ビリングスリー
ウェルシュ・リーキ寮の談話室。
招かれたローズ寮の仲間たちは促されるまま席に着き、ナントガルは部屋の一角にあるソファに深く腰掛けた。そのすぐ隣にはスウォンジーがそっと腰を下ろしている。コールドンに支えられながら立ち上がると、まっすぐナントガルの元へと歩み寄った。
「ナントガルさん……俺、自分が昔どんなことをしたのか分からないままじゃ、まともなお詫びもできません。どうか、教えてください」
深々と頭を下げる。ナントガルは俺をじっと見据えたまま、重々しく口を開いた。
「……ここにいるスウォンジーとお前、そして私の共通点は、ひとりの天才絵付師――ウィリアム・ビリングスリーだ」
「ビリングスリー……?」
聞き覚えのある名前に、胸の奥がどくんと跳ねた。
「ああ。彼は最高の磁器を生み出すという理想のために、いくつもの窯を渡り歩き、最後に私の窯を作った。彼が目指したのは、マイセンのような硬さと、セーブルのような柔らかさを併せ持つ究極の白磁だった。……だが、その理想の磁器を作るのはあまりに難しく、窯で焼くたびに9割が割れて壊れてしまった」
「9割も……!? それじゃあ、経営が成り立つはずが……」
「無論、大赤字さ。それでも彼は挑戦を諦めず、その儚く美しい磁器の上に奇跡のような薔薇を描き続けた。素地が足りないときはフランスから輸入したり、コールポートから買った無地の白磁で補いながらな」
「俺の窯から……」
「積み重なる借金は膨らむ一方だった。彼は借金取りから身を隠すように『ビーリー』という偽名を使っていたのだ」
「え……!? ビーリー……!?」
その瞬間、旅の途中でかすかに浮かんでいた記憶の断片が一気に繋がり、鮮明に蘇った。
「覚えてます……! 俺の窯に、彼は家族と一緒に、夜逃げ同然でやってきたんだ……!」
「そうだ。大手の小売店が、仕入れ先をお前の窯から私の方に乗り換えると言い出した。それに焦ったお前は、彼に7年間の専属契約を持ちかけて引き抜いたんだ」
「そんな……! それじゃあ……」
「……私に残されたのは、多額の借金に、呆然と立ち尽くす職人たちと、作りかけの作品の山だった」
喉の奥が詰まって、言葉が出てこない。俺はうつむいたまま、しばらく動けなかった。
「……俺、どう詫びたらいいのか……」
「私は、お前を恨んだ……だが」
ナントガルは静かに言葉を継いだ。
「さっきのお前の『コールブルックデール』に咲いた薔薇を見たとき……ビリングスリーさんがお前の窯でどう過ごしていたのかが、よく分かった。……彼は、幸せだったのだろうか?」
俺は記憶を辿りながら声を絞り出す。
「ビリングスリーさんは……みんなに優しく薔薇の描き方を教えてくれました。みんなから『ビーリーさん』と慕われていて……俺の窯は、ずっと彼と繋がれたことを誇りに思っていたんです」
「……そうか」
ナントガルは視線を床に落とすと、張り詰めていた表情を緩め、ほんの少しだけ温かい笑みを浮かべた。
「――ま、しんみりはこのくらいにして。お茶にしようか!」
スウォンジーがパンと手を叩くと、周りの生徒たちが動き出し、手際よくローズ寮の仲間たちにも温かいお茶とお菓子が振る舞われた。
配られたのは、スコーンほどの大きさで、平べったく丸い形をしたレーズン入りの焼き菓子だ。一人ひとりに手渡しながら、スウォンジーが口元をほころばせる。
「口に合うかどうか分かんねーけど、ウェールズ名物の『ウェルシュケーキ』だ。食べてみてくれ」
焼き立てのウェルシュケーキを口に運ぶと、外側はサクッと香ばしく、中はしっとりとして優しい甘さが広がった。その素朴で温かい味わいが、場の空気をゆっくりと解きほぐしていった。
「どうだ、うまいか? そうか、よかった! おかわりもあるぞ、どんどん食え!」
スウォンジーが大皿に山盛りにされたウェルシュケーキを、手際よくみんなへ配っていく。俺とコールドンは、ナントガルに向かい合う形で座っていた。
ナントガルから、彼が姿を消したその後の話を聞いた。
残された作りかけの作品は、別の絵付け師を呼び寄せて二年がかりでようやく完成させ、すべて売り切ったこと。その後、窯はなんとタバコのパイプを製造する工場へと姿を変えたこと。そして紙タバコの普及という時代の波に押され、ついに廃業へ追い込まれたこと……。
「だが、何年も、何年も経ってから……地元の熱心な人々の支援によってナントガルは奇跡の復活を果たしたんだ。今は復刻版と、新作を作り続けている」
語り終える頃には、山盛りだった大皿は綺麗に空っぽになっていた。スウォンジーがその皿を満足げな笑顔で見せつけながら、ナントガルの隣へどかっと腰掛ける。ナントガルはチラリと隣の相棒を見て、微かに、けれどどこか愛おしそうに微笑んだ。
「ウェルシュケーキ、本当に美味しかった。ありがとう」
コールドンと二人で礼を言うと、スウォンジーはニッと胸を張った。
「思わぬ形でローズ寮との交流のきっかけになったな。……さて、そろそろこのパーティーもお開きだ。ナントガルも、自分の窯へ帰る時間だろ?」
「ああ……そうだな」
名残惜しそうに立ち上がろうとするナントガルに、思わず声をかけた。
「あ、あのっ! 最後に……もうひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうしたら……どうしたら、俺たちみたいに途絶えた窯が『復活』できるんでしょうか……!?」
問いかけに、ナントガルはわずかに眉をひそめて黙り込んだ。その代わりに、スウォンジーがポンとナントガルの肩を叩いて口を開いた。
「ウェールズの窯と言えば、真っ先に名前が挙がるのはこの『ナントガル』だからな。まず、こいつが復活しないと何も始まらねぇだろ? だから俺は二番手として、主役が引き立つように陰ながらサポートしてきたんだよ」
「ほう……そうだったか? どこまで本当なんだか」
ナントガルの苦笑交じりの突っ込みに、スウォンジーは豪快に笑って言葉を続けた。
「まあ、冗談はさておきな。復活できた理由は……作品の圧倒的な質、知名度、語り継がれるストーリー性、色々ある。だが一番は――ビリングスリーの描くあの薔薇が、時代を超えて人々にずっと愛され続けてきたから、だろうな」
「……そうだろうな」
ナントガルも静かに同意するように頷いた。
俺たちも深く頷いた。
――あのビーリーさんが描いた薔薇は、どの時代のどんな花よりも、誇り高く美しく咲き誇っていたのだった。




