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【書籍化決定】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第七章

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99/100

【番外編】エステナ・オーシャンの秘密

「カトレア様! 本日の御髪のツヤ、まるで夜空に煌めく一番星のようですわ!」(太鼓持ちB)

「そのお帽子の百合の装飾、女神の後光かと思いましたわ!」(太鼓持ちC)

「歩くたびに漂う百合の香り、卒倒してしまいそうです!」(太鼓持ちD)

「野蛮なイザベラ陣営など、カトレア様の優雅さの前では完全に霞んでおりますわ!」(太鼓持ちE)

「あちらは品性が欠けておりますもの!」(太鼓持ちF)

「それに引き換え、カトレア様の洗練されたお振る舞いといったら!」(太鼓持ちG)

「まるで生きた芸術作品ですわ!」(太鼓持ちH)

「微笑み一つで空気が浄化されます!」(太鼓持ちI)

「さすがは侯爵家の至宝!」(太鼓持ちJ)

「お美しいですの!」(太鼓持ちK)


 王立学園のサロン。

 今日も今日とて我が主君の侯爵令嬢カトレア・フォン・シュトゥルツフルート様を取り囲み、有象無象の『太鼓持ち軍団』がそれはもう非常にうるさくさえずっている。


 わたし、エステナは令嬢たちの喧騒の斜め後ろに控え、手元の分厚い手帳にペンを走らせている。


『本日の賛美バリエーション:星、女神、百合、芸術、至宝、他陣営へのマウント及び称賛テンプレのマンネリ化が顕著につき、来週のサロンに向けて修辞学と比喩表現の補習を要検討』


 今でこそカトレア様の側近であり、筆頭補佐官という大役を仰せつかっているが、少し前までの立場は違う。

 わたしもまた彼女たちと同じ、ただのモブ、つまり『太鼓持ちA』に過ぎなかったのだ。


 貴族社会において上位貴族の令嬢に取り入ることは、下位貴族の娘にとって切実な生存戦略。

 特に、あの規格外の公爵令嬢イザベラ・フォン・ローゼンバーグ様と、彼女の恐るべき側近である取り巻きAのリリアナ様が覇権を握るこの学園において、対抗勢力であるカトレア陣営の求心力を保つことは至難の業だ。


 イザベラ陣営の『取り巻き軍団』が、肯定班、攻撃班、賛美班、賑やかし班と高度に組織化され、一糸乱れぬ連携を見せているのに対し、かつてのカトレア陣営の『太鼓持ち軍団』は、どうしようもない烏合の衆だった。


 ただただカトレア様を褒め称え、ご機嫌を取るだけの実務能力皆無の集団。

 わたしがただの『太鼓持ちA』から抜け出し、カトレア様の側近として認められたのには、ある決定的な事件が絡んでいる。


 それは今思い返しても、胃がキリキリと痛み、頭痛さえもするような春の終わりの『お茶会事件』の日のことだ。


 ◇


「本日のお茶会も大盛況ですわね!」

「カトレア様のお側にいられて幸せですわ!」


 その日、カトレア様は学園の中庭で、イザベラ陣営に対抗するための大規模なガーデンパーティーを主催されていた。


 豪華絢爛なパラソルに、特注の三段重ねケーキスタンド、そして希少な東方茶。

 設営準備は完璧であり、優雅な時間が流れるはずだった。


 しかし事件は不意に訪れる。

 招待客の中に紛れ込んでいた他国のスパイ(後に判明)らしき男が、突如として暴挙に出たのだ。


 男はウェイターに変装しており、銀のトレイに載せた『真っ赤なトマトスープ』を、カトレア様の純白のドレスめがけて、わざとつまずくふりをしてぶち撒けようとする。

 明らかにカトレア様に公衆の面前で恥をかかせ、陣営の権威を失墜させるための卑劣な工作である。


「あっ……!」


 カトレア様が短く息を呑む。

 真っ赤な液体が宙を舞い、純白のシルクに降り注ごうとしたその瞬間。


「きゃあぁぁぁっ! カトレア様!?」(太鼓持ちB)

