第16話 私の貝類さんは
「あの!!」
突然声を掛けられる。
リアルレイド体験を終えた直後だった。
海斗は振り返る。
目の前には女性。
年齢は二十代半ばくらい。
白のロングTシャツ。
ハイウエストのデニム。
丸眼鏡。
ゆるく二つに束ねられたふわふわの髪。
息が上がっている。
どうやら慌てて走ってきたらしい。
そして次の瞬間。
女性は勢いよく言った。
「ハルって、分かりますか!?」
「へ……?」
海斗の口から間の抜けた声が漏れる。
ハル?
春?
貼る?
何だ?
全く分からない。
女性の表情が少しずつ曇る。
「あ……」
「すみません……」
「人違いだったみたいです」
しょんぼりと肩を落とす。
そしてゆっくり背を向け
トボトボと歩き出す。
海斗はその後ろ姿を見送る。
だが。
何故だろう。
胸の奥に妙な引っ掛かりが残った。
見たことがない。
会ったこともない。
それなのに
どこかで知っている気がする。
ふと頭の中に浮かぶ。
ラスクロの神官。
桜色の髪。
丸眼鏡。
少し恥ずかしがり屋で。
でも優しくて。
ギルドの空気を柔らかくしてくれる存在。
ハル。
そして。
今去っていこうとしている女性の姿が重なる。
海斗の目が見開かれた。
「あっ」
思わず声が出た。
「ちょっと待って!」
咄嗟に手を伸ばす。
女性の腕を掴む。
振り返った顔。
やっぱり。
「君……」
海斗が息を呑む。
「もしかしてハル?」
周囲の音が遠くなる。
陽奈は何も言えなかった。
嬉しすぎた。
気付いてもらえた。
五年間ずっと一緒にいた相手に。
言葉が出ない。
小さく首を縦に振る。
海斗も固まる。
「うわ」
思わず笑った。
「マジか」
信じられない。
本当に
本物のハルだ。
「……会えたな」
海斗が小さく笑う。
陽奈の胸がぎゅっと締め付けられる。
その時だった。
後ろから人がぶつかる。
「きゃっ」
ぐらり。
身体が傾く。
倒れる。
そう思った瞬間。
ふわり。
大きな腕に支えられる。
「おっと」
タバコの香り。
男らしい胸板。
「ーーーーーっ?!?!」
陽奈の思考が停止した。
顔が熱い。
上を向けない。
沈黙。
数秒。
頭上から笑い声が聞こえた。
「大丈夫?」
優しい声。
「ハル」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
慌てて顔を上げる。
至近距離に整った美しい顔がある。
近い。
近すぎる。
「!?」
近っ!!!!!!
ハーフ顔イケメンだ!!!やば
破壊力が凄い。
顔が真っ赤になる。
海斗も気付いたらしい。
「あー、ごめんごめん」
少し距離を取る。
「そういや」
海斗が首を傾げる。
「ハルの本名って聞いてなかったな」
「あ……」
「陽奈です」
「へぇ、ひなちゃんっていうんだ」
自然に呼ぶ。
陽奈はドキッとした。
だが
海斗は全く気にしていない。
いつも通りの顔だ。
「俺は海斗、よろしくね」
「ひなちゃん二十代くらいだとは思ってたけど」
「何歳?」
「二十六です」
「若っ」
海斗が笑う。
「俺もう三十五だよ」
「えっ」
「もっと若いと思いました」
「よく言われる」
ケラケラ笑う。
気付けば会話が続いていた。
だが
陽奈は少しずつ違和感を覚え始める。
ゲームの中の貝類。
無口。
冷静。
必要最低限しか喋らない。
なんというか、もっとこう。
クールで
硬派で
寡黙な男だと思っていた。
しかし目の前の男は。
よく喋る。
よく笑う。
人懐っこい。
なんか違う。
そんなことを考えていると。
「ひなちゃん?」
「は、はい!」
慌てて返事する。
海斗は吹き出した。
「緊張してる?」
「してません!」
「してるじゃん」
「してません!」
「かわいいなぁ」
「えっ」
陽奈の思考が止まる。
海斗は陽奈の顔を覗き込む。
距離が近い。
近い近い近い。
「想像の三倍かわいい」
さらっと言った。
悪気ゼロ。
陽奈は固まる。
海斗は続ける。
「ゲームの時もっと大人しい感じ想像してた」
「え?」
「思ったより話しやすそう」
ニコニコしている。
陽奈は混乱していた。
何この人。
距離感どうなってるの。
すると海斗は更に追撃する。
「そういや」
「彼氏いる?」
「へっ!?」
変な声が出た。
海斗は真面目な顔だ。
「いませんけど!?」
「そっか」
安心したように頷く。
「よかった」
「な、何がですか!?」
「いや」
海斗は笑う。
「いたら気まずいじゃん」
意味が分からない。
陽奈の脳が処理を拒否する。
そして。
ようやく理解した。
今まで感じていた違和感の正体を。
(あぁ……)
(分かった)
(この人)
(思ってたのと全然違う)
ゲームの中では。
冷静。
寡黙。
クール。
頼れる銃士。
でも現実は。
よく喋る。
距離が近い。
笑顔が多い。
そして。
やたら人をドキドキさせてくる。
違和感の正体が分かった。
陽奈は心の中で叫ぶ。
(この人!!)
(絶対女たらしだぁぁあ!!!!)
当の本人は。
そんなことに全く気付く様子もなかった。
「ねぇ」
「ここで会えたのも何かの縁だしさ」
陽奈の手首を自然に掴む。
「ちょっとデートしようよ」
八重歯を出して笑いかけてくる。
「え、ちょ…」
「ほら、行くよ?」
断る隙もなく歩き出す海斗。
あまりにもギャップが凄すぎて、言葉を失う陽奈。
(私の寡黙な貝類さん返してーーーー)
心の中では悲痛な叫びが響くのだった。
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