所属庫
図書室の奥の扉を開けると、ひんやりとした埃っぽい空気が頬を撫でた。
壁を埋め尽くす分厚い目録の棚から、コールドンが背表紙に「C」と書かれた一冊を引き抜く。中央のテーブルに置き、長い指先でページをめくっていった。
「Cauldon」の見出しのページで、指がぴたりと止まる。
「待って。それ、コールドンのじゃん」
「ああ」
「ちょっと見せて」
身を乗り出して覗き込む。何ページにも渡って、緻密な文字で作品の年代、名称、保管箇所が隙間なく書き込まれていた。
「へぇー、たくさんあるな」
「まあね。でも、僕の作品を探すなら『R』と『B』の目録もあたる必要があるんだ。社名が何度か変わっているから」
「ふーん……え、もしかして俺の窯の名前も変わったりしてる?」
「最初は『ジョン・ローズ』だったよ」
「ジョン・ローズ……」
声に出すと、胸の奥に灯がともるような、妙に懐かしい響きがした。
「ジョン・ローズって、コールポートの創業者の名前だよ」
「ローズ……」
窯から生まれた俺にとって、その男は父親のような存在なのだろうか。
「ローズという名字の人が、薔薇を描いた美しい陶磁器を作ったなんて、どこか運命的だよね」
コールドンが穏やかに微笑む。
「本当だな……。なんか、上手く言えないけど嬉しい」
「ふふ、素直だね」
「じゃあさ、『コールポート』ってどこからきた名前なんだ?」
「石炭を運んだ、川沿いの港町の名前。地名さ」
「へぇ……」
港町。脳裏に、おぼろげな工場の景色が浮かぶ。川霧の向こうにそびえる、赤茶色の煙突の影。手を伸ばしても、まだ実体は掴めない。
「大丈夫?」
気づくと、コールドンが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ、うん。なんでもない」
喉の奥が、きゅっと詰まる感覚がした。手のひらにじわりと汗が滲む。
頭を振って、押し寄せかけた記憶を一旦脇に置く。
――そういえば、コールポートの「COAL」が石炭なら、コールドンの「CAUL」は何なんだ?後ろの「DON」も意味不明だ。
「あのさ、コールドンの由来も教えてくれよ」
「え? 僕は単純に地名だよ。工場があった場所が『コールドン・プレイス』って呼ばれていたんだ」
「あんまり聞かない名前だよな」
「うん。古い英語で『子牛の丘』って意味。コールドンローっていう丘の採石場から、僕たちの工場まで道と運河で繋がっていたんだよ」
「へぇ……子牛の丘か。なんか、かわいい名前だな」
「そうかな?」
コールドンは意外そうに瞬きをして、それから少し照れくさそうに視線を外した。
目録をさらにめくっていくと、ページの上端に「Coalport」の見出しが現れる。白く細い指先が、年代のリストをすうっと辿っていった。
「あった!」
指が止まる。正式名称、『ジャパニーズ・グローヴ』――日本の林。ただし通称として『竹とツバメ』、または『竹と雀』と併記されていた。
「これだ!……ん? でも、ツバメ? 雀じゃなくて?」
「当時のイギリスの人たちには、見分けが付かなかったんじゃないかな……」
「ええ? そんなことある?」
思わず顔を見合わせる。洋の東西のギャップに、可笑しさが込み上げてきた。
「よし、この番号の所蔵庫に行こう」
目録の中の数字を、俺は何度も頭の中で繰り返した。