「ど、どうしましょう!?」(太鼓持ちC)

「お洋服が!」(太鼓持ちD)


 太鼓持ちたちは悲鳴を上げるだけで、誰も動こうとはしない。いや、動けなかったのだ。

 彼女たちの頭の中には『有事の際のマニュアル』など一行たりとも存在しないのだから。


 だが、わたしは違う。

 わたしは日頃から「イザベラ陣営のリリアナ様が、もし同じ状況に直面したらどうするか?」をシミュレーションし、脳内で仮想訓練を積んできた自負がある。


(軌道計算、完了。落下地点、カトレア様の膝上十センチ。防ぐには……)


 わたしは咄嗟に手元の分厚い『賛美語録ファイル(ハードカバー装丁)』を掲げ、カトレア様の前に身を投げ出す。


 飛び散る真っ赤なスープを、わたしのファイルと地味なグレーの制服で受け止めた。

 被害はわたし一人にとどまり、カトレア様の純白のドレスは一滴たりとも汚れていない。


「き、貴様……!」


 スパイのウェイターが忌々しげに舌打ちをする。

 周囲の令嬢たちは何が起きたのか理解できず、その場に立ち尽くしていた。


「無礼者」


 わたしはすぐさまウェイターを鋭く睨みつける。

 ただ物理的に防ぐだけでは『太鼓持ち』の名折れ。即座に、この危機を『カトレア様の美徳』へと転換するためのセリフを声高に叫ぶ。


「カトレア様の慈悲深きオーラが、このような下劣な凶弾からご自身を守られたのです! この奇跡を見てください、カトレア様の気高さの前に、汚れすらも恐れをなして道を譲ったのです」


 我ながら意味不明なロジックではあるが、思考停止していた太鼓持ちたちが、わたしの声にハッと我に返り、一斉にさえずり始める。


「そ、その通りですわ!」(太鼓持ちB)

「物理法則すら捻じ曲げる気高さです!」(太鼓持ちC)

「神々しいですわ!」(太鼓持ちD)


 周囲の令嬢たちも「さすがはカトレア様ね……」と戸惑いながらも拍手を始める。


 その場の空気が混乱から『カトレア様への称賛』へと塗り替えられていく。

 その隙を突き、わたしは目配せで警備員を呼び寄せ、ウェイターを取り押さえさせた。



 騒動が収束し、お茶会が無事に終了した後の控室。


「……エステナ」


 カトレア様がソファに深く腰掛けたまま、わたしを見上げる。

 わたしは真っ赤なシミのついた制服のまま、深く頭を下げた。

 

「はい。いかがされましたか?」

「……今日の貴女の動き、ただの太鼓持ちではなかったわ。わたくしのドレスを守った実務能力。そして、あの馬鹿げた賛美で場の空気を掌握した手腕。見事に計算し尽くされていたわね」

「恐れ入ります」


 カトレア様は手元の扇子風のバチを、パチンと手に叩き、わたしの顔をじっと見据える。


「イザベラには、あの憎たらしいほど有能な地味な眼鏡がいる。わたくしも薄々気付いていたのよ。ただ、わたくしを褒めるだけの飾り(太鼓持ち)だけでは、これからの戦いを生き残れないと」

「……」

「エステナ、貴女、わたくしの右腕になりなさい。今日から太鼓持ちではなく、側近……つまり、この流れを統べる水路となる筆頭補佐官よ! この水たまりのような陣営を、イザベラ陣営の荒波すらも呑み込む強固な大河に作り変えなさい!」

「……ありがたき幸せに存じます。必ずや、カトレア様の御前に淀みなき清流を形作ってみせましょう」


 わたしは恭しく頭を下げながら、内心でガッツポーズをした。

 筆頭補佐官への昇格に伴う特別手当は破格だ。

 これで田舎のオーシャン家にいる、元軍人の父エヴィンと母エーレシア、そして怪しい研究ばかりしている長姉エラーナ、食費が底なしの次姉エルティア、まだ幼い弟のエルミンへの仕送りを増やすことができる。

