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【書籍&コミカライズ化】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第八章

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第八十八話 理不尽な美学

「オーホッホッ! また随分と安上がりな夢を見ているのね、カトレア!」


 優雅にして苛烈。反撃の狼煙となるイザベラ様の高らかな声が、執務室に響き渡る。

 ゆっくりと顔を上げ、執念さえ宿るような瞳でカトレア様を射抜いた。


「勘違いしないで。私の完璧な花嫁修行たる舞台が、貴方の底の浅い愛で汚されることだけは、次期王太子妃の美学が許さないの!」

「何を言うかと思えば、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね。すでに資金はわたくしが握っているのよ」

「ええ、そのお金は、私が有効に活用してあげるわ。リリアナ、契約を更新なさい。私はこの舞台の全てを支配する『総監督』として君臨するわ!」


 金銭は一切出さないが、主導権は一歩も譲らない。

 他人の資金を、自らの理想を具現化するための『資源』として接収する。そのあまりに堂々とした横暴さに、私は思わずペンを止めた。


「イザベラ様、一銅貨も出資せずに監督の座に座ると言うのですか?」

「ええ、私の美学と指導力こそが、王国への最大の寄付だもの。カトレアが金貨五千枚出すというのなら、私がその全てを世界一豪華な背景へと変えて差しあげるわ!」

「なっ……!? わたくしのお金を、わたくしを輝かせるためではなく、イザベラの献上物にしようっていうの!?」

「オーホッホッ! 光栄に思いなさい、カトレア! 貴方の不格好なジュリエッタも、私が完璧に演出してあげるから安心なさい!」


 これぞ、イザベラ・フォン・ローゼンバーグ様。

 『美学』という名の理不尽な感情論で、目の前の現実をねじ伏せる。


 だが、ただの我儘で終わらないのがイザベラ様の恐ろしいところだ。カトレア様の投じた金貨五千枚が、イザベラ様の苛烈な演出によって数倍の価値へ跳ね上がることになるだろう。

 もちろん、労力も比例して膨れ上がるだろうけど。


「ふっふん、そこまで言うなら受けて立ってあげるわ! わたくしのジュリエッタが、イザベラの演出より遥かに高く、輝くことを証明してみせるわ!」

「ふふん、その気概だけは認めてあげる。せいぜい、私の舞台装置の一部として精進することね」


 二人は各々の勝利を確信したような笑みを浮かべ、最後に一度だけ互いの扇子を鋭く打ち合わせると、嵐のように執務室を去っていく。


 後に残されたのは、机の上に置かれた五千枚の小切手と、魂が抜けたように座り込む殿下と、深く息を吐く私だ。


「リリアナよ……」

「はい、どうされましたか?」

「一銅貨も出していないイザベラが、なぜ一番偉そうにしているのだ?」

「お金を出したカトレア様を『スポンサー』ではなく、都合の良い『財布』として見下せる圧倒的な傲慢さがあるからです。あの強靭な精神力こそが、イザベラ様を支配者たらしめているのでしょう」

「なるほど……。同意だな」

「まあ結果はどうあれ、当面お金に困ることはありません。演出の過熱による機材費の膨張だけは覚悟しなければなりませんが」

「……一番の悩みの種になりそうなところだな。注視しておくか」


 私は極めて事務的な手つきで、決裁文書を差し出す。

 殿下はため息を吐きつつも、金貨の魅力には抗えず、流れるような手つきで署名を済ませた。

 これにて、本日の業務は終了だ。

 時計の針は定時を三十分過ぎているが、今日の戦果を考えれば、この程度の残業は誤差だ。


 私はバインダーを閉じ、ジャケットを整えて立ち上がる。


「殿下、本日はこれで失礼いたします。明日はミハイル様を北方の国境警備任務から強制送還させるための公文書を作成しますので、早めに出勤いたします」

「……ミハイル、すまない。兄を許せ」


 殿下の懺悔を背中で受け流しながら、執務室を後にする。

 王宮の廊下を歩く私の足取りは、いつになく軽い。

 無事に予算の穴が埋まり、私の老後資金……もとい、ボーナス増額は確実だろう。


(愛らしい白猫もいいけど、この分なら王都一の気品ある黒猫をお迎えできるかも? えへ、えへへ……)


 今すぐお迎えするわけではないが、それでも、愛らしい姿を眺めて日々の疲れを癒やすことくらいは許される。

 今日はそのための『下見』なのである。

 私は王都の第一区へ足早に向かう。


 夜の帳が下りた街には、ロックダウン明けの賑やかな音楽が流れていた。

 ペットショップ『ル・ビジュー』の看板が見えてきた時、私の心はすでにショーケースの向こう側へと飛んでいる。


 しかし、店の前に到着した私の眼前に掲げられていたのは、『本日は演劇祭準備のため、閉店しました』という看板だった。


「え? 『ル・ビジュー』、もう閉まってる……」


 ショーケース越しに極上の毛並みを堪能し、脳内で完璧な飼育計画を練り上げる至福の時間が、脆くも崩れ去ったしまった。

 だが、ここで膝を折るような三流の補佐官ではない。私は眼鏡の位置を直し、乱れかけた呼吸を静かに整える。


「明日からのリハーサル……予算管理を厳しくしよかな」


 私の小さな呟きは夜風に掻き消される。

 ささやかな癒やしの時間を奪った元凶は明白。

 定時退庁を阻まれた筆頭補佐官の恨みは、金貨よりも重い。


 私は夜空を見上げて、静かに誓ったのだった。

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