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竹と雀

挿絵(By みてみん)

 目録の部屋を出ると、すぐ隣にエレベーターホールがあった。

 やってきたエレベーターに一歩足を踏み入れて、俺は操作盤に並ぶボタンの多さに目を見張った。


「おい、何階まであんだよ、これ?!」

「えーと、地上は3階で、地下は40階まであるよ」

「よんじゅう……!」

「あ、でも、地下37階から下は、僕たちは立ち入り禁止だからね」

「すげーな……。じゃあ、地下36階までは全部、作品の倉庫ってことだろ?」

「うん。図書室のショーケースに入っているのなんて、本当にごく一部なんだ」


 地下三十六階分の、数えきれない作品。想像しようとして、うまく像を結べなかった。まるで、底の見えない井戸を覗き込んでいるみたいだ。

 コールドンが「地下3階」のボタンを押す。ガタン、と重い振動が響き、エレベーターがゆっくりと下降を始めた。


「うわ……なんか、無駄に緊張してきた」

「ふふ、ただの倉庫だよ」


 再びガタンと音がして、ドアが静かに開いた。

 目の前には、天井まで届くダークブラウンのキャビネットが、整然と並んでいる。ひやりとした静寂の中、目録の番号を頼りに歩を進める。

 コールドンが鍵を開け、木製の扉を左右に開いた。

 その瞬間、暗がりに眩いばかりの金と青が浮かび上がる。

 竹と雀の絵付けが施されたティーセット。


「……っ」


 声にならなかった。


挿絵(By みてみん)


 カップの内側も外側も、細いハンドルも、惜しみなく金で覆われている。その鮮烈な黄金の中で、深い青の竹林を、同じ青の雀たちが活き活きと飛び交っていた。

 黄金の国。青と白の磁器の国。不思議な植物が茂る国――かつて遥か東洋の島国へ抱いた、当時の人々の熱烈な憧れが、そこにこれでもかと詰まっていた。


「これが、ジャパニーズ・グローヴか……」

「素敵だね」


 コールドンが、我がことのように愛おしそうに目を細めて微笑む。


「これを持っていた人たちは、きっと温かいお茶を飲みながら、まだ見ぬ遠い異国に思いを馳せていたんだね」

「そうかもな……」


 吸い寄せられるように、一羽の雀に目をやる。


「でも、どう見てもこれ、ツバメじゃねーな」

「確かに。フォルムも尾羽も丸いよね」


 ふっと張り詰めていた空気が緩み、二人の笑い声が重なった。


 キャビネットの扉を閉め、名残惜しさを覚えながらエレベーターへ向かう。この地下3階は、頭文字が「C」のメーカーが集まっているらしい。コールドンのキャビネットの他にも、見慣れない窯のキャビネットが数多く並んでいた。


「なあ、コールドン」

「なに?」

「この所蔵庫ってさ、俺の窯の作品、全部入ってるのか?」

「いや……全部ではないよ」


 コールドンは歩みを止めず、ふっと伏し目がちになった。


「君と僕の作品は、まだかなり残っている方だけど……それでも、歴史の途中で失われてしまったものもたくさんある」

「え? ……それって、もう二度と取り戻せないのか?」

「僕たち精霊も、保存するために力を尽くしてはいるけれど。風化のスピードの方が速ければ、抗うのは難しいかもしれない」

「風化……?」

「僕たちの痕跡が地上から完全に消えて、誰の記憶からも忘れ去られてしまうことさ」


 胸の奥が、静かにひやりとした。

 ――もし、全部なくなってしまったら。俺たちはどうなるんだ?

 口から出かかった問いを、辛うじて飲み込む。


『何千という陶磁器の会社があったんだけど』


 昨日、コールドンが寂しげに呟いた言葉が脳裏をよぎる。

 今、この学園にいない無数の精霊たちは、一体どこへ消えてしまったのだろう。


 コールドンも、俺も、何も言わなかった。並んで歩く足音だけが、静かな廊下に響く。

 重苦しい沈黙のまま、エレベーターに乗り込む。スライド式のドアが閉まった。

 コールドンがボタンを押す。

 

「あれ?」


 もう一度、親指で強く押し込む。だが、ランプは点灯しない。エレベーターは微動だにしなかった。


「変だな……」

「他の階は?」

「やってみる」


 コールドンが「2階」「3階」「地下1階」と片っ端からボタンを押していくが、どれも虚しく指を弾き返すだけだった。


「ダメだ、反応しない」

「ドア、開けられるか?」


 焦って「開」ボタンを連打する。カチカチと虚しい金属音が響くだけで、重い扉はピクリとも動かない。

 コールドンの額に、じわりと焦りの汗が浮かぶ。


「大丈夫、何か方法があるはずだから」

「おーい、誰か―!」


 たまらず、金属製のドアを拳でバンと叩いた。


「……ダメか。おいコールドン、これ、力ずくで壊せないか?」

「僕の力じゃ無理だ。それに、君の力でやろうとしたら……また力が暴走して、扉どころか建物ごと吹き飛ぶかもしれない」

「う……」


 前回の暴走の記憶が頭をかすめ、拳を引っ込める。


「……どこかのフロアに出て、そこから階段で上に行くのが一番現実的だ。でも、今試していないボタンは……」


 コールドンの視線が、操作盤の下方に並ぶ赤文字の数字に落ちる。


「立ち入り禁止の、階層だけだ」

「この際、背に腹は代えられないだろ。行くしかない」

「ああ」


 コールドンが、意を決して「地下37階」のボタンを押し込んだ。

 カチリ、と今度はランプが赤く灯る。

 ガタン――大きな衝撃と共に、エレベーターが急激に下降を始めた。

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