第42話 海斗からの夏祭りの誘い
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五月最後の日曜日。
昼前。
昼食の時間帯だった。
朝倉晃は昨晩から姉の家に居座っている。
普段通り眠たそうな瞳。
だが今日はそれに輪をかけて眠そうだった。
ソファに横になりながら大きな欠伸をひとつ。
テレビでは昼の情報番組が流れているが、内容はほとんど頭に入っていない。
白の無地Tシャツ。
黒のスウェット。
完全な部屋着姿。
普段は目元にかかるグレージュのマッシュヘアも、今日は前髪をまとめてピンで留めていた。
家で作業をするとき限定の髪型だ。
昨晩は依頼されたイラストの仕事を深夜まで続け、そのまま陽奈の家に泊まったらしい。
「今日もどこにも行かないのー?」
キッチンから陽奈の声が飛んでくる。
珍しく昼食を作っていた。
フライパンからはいい匂いが漂ってくる。
「んー」
晃はソファの背もたれに頭を預けたまま答える。
「暑いし外出たくない」
「出た、引きこもり」
「事実だし」
まだ五月末だというのに室内では扇風機が回っていた。
窓の外からは気の早いセミの鳴き声まで聞こえる。
「まあ、それもそうか」
陽奈は苦笑しながら野菜を炒める。
「昨日遅くまで仕事してたしね」
「今日はゆっくりしていきなー」
その言葉に晃がゆっくり上半身を起こした。
そして怪訝そうな顔で陽奈を見る。
「……ひちゃが珍しく優しい」
「一言余計」
即座に返ってくる。
だが機嫌は悪くならなかった。
むしろどこか上機嫌である。
「まあ今日は夕方くらいからVeilの生放送あるからぁ」
「なんでも許せちゃうね」
「あー」
晃は納得した。
Veil。
今人気急上昇中のシンガーソングライター。
顔出しはしていない。
だが高身長のシルエットと甘い歌声だけで絶大な人気を集めている人物だ。
元々はネット中心の活動だったが、最近ではテレビ出演も増えてきた。
陽奈は活動初期からの古参ファンである。
前回、実莉が陽奈の家で夕食を食べた時もテレビを見ながら布教する程だった。
「絶対リアルタイムで見るんだから!」
「晃も付き合いなさい」
「強制なの?」
「歌声と色気を学んで」
「弟に何目指させてるの」
呆れた顔を向ける。
するとその時だった。
ピコン。
二人のスマホが同時に鳴る。
昨晩以来動いていなかったグループLIME。
『ラスクロいつメン』
からの通知だった。
晃はスマホを手に取る。
送信者は海斗。
『今度これ行かない?』
その一文と共に添付されていたのは、夜空いっぱいに咲く花火のチラシ。
「お祭り?」
晃が小さく呟く。
花火大会。
夏祭り。
添付されたチラシには六月下旬開催と書かれていた。
晃は数秒画面を見つめる。
そしてすぐに理解した。
これ。
五人への誘いではある。
でも実質――
(姉ちゃんへの誘いじゃん。)
遠回しだなぁ、思わず少し笑ってしまう。
「なになに?」
陽奈がキッチンから顔を出した。
「スマホ同時に鳴ったってことはLIMEグループ?」
「そう」
「ラスクロのいつメン」
「なんて内容?」
「祭り一緒に行かないかってさ」
「えっ!」
陽奈が勢いよく振り返る。
「お祭り!?」
顔が一気に明るくなった。
分かりやすい。
「海斗さんから」
すると今度は微妙な顔になる。
「あー……海斗さんかぁ」
そして何事もなかったように料理を再開した。
その反応を見て晃は少し笑う。
「ひちゃってさ」
「なに?」
「なんで海斗さんのこと苦手そうなの?」
フライパンを動かしていた手が止まる。
「苦手っていうか…」
「なんか軽そうだし」
「軽そう」
晃がそのまま繰り返す。
陽奈は頷いた。
「私、口とかノリが軽い男の人苦手なんだよね」
「もし仮に付き合ったとしたらさ」
「すぐ浮気しそう」
「うわ」
晃が吹き出した。
「もう付き合う所まで考えてんの?」
「想像力ありすぎ」
「違うよ!」
陽奈が振り返る。
「例えばの話だから!」
「別に海斗さんと付き合いたいとか言ってないし!」