 

 エラーナ姉さんの爆発した研究室の修理代と、エルティア姉さんの食費、エルミンの教育費を引いても、わたしの手元にかなりの額が残る。


「カトレア様、一生ついていきます」


 ◇


 側近となったわたしが最初に着手したのは、カトレア様の『視覚的インパクト』の強化と、軍団の統率である。

 イザベラ様の暴走じみたドレスの華やかさに対抗するには、カトレア様も一目で分かる『旗印』が必要だった。


「カトレア様は常日頃からお帽子に興味を持っておられます。しかし現状のままでは不十分です。本日からお帽子の装飾を従来の三倍のボリュームにさせていただきます」

「三倍!? さ、流石に重くないかしら……?」

「イザベラ陣営の視覚的暴力に打ち勝つには、遠目からでもカトレア様がどこにいらっしゃるか分かる『ド派手なランドマーク』にならねばなりません。これはもはや、ファッションではなく戦略的威嚇です」

「……なるほど。分かったわ、首の筋肉を鍛えておくわね」

「極力ご負担にならないよう、あらゆる手を使って軽量化も進めます」


 こうしてカトレア様のお帽子は、日を追うごとに過激に進化し、最終的に魚介類から水鳥などが鎮座する代物へと変貌を遂げていくことになる。


 さらに軍団を統率するためには「指揮棒」の運用システムも確立しなければならない。

 わたしが目を付けたのは、カトレア様が昔からなぜか愛用されている特注品――あの『扇子風の太鼓のバチ』だ。


 わたしは休日の学園で、幼馴染のアイル・リヒトハウゼンを呼び出した。


 短く刈り込んだ茶髪に日焼けした肌。

 人懐っこい笑顔を浮かべる彼は、一見すると陽だまりのような温厚な青年だが、わたしの非効率極まりない無茶振りに文句を言いつつも付き合ってくれる、奇特な腐れ縁だ。


「……エステナ、また俺を無茶なデータ収集に付き合わせる気か? カトレア様がいつも持ってる『扇子風の太鼓のバチ』を改造してほしいって?」


 設計図を見たアイルが、呆れながらも人の良い笑みをこぼす。

「ええ。あれをカトレア様を勝利に導くための完璧なタクトにするの。今のままでも十分威圧感はあるけれど、より軽く、なおかつ叩けば小気味よい音がサロン中に響き渡るよう音響調整をしてほしいの。アイルならなんとかできるでしょ?」

「あはは、エステナの頼みなら仕方ないな。俺の休日はまた君の裏方作業の犠牲か」


 苦笑しつつも、彼は持ち前の器用さを駆使して、その要求を見事に形にしてくれた。

 反響機構の組み込みから重心の再調整まで、彼の無駄な労力が詰まった傑作である。制服をトマトスープまみれにして帰ってきたわたしを見て、彼なりに心配してくれていたのかもしれないが、思考のノイズになるので深くは追求しないでおく。


 チューンナップが完了したその『扇子風の太鼓のバチ』を、わたしはカトレア様にお返しした。


「随分と手によく馴染むようになったわね。それに、振ると空気を切る心地よい音がするわ」

「はい。烏合の衆である太鼓持ちたちを操るには、明確な指示が必要です。本日からカトレア様がこのバチを振るうことで、彼女たちの『賛美のタイミング』と『リズム』を統率していただきます。トントン、と手のひらで打てば『肯定班、発言せよ』。バサッと空を切れば『一斉賛美』の合図。これぞ、我らカトレア陣営のタクトとなります」

