第八十五話 強制ボランティア
GWですので、明日も12時に投稿します
王都港湾地区。
海面には薄氷が張り、吹きつける潮風が頬を撫でる。
本来なら、貿易商人たちの威勢の良い声が飛び交っているはずだが、今では異質な静寂と不釣り合いな色彩が溢れ返っている。
次々と岸壁に横付けされるのは、カトレア商会の紋章を掲げた無人ボート。
積載されているのは、防寒用の毛布や根菜類が詰められた麻袋、そして無骨な木箱の山だ。
問題は救援物資を受け取る側にある。
広場を埋め尽くしているのは、金箔や象牙の彫刻で彩られた各領主の最高級の馬車。
さらに、それらを取り囲むように群がっているのは、上質なベルベットの外套や、希少な獣の毛皮を羽織った高位貴族たち。
普段は暖炉の火が燃えるサロンから一歩も出ないような特権階級の者たちが、吹き晒しの港で肩を震わせている。
優雅な夜会に並ぶべき装いが、泥と潮風に塗れる様は滑稽にさえ思える。
「なぜ、子爵であるこの私が、農民の食い物など運ばねばならんのだ……」
「このような肉体労働は平民の仕事だろうに……」
「そもそも我々がやることではない」
波の音に紛れ、貴族たちから次々と不満の声が漏れている。
イザベラ様の「愛の慈善活動」という名の強制徴用により、力ずくで極寒の労働現場へと引きずり出されたのである。
つい数時間前まで屋敷で毛布に身を包み、感染症の恐怖から逃れるように引きこもっていた彼らにとっては無理もない。
しかし、現場の指揮と検品を任された私が、彼らに同情の視線を向けることはない。
私は黒縁眼鏡の奥で積載量を計算し、分厚い手袋越しにバインダーの用紙へペンを走らせる。
「文句を口にする元気があるなら手を動かしてください。第十五積載レーンの男爵閣下。貴方が持っているその木箱は、前線で命を懸ける騎士向けの保温水筒です。手を滑らせて破損させた場合、莫大な損害賠償を請求しますよ」
「なっ!? くっ……! 事務官風情が偉そうに……」
男爵が血走った目で私を睨みつける。
だが、その反抗心も、牙を剥いた怒りも、突如として極寒の岸壁に降り立った『美と狂気の象徴』には敵わない。
「皆様! そのように背中を丸めて縮こまっては、貴族としての『誇り』も『美学』も感じられませんわ! なんて、見苦しいお姿ですの!」
凛とした声の主は、もちろんイザベラ様だ。
凍てつく石畳に純白のスノーホワイトドレスの裾が擦れることすら厭わず、イザベラ様が堂々たる足取りで貴族たちの前へと歩み出る。
その背後には、同じく豪奢な毛皮の防寒ドレスに身を包んだ取り巻き軍団が、一糸乱れぬ陣形を組んで付き従っている。
「……イザベラ様、しかし、この寒波の中で肉体労働など、我々貴族の本来の役割ではないのですが……」
年配の侯爵が、寒さで紫に染まった唇を震わせながら呟いた。
だが、イザベラ様は純白の扇子をパチンと鳴らし、不満の言葉を華麗に遮る。
「本来の役割ではないですって!? 呆れますわ! 未知の病や寒さといった低俗なものに怯えるのは、皆様の心の中にある『愛』と『情熱』が不足している証拠ですわ!」
「あ、愛……?」
「よくお聞きなさい! 病の邪気などというものは、気高く燃え上がるパッションの前では通じませんの! すなわち、国家の危機において最前線で汗を流し、民のために物資を運ぶその行為が、己の細胞を活性化させ、究極の免疫力を生み出すのですわ!」
医学的根拠など、一欠片も存在しない。
ララーナ姉さんが聞けば即座に卒倒しそうな、純度百パーセントの感情論。
だが、真っ直ぐに群衆を見据えるイザベラ様の声には、聞く者の理性を根底から麻痺させる熱量があった。
イザベラ様は扇子で空を打ち据え、さらに言葉を重ねる。
「少しは考えなさい! 暖かい屋敷で震えながら、見えない病魔の影に怯えて過ごす惨めな余生を! それとも、王国を救った誇り高き運び手として、社交界の歴史にその名を刻む栄光……どちらが貴族として『美しい』生き方か、語るまでもありませんわよ!?」
「「「そうか……!!」」」
