髪を耳にかける仕草。
保冷剤を丁寧に包む綺麗な手。
思わず見とれてしまう。
「ひなちゃん……。」
「なーに?」
手を動かしたまま返事だけする。
「やっぱり好きすぎる!」
陽奈の手が止まった。
目を丸くして歌恋を見る。
「へ?」
「優しいし。綺麗だし。一緒にいて安心するし。」
「それに何より、かわいすぎ!」
「ふっ。」
突然の怒涛の褒め言葉に、思わず笑いが込み上げる。
「突然何かと思った。褒めても何も出ないからー。」
「思ったこと言っただけだもん!」
「私も、歌恋ちゃんのそういう素直なところ好きだよ。」
「わーーい!」
無邪気に喜ぶ女子生徒を、陽奈は優しい眼差しで見つめる。
ほんと、癒されるな。
そう思った。
その時だった。
保健室のドアがガラッと開く。
「失礼しまーす!」
保健室の入口には、ひとりの女子生徒が立っていた。
肩からスクールバッグを提げ、手にはもうひとつ鞄を持っている。
歌恋の分だろう。
こちらも普段の歌恋に負けないくらい元気な声だった。
陽奈が入口へ目を向ける。
その声に、歌恋もベッドからひょこっと顔を出した。
そしてパッと表情が明るくなる。
「あ!モモ!!」
モモと呼ばれた女子生徒。
胸下まで伸びた柔らかな髪をふたつに分けて緩く括っている。
香山桃子
歌恋のクラスメイトであり、一番の友達だ。
「歌恋!元気になってんじゃんー!」
そう言いながらベッドサイドへ駆け寄る。
「もう帰りの会終わったの?」
陽奈が声をかける。
「はい!ちょうど今終わって、すっ飛んできました!」
元気いっぱいに答える。
少し肩で息をしていた。
すっ飛んできた……。
きっと廊下を走ってきたんだろう。
この子もいつか歌恋と同じように、廊下で転んで保健室へ来る日が来そうだ。
大きな怪我にならなければいいのだが。
そう考える陽奈の口から、小さなため息が漏れる。
「廊下は走んないで……。」
「「はーい!」」
本当に、返事だけはいい二人に、少し頭を抱える。
「歌恋、迎えに来たの!一緒に帰ろう!」
そんな陽奈の様子を気にする事なく、桃子が歌恋に鞄を差し出す。
歌恋はそれを受け取りながら陽奈へ視線を向けた。
帰っていい?
そんな風に聞いているようだった。
水分も取れている。
熱もない。
顔色もいい。
本人も元気そうだ。
陽奈は歌恋を見て、笑顔で頷いた。
それを確認すると、歌恋は嬉しそうに桃子へ向き直る。
「うん!!帰ろう!」
元気よくベッドから飛び降りた。
勢いよく手を繋ぎ、そのまま入口へ向かう。
そんな二人の姿を見ながら、陽奈は肩をすくめた。
「歌恋ちゃんのことは私が担任の先生に伝えとくから、気を付けて帰るんだよー!」
「はーい!ありがとう!」
「さようならー!」
二人を見送りながら廊下の窓へ目を向ける。
時刻は十六時頃。
差し込む陽の光も、ほんの少しだけ橙色を帯び始めていた。
その時だった。
陽奈の白衣のポケットの中でスマホが震える。
優しいメロディが流れた。
Veilの曲だった。
(やば……マナーモードにし忘れてた……!)
慌ててスマホを握りしめる。
そして保健室へ戻り、急いでドアを閉め、
そっと画面を確認する。
陽奈の弟、晃からだった。
着信音は周囲には音は聞こえていないはず。そう思っていた。
……だが。
女子生徒たちの耳には、しっかり届いてしまっていた。
陽奈が保健室へ戻った直後。
二人はピタリと足を止める。
そして、くるりと振り返った。
「……ねぇ、今の聞いた?」
歌恋が言う。
「聞いた聞いた!Veilの曲!」
「あの歌、うちのママ好きなんだよねー。」
桃子が頷く。
「違うって!私も好きな曲だけど、そこじゃなくて!」
「ひなちゃんのスマホに電話来てたよね?!」
「誰からだろ……。」
「確かに……気になる……。」
中学二年生女子。
好奇心旺盛なお年頃である。
二人は顔を見合わせた。
数秒の沈黙。
そして同時に小さく頷く。
その好奇心には抗えなかった。
保健室の前へ戻る。
中から見えないよう、そっとドアの横に身を寄せて耳を澄ませた。
僅かに聞こえてくる楽しそうな声。
「……今仕事終わりだから時間通りに行けそう。」
「でも浴衣着なきゃだし……。」
「晃にも手伝ってほしい」
晃。
ほとんど内容は聞こえない。
だが確実に男の人の名前が出てきている。
つまり。
電話の相手は――
「「ひなちゃんの彼氏……!?」」
二人の声が綺麗に重なった。
「花火大会って絶対今日の夏祭りのことだよね!?」
「うんうん!浴衣着て男の人と夏祭り行くってことは……」
「「絶対デートじゃん!!」」
そして歌恋が思い出したように言う。
「この前、怪我して保健室来た時にね、ひなちゃんに『いい人いないの?』って聞いたの!」
「そしたら、イケメンの彼氏がいるとか何とか言ってた!」
「そうなのー!?」
「美男美女のデート見たすぎる……!」
「これは、参加するしかないね!」
「夏祭り!!」
「潜入捜査開始だね。」
「うん。」
「ひなちゃんの恋の行方、見届けなきゃ。」
優しく面倒見の良い養護教諭、朝倉陽奈。
そんな彼女が知らないところで
女子中学生二人による極秘捜査が、ひっそりと始まろうとしていた。
ご覧頂きありがとうございます!
是非ブックマーク登録で最新話の更新をお待ちいただけるとありがたいです( *´꒳`*)
「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の励みになります!




