ナントガルとスウォンジー
スウォンジーの後について、長い廊下を歩く。奥へ進むほど、聞き慣れない言語の合唱が次第に大きく響いてきた。
「……あれ、何語?」
「ウェールズ語だ。英語とは全然違うだろ?」
「ああ……全然聞き取れない。それより、みんな仲がいいんだな。うちの寮じゃ、いきなり合唱なんて始まらないよ」
俺の言葉に、スウォンジーがふっと口元を緩める。
「だろうな。俺たちウェールズ人は歌が好きなんだよ。イングランド寮に比べりゃ、他の三寮は小さいからな。自然と団結も強くなる。……まあ窯の知名度で言えば、うちはスコットランドやアイルランドよりはだいぶマシな方だけどな」
「そうなんだ……」
廊下の空気はローズ寮とはどこか違って、素朴であたたかい。ふと壁に目をやると、柱に複雑な曲線模様が刻まれている。見入っていると、「ケルト紋様だよ」とスウォンジーが教えてくれた。
「でも、ナントガルは奇跡的に復活したんだろ? すごいと思うよ」
「まあな。……一言言っとくが、お前、ナントガルにめちゃくちゃ恨まれてるからな。覚悟しとけよ」
「ええっ!? なんで俺が!?」
「噂通り、ほんとに何にも覚えてねえんだな……。どう出るかは知らんが、本気でヤバくなったら俺が仲裁に入るから」
胃の底がすっと冷たくなる。それでも、会わないわけにはいかない。
「……スウォンジーって、案外いいやつだな」
「俺は一応ここの寮委員長でね。問題起こされたら困るだけだ」
「でも、ありがとな」
突き当たりの談話室は扉が開け放たれていた。ちょうど合唱が終わったばかりらしく、中からは賑やかな話し声が溢れている。
スウォンジーの背中に隠れるようにして、そっと覗き込んだ。
大勢の精霊が集まる輪の中心――そこに、息をのむほどのオーラを放つ一人の精霊が立っていた。薄いピンクの長い髪がまっすぐに背に流れ、談話室の灯りを受けて淡く光っている。こちらへ向けられた薔薇色の瞳は、その色合いに似合わず鋭い。
「あれが、ナントガルだ」
スウォンジーが低く囁いた、その直後。
ナントガルと目が合った。次の瞬間、彼の整った顔がみるみる険しくなっていく。
「おい、ナントガル。コールポートがお前に話があるってさ」
スウォンジーが声をかける。
「あっ、あの……っ」
口を開きかけた、その刹那――視界が揺れるほどの衝撃波が直撃し、体が宙を舞って背後へ吹き飛ばされた。背中が壁に叩きつけられる。
「っ……てて……!」
「グラモーガン、そいつを捕らえろ!」
ナントガルの鋭い一声で、近くにいた巨体の精霊が間髪入れずに俺を羽交い締めにした。
「おい、いきなり何するんだよ! 放せ!」
もがくが、びくともしない。スウォンジーがやれやれと肩をすくめ、呆れ顔で間に入る。
「おいおい、こいつは逃げやしねえよ。一旦放してやれ」
腕の拘束が解け、俺は床に膝をついて荒い息を吐いた。顔を上げると、すぐ目の前にナントガルが立っていた。見下ろす瞳の奥に、底の見えない怒りが揺れている。
「コールポート……すべてを忘れたからといって、赦されると思うなよ。私がどれほどの辛酸を舐めさせられたか……その身体に思い出させてやる」
震える声。その圧に押されかけた瞬間、スウォンジーがすっと二人の間に割って入った。
「まあ待てよ、ナントガル。ここはみんなが使う談話室だ。……表に出て、決闘で白黒つけようじゃないか」
「スウォンジー……?」
「コールポートが勝ったら、お前はこいつの望みを一つ叶えてやる。お前が勝ったら、こいつを煮るなり焼くなり好きにしろ」
「ちょ、待ってくれ! 急に決闘なんて――!」
「いいだろう。受けて立つ」
俺の制止も虚しく、ナントガルは冷たい一瞥を残して大股で談話室を出ていった。
床にへたり込んだままの俺の腕を、スウォンジーがガシッと掴んで強引に立たせる。
「外の風に当たりゃ、あいつの頭も少しは冷えるだろ。……本当にヤバくなったら助けてやるから、ちょっと付き合ってくれ」