貴族たちが困惑から驚愕へ、やがて奇妙な高揚へと変貌していく。
見開かれた瞳に光が宿り、紫に染まっていた唇に血色が戻り始める。
そのわずかな変化を見逃さず、取り巻き軍団が一斉にさえずる。
「その麻袋はただの芋ではありませんわ!」(取り巻きB・C・D)
「民を救う愛の結晶なのです!」(取り巻きE・F・G)
「木箱の重みは誇りですの!」(取り巻きH・I・J・K)
相変わらず謎の同調圧力。
そこに「この美学に賛同しなければ社交界からの追放」という、見えざる脅迫が加わる。
論理の飛躍と恐怖、そして特権階級としての虚栄心。それらを巧みに配合したイザベラ様の演説は、貴族たちのプライドを完璧な化学反応を起こした。
「そ、そうだ……我々が王国の血流となるのだ!」
「この毛布の温もりは、私の民への慈愛……! おい、次の荷を早く寄越せ!」
「わたくしだって負けませんわ! その木箱、わたくしの馬車の特等席に乗せなさい!」
先ほどまで凍えて文句を垂れていた貴族たちが、まるで何かに憑かれたように泥まみれの麻袋を担ぎ上げる。ドレスの裾が汚れようが、手袋が破れようがお構いなしに馬車へ荷を積み込む。
ある種のプラシーボ効果か、一種の洗脳魔法にすら感じる。
私は呆れを通り越した深い感嘆と共に、急激に右肩上がりを記録し始めた積載効率の数値をバインダーに書き込む。
カトレア様の強引な海運ネットワークで物資を王都へ引き込み、イザベラ様の理不尽な感情論で貴族の労働力を搾取する。
この二人の相乗効果は、国家の非常事態システムよりも迅速に機能していた。
◇
数時間後。王都大正門前。
極寒の防衛線で警備に当たる近衛騎士たちの疲労は、すでに限界を迎えていた。
だが、彼らの絶望を打ち払うように、何十台もの最高級馬車が押し寄せる。
馬車が止まると、貴族たちが次々と降りてきた。
最高級の外套が泥に汚れることすら厭わず、彼らは誇らしげに声を張り上げる。
「王国の盾たる騎士諸君、我ら貴族一同からの補給物資である!」
使用人だけでなく、貴族自身が袖を捲り上げ、次々と湯気を立てる寸胴鍋や、毛皮の防寒着が騎士たちに配布していく。
配給の列を取り仕切る騎士の中に、カイル君の姿があった。
私がゆっくりと歩み寄ると、カイル君は疲労を忘れたように安堵の溜め息を吐いた。
「リリアナ、君が手配してくれたのか……。本当に助かったよ。でも、彼らの様子は……」
「気にしなくていいよ。新種の熱病すら霞むほど、イザベラ様の熱量にあてられただけだから」
私は温かいスープが注がれた木杯を手渡すと、カイル君は優しく微笑んだ。
「……ありがとう。お陰で持ち堪えられそうだよ」
「王都の防波堤は、カイル君たち騎士団に懸かってるからね」
温かい食事と分厚い防寒具が行き渡り、騎士団の瞳に生気が戻っていく。
何も精神論を否定するわけではないが、やはり物理的な補給がもたらす恩恵は絶対だ。
私はスープを飲み干すカイル君たちの様子を見届けると、次なるタスクを処理すべく足早に王宮へ帰還した。
皆様にすごいご報告です。
第11回オーバーラップWEB小説大賞の結果発表が行われました。
本作、ななななんと【金賞】を受賞しました!
書籍化だけでなく、コミカライズ化もします♪
ここまで続けてこられたのは、応援してくださった皆さまのおかげです。
いや、お世辞抜きにマジのガチです。
これからも面白いと思っていただける話をお届けできるように頑張ります!
本当にありがとうございます!
https://over-lap.co.jp/narou/narou-award11/
こちら、オーバーラップ様から作品評価をいただいております。
ぜひぜひ見てやってくださいませ♪
あ、それから現在進化形で書籍の物語を書いていますが、気晴らしにと新作短編も何気に投稿してますので、こちらの作品もよろしくお願いしますm(__)m
タイトル:永遠の愛を誓ったけれど、千年で飽きたので好きに生きることにしました
https://ncode.syosetu.com/n3950ly/
それではまた( ´∀`)ノ




