第40話 閉ざされた想い
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その後。
香澄はスマホをバッグへしまいながら、小さく笑った。
「じゃあ私、今からドラぴこカフェ行ってくるね」
その言葉に陽奈が目を丸くする。
「え、今から行くの?」
思わず駅前広場の時計へ視線を向けた。
時刻はもう十六時前。
カフェの営業終了は十七時だったはずだ。
「うん」
香澄はあっさり頷く。
「軽いおやつでも食べようかなって」
そう言いながら、ちらりと晃を見る。
もちろん本当の理由は違う。
SNSで晃が今日来ているという噂を見てから慌てて支度をした結果、この時間になっただけだ。
だが、それをわざわざ口にするほど野暮ではない。
香澄は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「あっくんも一緒に行く?」
冗談混じりの誘いだった。
だが晃の返事は一秒もかからなかった。
「行かない」
即答だった。
しかも表情一つ変わらない。
付き合いも愛想もない。
ある意味で一貫している。
それが晃という人間だった。
「えー、寂し」
香澄は肩をすくめる。
だが本気で落ち込んでいる様子はない。
むしろそんな反応を予想していたように、くすりと笑った。
そして三人へ向き直る。
「タイミング合ったら遊ぼうね」
その言葉は晃だけではなく、陽奈と実莉にも向けられていた。
「うん! 遊ぼ遊ぼ〜!」
陽奈が明るく手を振る。
実莉もぺこりと頭を下げた。
香澄も微笑み返す。
一方で晃だけは相変わらずそっぽを向いていた。
そんな晃を横目に見ながら。
香澄は小さく息を吐く。
「最後までつれない人」
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
それでもどこか寂しそうで。
それでいて嫌いになれないような声音だった。
そうして香澄は一人、カフェの方向へ歩いていった。
肩下まで伸びた黒い髪が
夕方の風にサラリと揺れる。
その背中が見えなくなるまで。
三人は何となくその場に立っていた。
やがて。
「これ」
晃が実莉に声をかける。
手にはホワイトドラぴこのキーホルダー。
「あ……」
実莉は慌てて受け取った。
本来なら飛び上がるほど嬉しいはずだった。
必死に探していた大切なキーホルダー。
見つかった時はあんなに安心したのに。
今は妙にぎこちない。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
晃はいつも通りだった。
特に気にした様子もない。
表情も変わらない。
まるで
先程の出来事など何もなかったかのようだった。
その姿を見て。
実莉は胸の奥が少しだけ痛んだ。
(気にしすぎたらダメだよね)
自分に言い聞かせる。
見てはいけない場面を見てしまった後ろめたさもあった。
盗み聞きするつもりなんてなかった。
けれど結果として聞いてしまった。
だからこそ余計に複雑だった。
陽奈もその空気を察したのだろう。
普段なら絶対に冷やかしていたはずなのに。
香澄の話題には一切触れなかった。
「よかったね!」
陽奈が明るく言う。
「無事見つかって!」
「うん」
実莉は頷く。
「ほんとに」
嬉しい。
そのはずなのに。
胸の奥に残るもやもやが邪魔をする。
心の底から喜べない自分がいた。
「まあ、無事キーホルダーも回収できたわけだし」
陽奈がパンッと手を叩く。
「今日は帰ろっか」
「そうだね」
実莉も頷いた。
晃も小さく頷く。
三人は改札へ向かう。
そして別れる直前。
晃がぽつりと言った。
「また夜ゲームで」
たったそれだけ。
何気ない一言。
なのに。
実莉の胸が少しだけ軽くなった。
「うん」
自然と笑顔になる。
「またね」
手を振る。
晃も軽く手を上げた。
それだけだった。
それだけなのに。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
――そして夜。
「はぁ~~~~~~……」
自宅の机に突っ伏しながら。
乃村実莉は今日何度目か分からない大きなため息を吐いた。
肩上までの赤い髪が垂れ下がり、顔は完全に隠れている。
外まで聞こえそうなほど盛大なため息だった。
今日一日で起きた出来事を思い返す。
関節キス騒動。
マグカップお揃い事件。
キーホルダー紛失。
そして。
晃の元カノ登場。
「散々だった……」
そう呟いて顔を上げる。
机の上には今日の戦利品が並んでいた。
ホワイトドラぴこのマグカップ。
限定アクスタ。
クリアファイル。
ストラップ。
そして。
無事戻ってきたキーホルダー。
その中でも目を引くのは白いマグカップだった。
実莉はそれをじっと見つめる。
昼間の出来事が脳裏によみがえる。
『ひゅ〜お揃い〜』
海斗の声。
あの時は全力で否定した。
でも
本当に嫌だったわけじゃない。
むしろ、少し嬉しかった。
認めたくないくらいには。
「はぁ……」
またため息が出る。
晃は不思議な人だった。
初めて会った時からずっとそうだ。
いつも眠たそうな目。
マイペース。
人の話を聞いているのか分からない。
何を考えているのかもよく分からない。
周りに興味がなさそう。
なのに。
実は誰よりもよく見ている。
困っている人がいれば自然に手を差し伸べる。
さりげなく気を遣う。
今日だってそうだった。
重そうな荷物を持とうとしてくれた。
キーホルダーも当然のように探してくれた。
何でもない顔をして。
当たり前みたいに。
そんな優しさがずるい。
そして
実莉のドリンクを躊躇なく飲んだことも思い出す。
あの時の顔を思い出した瞬間。
耳まで熱くなる。
「うわぁぁ……」
思わず顔を覆う。
今考えても恥ずかしい。
恥ずかしいのに。
……嫌じゃない。
むしろ何度も思い出してしまう。
気付けば、
晃のことばかり考えていた。
少し優しくされるだけで嬉しかった。
笑いかけられるだけで胸が高鳴った。
一緒にいると楽しかった。
今日だって
香澄と話している姿を見た瞬間。
胸が痛かった。
あの感情の名前を。
実莉はずっと見ないふりをしていた。
でも
もう誤魔化せない。
「私……」
静かな部屋。
誰もいない空間。
だからこそ言えた。
「晃くんのこと好きだったんだ」
口にした瞬間だった。
ぐちゃぐちゃだった感情が
ばらばらに散らばっていた気持ちが
スッと整理された。
そして
今までのモヤモヤが一気に繋がった。
全部納得できた。
だから苦しかったのか。
だから嬉しかったのか。
だから嫉妬したのか。
全部。
好きだったからだ。
ようやく答えが分かった。
けれど同時に。
昼間の記憶も蘇る。
『今は彼女を作る気になれないんだ』
『恋愛はしたくない』
晃の声。
あれは自分に向けられた言葉じゃない。
香澄に向けられたものだ。
それでも。
晃は嘘をつく人ではない。
あれは間違いなく本心だった。
「……そっか」
小さく呟く。
胸の奥が少しだけ痛む。
好きになった。
やっと気付いた。
でも。
だからといって伝えられるわけじゃない。
伝えたところで困らせるだけかもしれない。
だから。今は。
「隠さなきゃ」
小さく拳を握る。
そして立ち上がった。
目の前にあるホワイトドラぴこのマグカップを手に取る。
ゆっくりと棚に近づき、引き出しを開けた。
マグカップを奥へしまう。
まるで
誰にも知られないように。
自分の気持ちそのものを閉じ込めるみたいに。
静かに
そっと
棚の引き出しを閉めるのだった。
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こちらのお話で第2章は完結です。
本日の夜18:10頃、
キャラクター紹介Part2を公開いたします。
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