スポーツ・デイ
俺は自室のベッドにゴロンと寝転がり、手にした新聞のページを捲っていた。隣のデスクでは、コールドンが机に向かってカリカリとペンを走らせ、宿題に集中している。集中を邪魔しないよう、なるべく紙音を立てないように気を使っていた、のだが――。
「お!」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。ビクッと肩を跳ね上がらせ、コールドンが振り返る。
「どうしたの、突然?」
「あ、悪い、驚かせた……」
「何見てるの?」
「スポーツの特集記事。すげえんだよ。最近の人間って、こんなに飛ぶんだぜ。ほら」
俺はベッドから身を乗り出し、走り幅跳びの選手が青空をバックに美しい放物線を描いている写真を見せた。
「へぇー、8メートル? 確かにすごいね」
「精霊の力も使わずに、自分の足だけでどうやってこんなに飛ぶんだろうな?」
「昔より体格も良くなったみたいだしね。コールポートなら運動神経が良いから、案外できちゃうんじゃない?」
「やってみるか……」
翌朝。爽やかな朝日が差し込む校庭で、俺はさっそく走り幅跳びを試してみることにした。 精霊の力を借りれば空を飛ぶことなんて造作もない。だが、完全に自分の身体能力だけで跳ぶとなると、これが思いのほか距離が出ないのだ。 勢いよく助走をつけて「タッ、タッ、タッ、ダーーッ!」と踏み切り、ザザーッと派手に砂を巻き上げて着地する。すると、舞い上がった砂埃の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「コールポート!? こんな朝早くからいったい何をしておるのだ?」
「おはようございます、コーリー先生! 走り幅跳び、試してみたくて!」
着地の体勢から立ち上がり、体操服の砂を払いながら笑うと、先生は感心したように顎を撫でながら頷いた。
「おお、新聞の影響かの。初夏はスポーツ・デイ(運動会)の季節だからのう」
「スポーツ・デイ?」
「イギリスでは初夏の頃、学校や自治体で運動会を催すのだ。ふむ……これは面白いかもしれん」
先生は含みのある笑みを浮かべ、思案するように中庭の奥へと去っていった。
その日の昼休み。俺が廊下を歩いていると、掲示板の前でニューホール先生が大きな貼り紙を掲示し、満足そうに去っていくところだった。ポスターには、太く力強い文字で『第一回 スポーツ・デイ開催!』と書かれている。
「これって……!」
胸が熱くなるのを感じ、俺は足を早めて談話室のドアを威勢よく押し開けた。
「みんな! 運動会やるぞ!」
しかし、室内にいたコールドン、シェリー、ダニエル、ダヴェンポートの四人は、ポカンと口を開けて固まり、揃って困惑の表情を浮かべた。
「あれ?……みんな、嬉しくないの?……テンション低くない?」
あまりの温度差に肩をすくめると、コールドンが苦笑いを浮かべた。
「だって、僕たち普段はスポーツなんて無縁だし……『何でいきなり運動会?』って気持ちが先に立っちゃって」
「体を動かす行事なんて、ウィローの時以来だな」
ダニエルはやれやれと溜め息をつき、豊かな長い巻き毛を手で払った。
「髪が乱れるから、あまり激しい運動は好きではないのだがね」
「運動会……? 何が目的なんだ?」
ダヴェンポートは腕を組み、不機嫌そうに首をかしげた。
「体力向上と精神鍛錬か……? くだらん」
重苦しい空気が漂いかけたその時、「みなさん! 運動会するそうですよ!」と扉を叩き切る勢いでタスカンが駆け込んできた。満面の笑みを輝かせるその熱量に、座っていた生徒たちから思わずプッと吹き出す声が漏れる。
「僕、昔見た人間たちの学校の運動会に、ずっと憧れてたんだよ!」
「僕も見たことあるよ」
シェリーが嬉しそうにニッコリと頷いた。
「面白い競技がたくさんあって、何よりお弁当の時間にみんなで集まって食べるのが楽しそうだったな」
貼り紙によると、種目はスポーツ・デイの定番である「スプーン競走」「的当て」「仮装・障害物競走」「二人三脚」が予定されていた。
「身長差を考えると、二人三脚の相手は君になるよね」
コールドンが俺の隣に並び、背比べをするように頭の上に手をかざした。
「大丈夫か? お前、走るの遅いもんな」
「失礼だな、僕は至って平均的だよ。君の足が速すぎるだけだ」
「そうかな〜。本番で転ばないか心配だな。一応、練習しとく?」
「う〜ん……あんまり気が進まないけど、本番で失敗して無様な目を見るのも嫌だし、しょうがないか」
二人で校庭へと繰り出すと、心地よい初夏の風が通り抜けていった。
「おーい! コールポート、コールドン!」
声のする方を見ると、スウォンジーが大きく手を振っていた。すでにウェルシュ・リーキ寮の生徒たちが集まっており、掛け声とともに本格的なストレッチを行っている。
「めちゃくちゃ張り切ってんなー」
「まあな! 個人競技中心とはいえ、合計ポイントでトップになろうぜって、みんな気合が入ってんだよ」
「相変わらず、すごい団結力だね」
「お前らも早いじゃねえか。あっちにいるのもお前らの仲間だろ?」
スウォンジーが指さした方を振り返ると、そこには意外な組み合わせの二人が立っていた。
「あれ? ダニエルさんたちも練習しに来たんですか?」
「無様な姿を晒すわけにはいかないからな」
ダニエルは優雅にフッと息を吐き捨てた。
「だが、他に身長の合う相手がいないとはいえ、まさかダヴェンポートと二人三脚を組む羽目になるとはな……」
「……俺のセリフだ」
ダヴェンポートは盛大に舌打ちをし、不機嫌極まりない顔で結ばれた足元を睨みつけていた。




