第12話 アキとハル、確定しました
「二人のキャラ名……聞いてもいい?」
実莉は手汗で湿った指先を握り締めながら恐る恐る尋ねた。
その瞬間だった。
三人の空気が止まる。
本当に。
見事なくらい。
ピタッと。
特に陽奈。
先程まで人懐っこく笑っていた女性とは思えない。
完全に警戒モードへ移行していた。
目が泳いでいる。
口元が引きつっている。
明らかに挙動不審だった。
それに気付いた晃は。
思わず吹き出した。
「ぶふっ……」
慌てて後ろを向く。
肩が震えている。
全然隠せていない。
「ど、どうしていきなり?」
陽奈が平静を装う。
だが晃には分かる。
完全に動揺している。
生まれてから24年間、一緒に生きてきた弟である。
姉の挙動不審くらい秒で見抜ける。
「えっと……なんとなく……」
実莉も実莉でぎこちない。
探り合いだった。
お互い笑顔。
お互い警戒。
全然笑っていない。
「み、実莉ちゃんはラスクロしてるの?」
どんな質問だ。
晃は心の中でツッコんだ。
このイベントに来ている時点でほぼ確定でプレイヤーだろ。
だが。
テンパっている陽奈にはそんな冷静な判断は出来ないらしい。
「え、えっとぉ……」
「そのぉ……」
実莉も固まる。
こちらもテンパっている。
晃はどんどん面白くなってきた。
悪戯心が疼く。
「そういえば実莉さん」
「はい?」
「この前見ちゃいました」
実莉の肩が跳ねた。
嫌な予感しかしない。
「……何をですか?」
「スマホに映ってたラスクロの通知」
(こいつ!!!!)
実莉は心の中で叫んだ。
逃げ道が消えた。
「あー……」
「ええ……」
視線が泳ぐ。
「少し前からやってます……」
嘘である。
少し前どころではない。
サービス開始初日。
なんなら先行予約の段階からの古参である。
ほぼ生きた化石みたいなものである。
だがそんなことは言えない。
すると。
陽奈の表情が少しだけ緩んだ。
(新規か!)
(なら五年前からのサーバーにいる可能性は低い!)
(よかったぁ……)
勝手に安心していた。
一方。
実莉の脳内はフル回転していた。
(貝類とフレンド)
(誕生日限定コスの存在を知ってる)
(しかも貝類の誕生日まで知ってる)
(この時点で確実に身内)
候補は三人。
ハル。
アキ。
拓郎。
そこまで絞れていた。
(晃は男だから……もしかして拓郎?なの?)
(だとしたら渋すぎない??この見た目であのマッチョじじぃ?)
(私毎日、すい♡で『たくろー、すきーーー♡』とか言っちゃってんぞ?え??)
(くー、気になる。あと少し確証が欲しい……)
(でも、私は絶対にバレたくない……終わる)
頭の中が忙しい。
忙しすぎる。
沈黙が流れる。
焦れったい。
そして。
晃がため息を吐いた。
「俺はアキって名前でやってるよ」
サラッと言った。
あまりにもサラッと。
(言った)
実莉が固まる。
(言った)
陽奈も固まる。
晃だけ平然としていた。
「な、ハル?」
ニヤッと笑う。巻き添えである。
陽奈を見る。
(言いやがったな)
陽奈の顔がそう言っていた。
晃は肩を竦める。
「いいじゃん」
「別に知り合いじゃないんだし」
耳元で小さく囁く。
陽奈は少し考えた。
数秒。
そして。
「……それもそうか」
納得した。
ほんとに扱いやすい姉だった。
「そ、そうなんだぁ!」
実莉は必死に笑顔を作る。
だが。
内心は大惨事だった。
(ハルとアキだったぁぁああああ)
(思ってたイメージと違うぅぅぅぅ!!!)
まずハル。
もっとこう。
文学少女みたいな。
静かで。
控えめで。
読書が好きそうで。
ふわふわした。
清楚系女子だと思っていた。
実際は。
めちゃくちゃ人懐っこい雰囲気。
距離感バグ。
よく笑う。
ノリが軽い。
明るい。
(偏見かもしれないけどギャルじゃん!!!)
衝撃だった。
そして。
何より衝撃だったのは。
アキである。
ゲーム内のアキ。
グレージュのショートヘア。
クールな目元。
大きなハンマー。
冷静でクールなサバサバ系の少女。
そんなイメージだった。
だが現実。
目の前にいるのは。
グレージュのマッシュヘア。
眠たげな大きな瞳。
気怠そうな雰囲気。
整った顔立ち。
モデルみたいなスタイル。
黙って立っているだけで絵になる男だった。
(中身男だったの!?!?)
(しかもイケメン!?!?)
(なんで女子キャラ使ってんの!?!?)
(誰よクール系女子って思ったの!?私だよ!!)
頭を抱えたくなる。
ギャップの暴力だった。
しかし、拓郎では無かったことに少しホッとしている自分もいた。
だがまぁ、リアルとゲームのギャップが凄い。
実莉の想像を超えていた。
そして同時に理解する。
身内と確定した今、
身バレした時の危険度が一気に跳ね上がったことを。
(……二人の秘密を知っちゃったけど)
(私は絶対に言わない)
固く誓う。
(絶対にバラさない)
(今すぐホワイトドラぴこ回収して帰りたい)
会場を見回す。
キョロキョロ。
そして見つけた。
ホワイトドラぴこ抽選会場。
グッズ販売ブースの隣。
「あ」
思わず声が出る。
その時だった。
陽奈が口を開く。
「実莉ちゃんのキャラ名――」
遮る。
全力で。
反射だった。
「あっ!!!」
二人が驚く。
「一緒にグッズ見ない!?」
必死だった。
とても必死だった。
陽奈は一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「いいねー!!」
秒で食いついた。
「なんか買いたい買いたい!」
「ドラぴこグッズ見たい!」
「限定品とかあるかな!」
もう完全にグッズモードである。
実莉は少しだけ安堵した。
(案外チョロいな)
心の中でそう呟く。
もちろん。
そのことは陽奈には秘密である。
そして。
その時の実莉はまだ知らない。
ホワイトドラぴこ抽選会場へ向かう途中
さらに面倒な身内と遭遇することになるなど。
夢にも思っていなかったのである。
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