ウェルシュ・リーキ寮
翌朝目が覚めても、身体にはまだ重い疲れが残っていた。俺はベッドに横たわったまま、窓からの光を反射する天井の石膏細工をぼんやりと眺めていた。
隣のベッドからは、コールドンの規則正しいスースーという寝息が聞こえてくる。
昨日のたった一日で、200年の歴史の半分も一気に見せられたのだ。まるで、空っぽだった頭の中に、パズルのピースを一度に大量に投げ込まれたような、妙な感覚だった。
——青みがかったピンクの大壺。
——紋章が刻まれた濃紺色のお皿。
——ターコイズの宝石を細かく散りばめたような花瓶。
その一つひとつに確かに見覚えがあって、もう少しで大切な「何か」を思い出せそうな気がした。そして、あのタイルに記された窯印。
(ナントガルと、スウォンジーが気にかかる……。ウェールズの精霊たちの寮に足を運んでみようか)
思案に暮れていると、コンコン、とドアをノックする心地よい音が響いた。
「おはようございます! 朝の紅茶ですよ!」
扉が開くと、タスカンがいつもの眩しい笑顔で、カップをふたつ載せたトレーを運んできてくれた。
「ありがとう、タスカン」
その声でコールドンももぞもぞと起き上がり、「あれ、もうそんな時間……?」と寝ぼけ眼で呟いた。
「今日は休日ですからね、ゆっくりしていて大丈夫ですよ。昨日の遠足で、お疲れになったんじゃないですか?」
「そっか、今日は休みか……助かったー」
俺は一気に飲み干して空になったカップをサイドテーブルに置くと、思いっきり身体を伸ばした。コールドンもどこかホッとした表情で、温かい紅茶を口に運んでいる。
「あれ、コールポートさん、もう飲んじゃったんですか? もう一杯淹れてきましょうか?」
「いや、もう大丈夫。ありがとう」
「で、今日は何する?」とコールドンが尋ねてきた。
「俺、ウェールズの寮に行ってみようと思う」
「ええっ!?」
次の瞬間、コールドンとタスカンの表情が示し合わせたように固まった。
「……どうしたの、ふたりとも?」
「いやいや、絶対行かないほうがいいって! 何されるか分かんないよ? 僕らは基本的にライバルだし、寮が違えばなおさらだよ!」
「そうですよ! しかもコールポートさん、あちらは昨日から同窓会でナントガルさんが来ていて、夜通しお祭り騒ぎなんですから!」
「同窓会……!? ナントガルが!?」
「はい! 夏至ですからね。あちらの世界とこちらの世界の境界線が緩くなる分、昨日はいろいろな人が出入りしていたんですよ」
「なんで夏至だとそうなるの?」
「ほら、『夏の夜の夢』でも、妖精が人間と交わるのは夏至の日でしょう? あとはハロウィンとか、クリスマスとか……」
タスカンの説明の途中で、俺の心はもう決まっていた。
「ナントガルはまだいるかな……俺、会ってくる!」
「えっ! やめたほうがいいですよ! ちょっとは空気読んでください!」
俺は制止するタスカンを振り切り、パジャマの上にサッとガウンを羽織ると、呆然とするコールドンを置き去りにして部屋を飛び出した。
*
イングリッシュ・ローズ寮を出て校庭の脇を通り、木々の生い茂る林を抜けると、そこに「ウェルシュ・リーキ寮」が佇んでいた。
イングランドのシンボルが薔薇なら、ウェールズのシンボルは西洋ネギ(リーキ)。門扉にあしらわれた太いネギと赤いドラゴンを合わせた紋章が、どこかユーモラスで独特の存在感を放っている。
敷地内からは、楽しげな笑い声や賑やかな合唱が聞こえていた。
重い門を開けて建物の中へと一歩足を踏み入れた途端、ひとりの精霊と鉢合わせた。薄い水色の髪は短く整えられ、同じ色の目は俺を見ると大きく見開いた。
「お前……コールポートだな? なんでここに……!?」
「お前、誰?」
「俺はスウォンジーだ!こんな朝っぱらから、何の用だよ!?」
「スウォンジー……!?」
あのタイルに刻まれていた、もうひとつの名前だ。
「ナントガルに会いに来た。教えてほしいことがあるんだ。俺たち……一体どんな関係なんだ?」
スウォンジーは露骨に怪訝な顔をした。やがて「ハァ……」と重いため息をひとつ吐くと、面倒くさそうに頭をかいた。
「……まあ、いい。立ち話もなんだ、ついてこいよ」
背を向けて歩き出したその足取りは、突き放しているようでいて、ちゃんと俺のペースを気にかけてくれていた。




