第38話 盗み聞き
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「……あっくん?」
突然、背後から声をかけられる。
どこか懐かしく響く優しい声だった。
驚いて振り返った晃は、その人物を見た瞬間、目を見開く。
肩下ほどまで伸びた黒髪。
涼しげな白いブラウス。
ふわりと揺れる黒のワンピース。
急いでここまで来たのだろうか。
肩で小さく息をしている。
「あ……」
晃は言葉に詰まった。
ほんの少しだけ表情が揺れる。
「覚えてない、かな?」
カバンの紐をきゅっと握りながら、女性が首を傾げた。
「……覚えてる」
晃は視線を逸らしながら答える。
「よかった」
女性は安心したように微笑んだ。
「久しぶりだね。元気だった?」
「うん」
短く返事をする晃。
しかし一定以上は近付こうとしない。
どこか距離を取るような態度だった。
「……こんな所で何してるの?」
晃が尋ねる。
「香澄」
名前を呼ばれた女性は嬉しそうに笑う。
「それはこっちのセリフだよ?」
そう言いながら晃へ一歩近付いた。
ふわりと甘いムスクの香りが漂う。
そして自然な動作で晃の頭へ手を伸ばした。
晃は思わず一歩後ろへ下がる。
「あっ、ごめんね」
香澄は慌てて手を引っ込めた。
「頭に付いてたから、つい」
そう言って指先につまんだ小さな葉っぱを見せる。
「あ、ありがと」
晃は少し気まずそうに頭を押さえた。
「で、何してたの?」
香澄が改めて聞く。
「少し、探し物」
「そっか」
香澄の視線が晃の手元へ向いた。
そこには先ほど見つけたホワイトドラぴこのキーホルダー。
晃は反射的にポケットへしまう。
「別に隠さなくてもいいのに」
少し拗ねたように香澄が言った。
「関係ないでしょ」
相変わらず視線は合わない。
「あるよ」
香澄は少しだけ真面目な顔になる。
「見たよ」
「武闘大会のデモンストレーション動画」
その言葉に晃の眉がぴくりと動いた。
「あれ見てからさ」
「私もラスクロ始めたんだ」
「そっか」
「で、今日はラスクロのカフェに来てた」
香澄は少し照れたように笑う。
「さっきあっくんが持ってたの、ドラぴこのガチャキーホルダーだよね?」
「そんな可愛いの持ってるの珍しい」
「そんな事ないけど」
「……もしかして彼女さんの?」
悪戯っぽく聞く。
「……違う」
晃は即答した。
「友達の」
「友達かぁ」
香澄は少しだけ表情を緩めた。
「よかった」
「ちょっと安心した」
その言葉に晃は何も返さない。
ただ少しだけ居心地が悪そうだった。
――その頃。
そんな晃の状況など知らず。
駅へ向かって歩いていた陽奈と実莉は、晃から届いたメッセージを見ていた。
『あったよ』
添付されたホワイトドラぴこの写真。
「ほんと良かった!」
実莉が胸を撫で下ろす。
「見つからないかと思った!」
「だから言ったじゃん!」
陽奈が得意げに胸を張る。
「絶対あるって!」
「見つけたの晃くんだけどね」
実莉が冷静に言う。
「弟の手柄は私の手柄」
「最低」
思わず笑ってしまった。
少し前まで沈んでいた気持ちが嘘みたいに軽くなる。
そして二人は駅前の噴水広場へ戻ってきた。
「あ、いたいた」
陽奈がベンチの方を指差す。
だが。
次の瞬間。
動きが止まった。
「……あ」
晃の隣に誰かいる。
女性だった。
実莉も目を細める。
「あれ?誰かといる?」
すると突然。
陽奈が実莉の腕を掴んだ。
「えっ!?」
そのまま物陰へ引っ張られる。
「ちょ、どうしたの!?」
慌てる実莉。
陽奈はそっとベンチの方を確認した。
幸い二人はこちらに気付いていない。
「ふぅ……」
安堵したように息を吐く。
「ごめんごめん」
頭を掻く陽奈。
「反射で隠れちゃった」
そう言われても意味が分からない。
実莉も恐る恐る顔を出した。
晃と話している女性。
親しそうな雰囲気だった。
知らない人なのに。
何故だろう。
胸の奥が少しざわつく。
「あーあ……」
陽奈が気まずそうに呟く。
「知ってる人?」
実莉が聞く。
嫌な予感がした。
陽奈は少しだけ言いにくそうに答える。
「うん」
「晃の大学の同級生」
そこで一度言葉を区切った。
そして続ける。
「あの子……晃の元カノ」
元カノ。
その一言が胸に刺さった。
ズキン。
小さく痛む。
(晃くん、元カノいたんだ)
当たり前だ。
二十四歳。
しかも顔も良い。
恋人がいたことくらい不思議ではない。
むしろ自然なことだ。
頭では理解できる。
なのに。
実際に目の前に現れると全然違った。
自分の知らない晃を知っている人。
大学時代の晃を知っている人。
自分が知らない時間を共有していた人。
ただのゲーム仲間。
それだけの関係のはずなのに。
胸の奥が妙に落ち着かなかった。
「そっか」
小さく呟く。
二人は息を潜めたまま様子を見守る。
微かに会話が聞こえてくる。
「本当はさ」
香澄の声だった。
「私、あっくんがラスクロしてるって知って少しでも接点持ちたくて始めたの」
実莉の肩がぴくりと動く。
「もしかしたらまた会えるかなって」
「昔みたいに話せるかなって」
「ちょっと期待してた」
「うん」
晃の短い返事。
「今日もさ」
「晃くんが来てるって噂聞いて来たの」
「あー……」
確かにカフェに入る前。
晃を見て何か話している客がいた。
SNSで広まったのだろう。
「じゃあ会えた」
「そっか」
香澄が頬を膨らませる。
「さっきから素っ気なすぎるよ」
「そんなことない」
「あるよ」
二人の会話。
それを聞きながら。
実莉の胸はどんどんざわついていく。
そして。
次の瞬間だった。
香澄が大きく息を吸った。
「私さ!」
思わず全員が驚くほどの声量だった。
「ずっと思ってたの!」
晃も目を見開く。
香澄は真っ直ぐ晃を見る。
逃げない。
逸らさない。
そして。
「もう一度、あっくんとやり直したいの!」
「好きなの!」
「ずっと……!」
時間が止まった。
実莉の思考も。
陽奈の思考も。
全部止まる。
「……っ!」
実莉は息を呑んだ。
告白だった。
完全に。
真正面からの告白だった。
そんな状況を見て、
陽奈は両手で顔を覆っていた。
「ひぇーやばいー……」
そう言いながらも。
指の隙間をちょこちょこ開けて覗いている。
全然見ている。
むしろしっかり見ている。
完全に野次馬だった。
だが。
そこで陽奈は気付く。
隣の実莉が全く動いていない。
「……実莉ちゃん?」
返事がない。
肩を軽く揺する。
反応がない。
視線はずっと晃たちへ向いている。
まるで時間が止まったみたいだった。
陽奈はその横顔を見る。
そして。
全てを察した。
「あー……」
小さくため息を吐く。
これは。
思ったよりまずいかもしれない。
「まずいなぁ……」
陽奈は誰にも聞こえない声でぽつりと呟いた。
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