「私が好きなのは、無口でクールで堅実そうな殿方なの!貝類さんみたいに…」
ぷくっと頬を膨らませた。
「そういう男の人の方がさ、好きな人にはどんな顔するんだろうって考えたらドキドキするじゃん??」
語り出す陽奈。
こういう時、真面目に返すと長くなりそうだ。
「へいへい」
殿方ってなんだよ、と思いつつそこには触れないで晃はスマホを操作する。
「とりあえず行けるって言っとくよ」
「えっ!?」
陽奈が目を丸くした。
「日にちも何も聞いてないんだけど!?」
「大丈夫」
「姉ちゃん何も予定ない」
「六月後半とか仕事以外暇だろ」
「確かに今のところ予定ないけど!」
「勝手に決めつけられるの腹立つな!」
「とりあえず送っとく」
陽奈の抗議を完全に無視しながら文字を打つ。
『俺と姉ちゃんは行けるよ』
送信。
既読が付いた。
その頃。
競艇場近くのラーメン屋。
海斗はちょうど最後のチャーシューを食べ終えたところだった。
ピコン。
スマホが鳴る。
何気なく画面を見る。
『俺と姉ちゃんは行けるよ』
晃からの返信。
その瞬間。
ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「おっ」
向かいから虎太が覗き込む。
「姉ちゃんってハルさんすか?」
ラーメンを口いっぱいに含んだまま聞いてくる。
「お前なぁ」
海斗が呆れた。
「人のスマホ覗く癖直せよ」
「気を付けまーす」
全然反省していない。
言ったそばから自分のスマホをいじり始める。
「聞けよ……」
海斗がため息をつく。
そんな様子を見ながら虎太が笑った。
「でも良かったじゃないっすか」
「ハルさんも来るんでしょ?」
「まあな」
「進展あったら教えてくださいよ」
「面白そうなんで」
「見世物みたいに言ってこないでくれる?」
海斗が箸を置く。
しかし否定しながらも少しだけ嬉しかった。
陽奈が来る。
それだけで祭りの楽しみが何倍にも増える気がした。
「しかし意外っすね」
虎太が言う。
「何が?」
「自分が提案しといて言うのもなんですが、」
「海斗さんが祭りに行くのが予想外っす」
「そうか?」
「だって海斗さん、人混み嫌いじゃないですか」
確かにそうだった。
人は嫌いではない。
だが混雑は好きではない。
待つのも嫌い。
並ぶのも嫌い。
それなのに今回は自分からゲーム仲間に声をかけた。
「まあ」
海斗は窓の外を見る。
真夏のような青空。
「ちょっと見てみたいなって思っただけ」
「祭り?」
「花火」
正確には。
日本の花火。
だった。
日本に来て五年。
夏祭りというものに行ったことがない。
誘う相手もいなかったし、仕事や用事で潰れることも多かった。
だから今回少しだけ興味があった。
「それに、今年が最初で最後になるかもしれないし」
窓の外。夏を感じさせる雲。
ぼんやりと眺めながら小さく呟く。
虎太は黙って聞いていた。
もしこれが本当に最後のチャンスなら。
夜空に大きく咲く花火。隣にいて欲しい人。
自然とある人物の顔が浮かぶ。
「おっ」
虎太がニヤニヤし始める。
「今絶対ハルさん思い浮かべた」
「うるさい」
「図星だ」
「割り勘な」
「すんません」
即謝罪。
海斗は思わず笑った。
「そんなことより」
虎太が時計を見る。
「あ、やば」
「もうこんな時間っすよ」
店内の時計は午後1時前。
「そろそろ行かないとまずいっす」
「さっきタクシー呼んどいたんで」
海斗が眉を上げる。
「さすが」
「仕事が早い」
「できる男なんで俺」
胸を張る虎太。
「そうだな」
海斗は水を飲み干した。
氷がカランと音を立てる。
会計を済ませて立ち上がる。
店の外は相変わらず暑い。
照り付ける日差し。
遠くで鳴くセミ。
夏の足音がすぐそこまで来ていた。
「よし、行こうか」
海斗が言う。
虎太も頷く。
「っすね」
二人は並んで歩き出した。
向かう先は都内の放送局。
海斗のもう一つの顔が待つ場所だった。
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