「ふふっ……面白いわね。ただの愛用品が、太鼓持ちのトップに立つわたくしに相応しい指揮棒になるというわけね」


 カトレア様はバチを握りしめ、優雅に力強く空を切ってみせた。


「カトレア様。この際ですから、その『ふふっ』という上品すぎるお笑いも、アップデートされてはいかがでしょう?」

「え? 笑い方を?」

「はい。イザベラ様は常日頃から『ふふん』と鼻を鳴らし、圧倒的な自信を誇示しております。カトレア様も幼少期の頃のような、もっと自慢気な態度を取り入れるべきです」

「な、なるほど……。上品を目指したのは失敗だったかもしれないわね。そ、それなら……昔みたいに『ふっふん』なんてどうかしら? 少しはしたないかしら……」


 カトレア様が照れながらも、ツンと胸を張って鼻を鳴らす。

 優雅さを残しつつも、ライバルへの対抗心が滲み出た絶妙なニュアンスだ。


「いいえ、『ふふっ』よりは遥かに及第点かと」

「ふっふん! ……なるほど。確かに威厳があっていいかもしれないわね!」


 カトレア様が嬉しそうにバチを振るう。

 タクトが空気を切る小気味よい音が響くたび、カトレア様の自信に満ちたオーラが周囲へ波及していく。


 烏合の衆だった太鼓持ちたちも、明確な指揮と主君の堂々たる振る舞いに導かれ、徐々に己の役割を理解し始めていく。


 中には「大河を統べるには、屈強な『水兵隊』のような肉体が必要ですわ!」と、わたしの比喩を斜め上に履き違え、優雅なドレス姿のまま密かに筋力トレーニングに励む令嬢たちまで現れる始末。

 だが、結果的に陣営全体の体力と機動力が底上げされたのは嬉しい誤算だ。


 淀んだ水たまりだったカトレア陣営が、一つの大きな濁流の如く変わり始めた瞬間だった。


 ◇


 そして現在。

 わたしはサロンの喧騒の中で、バインダーをパタンと閉じる。


 カトレア様の『扇子風のバチ』による巧みな指揮の下、太鼓持ち軍団のさえずりは、今や美しいオーケストラのように洗練された響きを持っている。


「カトレア様、明日の舞踏会の準備が整いました。我々は正統派の極みである『白鳥の湖』をテーマにした布陣で出陣します」

「ふっふん、良いわね。それで、敵陣の様子はどうかしら?」

「諜報班からの報告によりますと、現在イザベラ陣営は深刻な内部リソース不足に陥っています。例の殿下に擦り寄っていた令嬢……聖女ソフィアが活動き出し、イザベラ様がその対応でヒステリーを起こしているとのことです」

「まあ! それは、ご愁傷様ね」


 カトレア様は扇子風のバチで口元を隠し、上品に笑った。


「野蛮な泥棒猫と感情任せの公爵令嬢の泥沼の争いね。まずは高みの見物といこうかしら。そして両者が疲弊しきったその泥濘に、わたくしたちが優雅に舞い降りるのよ! おーほっほ!」


 カトレア様が高笑いをすると、手のひらでバチを叩く。

 それを合図に太鼓持ちたちが一斉にさえずり始める。


「淀みない完璧な戦略ですわ!」(太鼓持ちB)

「泥沼を清らかに洗い流す清流!」(太鼓持ちC)

「漁夫の利すらも優雅な大河へと昇華するお力!」(太鼓持ちD)

「まさに白鳥が泥水を浄化するが如き美しさ!」(太鼓持ちE)

「野蛮なイザベラ陣営など、カトレア様を引き立てるただの濁流ですわ!」(太鼓持ちF)

「争う姿すらカトレア様の水面に浮かぶさざ波!」(太鼓持ちG)

「すべてを呑み込む完璧な治水ですわ!」(太鼓持ちH)

「もはや潮の満ち引きすらもカトレア様のために存在しております!」(太鼓持ちI)

「カトレア様の大きな流れと共にどこまでも!」(太鼓持ちJ)

「今日も潤っておりますの!」(太鼓持ちK)


 白鳥の帽子を揺らしながら、カトレア様が勝ち誇ったように微笑む。

 わたしは眼鏡を押し上げ、カトレア様の斜め後ろで密かに闘志を燃やしている。


 太鼓持ち上がりと侮るなかれ。

 わたしの戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

現在、書籍化同時執筆のため、第八章はしばらくお待ちくださいませ。

再開日は、活動報告でお知らせさせていただきます。

今後とも、よろしくお願いします(//∇//)ノ

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