第39話 あっくんの元カノ
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「まずいなぁ……」
陽奈は誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
視線の先。
実莉は微動だにしていない。
告白の言葉を聞いた瞬間から、まるで時間が止まったようだった。
普段なら何かしら反応する。
茶化すとか。
驚くとか。
照れるとか。
なのに今は違う。
ただ黙って晃たちを見つめている。
陽奈は思わず頬を掻いた。
(あー……)
(これは完全に自覚ないやつだ)
実莉自身もまだ気付いていないのだろう。
でも陽奈には分かった。
今の実莉の顔は、ただの友達を見る顔ではなかった。
だからこそ厄介だった。
本人が気付いていない感情ほど面倒なものはない。
そんな事を考えている間にも、晃たちの会話は続いていた。
「……」
晃は何も言わない。
予想外だったのだろう。
香澄もそれは分かっているらしい。
少し不安そうに晃の顔を見つめている。
「あっくん……?」
恐る恐る呼びかける声。
晃は視線を落とした。
大学を辞めたあの日。
香澄にも何も言わなかった。
連絡もしなかった。
きちんと別れ話をしたわけでもない。
自然消滅。
それが一番近い表現だった。
だから後ろめたさはある。
それでも。
答えは決まっていた。
「……ごめん」
静かな声だった。
香澄の肩が小さく震える。
「今は彼女を作る気になれないんだ」
「恋愛はしたくない」
あまりにも真っ直ぐだった。
曖昧さがない。
期待を持たせる余地もない。
香澄は少しだけ目を伏せた。
「……そっか」
無理に笑おうとしているのが分かる。
見ているこっちまで胸が苦しくなるような笑顔だった。
「でも」
香澄はスマホを取り出す。
「連絡先交換くらいなら、いいよね?」
晃は少し考える。
そして首を横に振った。
「それもごめん」
「できない」
「なんで?」
「え、なんでって……」
「好意持たれてて断ったのに、
香澄がその気のまま連絡し続けるのは気まずいし」
陽奈は思わず額を押さえた。
(あー……)
(晃だなぁ……)
悪気は一切ない。
むしろ誠実だ。
変に期待させるくらいなら距離を置こうとしている。
でも言い方が不器用すぎる。
案の定、香澄は一瞬固まった。
しかし次の瞬間。
ふっと吹き出した。
「ふふっ」
「なに?」
晃が眉をひそめる。
「いや、変わってないなと思って」
「昔からそうだった」
香澄は笑う。
少し寂しそうに。
でもどこか嬉しそうに。
「じゃあさ」
「本当に普通のお友達ならいいんだよね?」
「……まあ」
「じゃあそうしよ?」
「もう告白したりしないから」
「ね?」
晃は困ったような顔をする。
その表情を見て、香澄は追い打ちをかけた。
「同級生のお友達が一人増えるだけ」
「ダメ?」
しばらく沈黙。
やがて晃は小さく息を吐いた。
「……わかった」
「やった」
香澄の顔がぱっと明るくなる。
スマホを取り出す。
「はい、QR」
「早いな」
「逃げられる前に」
二人は連絡先を交換した。
その様子を見ていた実莉の指先に力が入る。
カサッ。
ビニール袋が小さく音を立てた。
ドラぴこのマグカップ。
限定グッズ。
今日たくさん買った戦利品。
気付けば袋の持ち手を強く握り締めていた。
(……なんでだろ)
胸の奥が重い。
晃は断った。
ちゃんと断った。
香澄とは付き合わない。
恋愛する気もない。
だったら安心するはずなのに。
全然安心できなかった。
むしろ苦しかった。
(恋愛する気ないんだ)
その言葉が妙に引っかかる。
香澄を振った。
違う。
香澄が嫌だったわけじゃない。
恋愛そのものを断った。
つまり。
誰のことも好きになる気は無い。
それだけの事。
なのに。何故だろう。
考えた瞬間、胸がざわついた。
「実莉ちゃん」
陽奈がそっと声を掛ける。
「……ん?」
返事はした。
でもどこか上の空だった。
陽奈は苦笑する。
(重症だなぁ)
本人だけが気付いていない。
おそらく晃も気付いていない。
当事者二人だけが鈍感という最悪の状況だった。
その時だった。
「あ」
香澄が突然こちらを見た。
実莉と陽奈は反射的に身を引く。
だが遅い。
「ひちゃちゃん?」
香澄が声を上げた。
「あ」
今度は陽奈が固まる番だった。
「あー……見つかった」
観念したように頭を抱える。
「え?」
晃が振り返る。
そして。
物陰から出てくる陽奈と実莉を見て固まった。
「なんで隠れてるの」
第一声がそれだった。
「キーホルダー取りに来たらお取り込み中だったみたいだから!」
陽奈が即答する。
「盗み聞きじゃないからね!?」
「途中から聞こえちゃっただけだからね!?」
必死な弁明だった。
むしろ怪しい。
香澄はくすくす笑う。
「ひちゃちゃん久しぶり」
「久しぶりだねー」
陽奈も苦笑いを返した。
一方。
実莉は何と言えばいいのか分からない。
気まずい。
色々聞いてしまった。
でも香澄は気にした様子もなく微笑んだ。
「初めましてですね?」
「源 香澄。
あっくん…晃くんの大学時代の同級生です」
ぺこりと頭を下げる。
「乃村 実莉です」
反射的に頭を下げ返す。
そして。
香澄は実莉を見る。
一秒。
二秒。
何かを考えるように。
それから。
にこっと笑った。
「もしかして」
「ドラぴこキーホルダーの持ち主さんですか?」
「え?」
実莉が目を丸くする。
「袋からドラぴこグッズが沢山見えてる」
「あっ」
「それに……」
香澄は晃の手元を見る。
「あっくん、さっきから大事そうに持ってたから」
その言葉に。
実莉の心臓がドクンと鳴った。
晃は少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
陽奈だけがその空気を察していた。
(うわぁ)
(これは大変だ)
胸の中でそう呟きながら。
陽奈はこれから先、もっと面倒なことになりそうだなと密かに確信するのだった。
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