第11話 そして気づく
開場から三十分後。
ラスクロ五周年記念会場はますます盛り上がりを見せていた。
会場中に流れるラスクロのBGM。
撮影に応じるコスプレイヤー達。
ドラぴこのぬいぐるみを抱えて歩く人々。
限定フードを販売するフードコート。
どこを見ても賑やかだ。
皆楽しそうに過ごしている。
そんな中。
乃村実莉は頭を抱えていた。
理由は簡単。
自分の両サイドを固める姉弟である。
本来の予定はこうだった。
ホワイトドラぴこを回収する。
帰る。
以上。
しかし現実は。
見ず知らずの美男美女姉弟と一緒にイベント会場を歩いている。
「……どうしてこんなことに」
実莉は遠い目をした。
◇
遡ること三十分前。
開場直後。
「……猫くんだ」
「姉ちゃんだ」
互いを指差しながら固まる実莉と晃。
その様子を見ていた陽奈は。
二人の顔を交互に見た。
よく見ると少し頬が赤い女性。
そして。
「あっ」
何かを察した。
ニヤァ……
口元が緩む。
完全に悪い顔だった。
「ん?」
晃が眉をひそめる。
「ひちゃ今なんか悪い顔しなかった?」
「シテナイヨ」
何故か少し高い声。
しかも片言。
口を尖らせている。
「おい」
晃が呆れた。
「なんで急にインコみたいになるの」
嫌な予感しかしなかった。
◇
一方その頃。
実莉は別のことを考えていた。
コソコソ話している二人を見る。
仲良さそうだ。
美男美女だ。
距離も近い。
自然だ。
そして何より。
絵になる。
(猫くん彼女さんいたんだ……)
胸が少しだけズキッとした。
別に。
好きとかじゃない。
たぶん。
でも少しだけ。
ほんの少しだけ。
胸の奥が変な感じになった。
気のせいだと思いたかった。
◇
「あの」
実莉が口を開く。
「この前はありがとうございました」
軽く頭を下げる。
「あぁ、いえ」
晃もつられて頭を下げた。
少しだけ沈黙。
実莉は決断する。
(これ以上いたら身バレのリスクが上がる)
(撤収しよう)
「その……」
「私はこれで――」
帰ろうとした。
しかし。
「待ってください!」
彼女らしき女性に止められた。
実莉の肩が跳ねる。
「うちの晃とお知り合いなんですか?」
うちの晃。
その言葉に実莉の脳内警報が鳴る。
(うちの晃!?)
(独占欲強いタイプ!?)
(私何もしてないんだけど!?)
(修羅場に巻き込まれる!?)
冷や汗が流れた。
「あ、いや、その……」
「知り合いという程では……」
「たまたま少し話す機会があっただけで……」
しどろもどろになる。
そんな実莉を無視して。
陽奈は。
ガシッ。
実莉の腕を掴んだ。
「ひぇ!?」
後ろでは晃が頭を抱えていた。
「良かったら!」
陽奈が笑顔で言う。
「一緒に回りませんか!?」
(逃がさないってこと!?)
実莉は完全停止した。
そんな実莉を見兼ねて晃が助け船を出す。
「すみません」
そう言いながら二人の間に割り込む。
「うちの姉、距離感バグな所あるから」
姉。
その言葉に。
実莉は何故かホッとした。
「あ、姉弟なんだ……」
胸の中の何かが少しだけ軽くなる。
理由は分からない。
分かりたくもない。
「でも」
晃が続ける。
「ここで再会できたのも何かの縁だし」
「良かったら一緒にどうですか?」
首を傾げる。
グレージュの髪が春風に揺れる。
静かに返事を待つ青年。
その後ろでは。
目をキラキラさせた青年の姉。
完全に期待している。
……断れるはずがなかった。
◇
そして現在。
「イベントでお友達できるとか思ってなかったから嬉しいなー!」
陽奈が笑う。
「よろしくね、実莉ちゃん!」
人懐っこい笑顔。
眩しい。
この子。
人見知りの”ひ”の字も無い。
実莉は少し引いた。
でも。
少しだけ嬉しかった。
「ね!晃もだよね!」
陽奈がニヤニヤしながら振り返る。
「ん、まあ」
晃も頷いた。
そして。
自然に実莉を見る。
パチッ。
また目が合った。
「っ」
実莉は慌てて逸らす。
「?」
晃は首を傾げた。
(俺なんかしたっけ)
何も分かっていない。
◇
一人だけ落ち着かない。
実莉である。
理由は明確。
身バレの危機。
である。
(落ち着くのよ実莉)
深呼吸。
(このゲームをプレイしてる人は何千万人もいる)
(サーバーだって何百もある)
(同じサーバーの同じギルドに所属してる確率なんて……)
(宝くじで高額当選するようなもんよ)
(たぶん)
(知らないけど)
(大丈夫)
(赤の他人よ)
(赤の他人)
ここまで一秒。
気持ちが楽になる。
普段の冷静な実莉が戻ってきた。
◇
その時だった。
「んぁああああ!!」
陽奈が叫んだ。
スマホを見ている。
ラスクロの画面だ。
「なんだよ急に」
晃が覗き込む。
「やばい!!!」
「なに」
「貝類さんが!!」
陽奈は顔を真っ赤にした。
「誕生日限定コスに着替えてる!!」
「え、早くない?」
晃が言う。
「まだ開場三十分だよ?」
「これいるじゃん!!」
陽奈は大興奮だった。
「貝類さん絶対いるじゃんこの会場!!」
「女の勘は当たるのよ!来てよかったぁあっ!」
「会えてから言うセリフだよそれ」
キャーキャー騒ぐ陽奈。
冷静にツッコミを入れる晃。
仲睦まじい光景であった。
……が。
その横で。
実莉は口を開けたまま固まった。
五年間聞き慣れた名前。
貝類。
聞いた瞬間。
実莉は二メートル後退した。
壁に顔を押し当てる。
「………………」
完全停止。
(身内じゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!!!)
(全然赤の他人じゃねぇぇぇぇぇ!!!!)
(五年の仲の身内じゃねぇかぁぁぁ!!)
脳内大パニック。
冷静さの欠片は一溜りもない。
完全に消滅してしまった。
◇
「実莉さん……大丈夫……?」
遠くから晃が聞く。
「へ、へいきでぇすぅ……」
「なんかタラちゃんみたいな返事きたね」
陽奈が言う。
「平気じゃなさそうだな」
晃も言う。
「人酔いしちゃったのかも……」
心配そうな姉弟。
真実には全く気付いていない。
◇
そして。
実莉は自ら地雷を踏みに行った。
「あの」
真剣な顔。
手汗が止まらない。
「二人のキャラ名……聞いてもいい?」
陽奈と晃を見る。
絶対に触れられたくない話だった。
しかし実莉は確認せずには居られなかった。
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