旅の終わり
夏至の夜は八時だというのに、外はまだ昼間のように明るかった。学園に帰ってきた俺たちは、コーリー先生がいる校長室のドアを叩いた。
「先生、今ちょっとお時間よろしいですか?」
「おお、帰ってきたのか。どうしたのかな?」
俺はポケットに手を差し入れ、青と白のかけらを取り出して机の上に置いた。
「先生の工場の跡地で、これを見つけたんです」
コーリー先生は、かつての記憶を愛おしむように、そっとそのかけらに指先を触れた。
「……そうであったか」
「俺、思い出しました。先生の工場が解体されて、その煉瓦が俺の工場の拡張工事に使われたんですよね」
先生は静かに、ゆっくりと頷く。
「先生、あのとき俺の前から姿を消しましたよね?」
横で話を聞いていたコールドンが、驚いたように目を見開いた。
*
あのとき。先生は建物が解体されていく間、ずっとその場を離れようとしなかった。だから、俺は先生を迎えに行ったのだ。
――当時の俺は、第二工場から先生が移ってくれば、これからはずっと一緒にいられるのだと楽観的に考えていた。
「先生、まだかな……」
川を渡り、畑を抜け、第二工場の敷地へと足を踏み入れる。荷車には積み上げられた煉瓦が載せられ、次々と運び出されていた。かつてあった三階建ての建物も、隣の二階建ての建物もすべて取り壊され、今は剥き出しになった基礎と小さなコテージだけが残っている。
「コーリー先生!」
ぽつんと基礎の上に立っていた先生に声をかけると、先生はこちらを振り向いた。けれど、そこにはいつもの優しい微笑みはなかった。それを見た瞬間、俺の胸はきゅっと締め付けられた。
「……すっかり、何もなくなっちゃいましたね」
「ああ、そうだのう」
先生は夢の中を彷徨うように、ゆっくりと歩を進めながら呟いた。
「ここは、ウィローパターンのデザインが誕生した部屋……。ここは、徒弟のローズが独立すると言い出して、ターナーさんと喧嘩になった部屋……」
「コーリー先生……」
静けさの中で過去を辿る先生の姿に、俺は小さな恐怖を覚えた。
「先生、俺のところに来てくれますよね? これからもずっと、一緒に窯を見守ってくれますよね?」
「コールポート。わしはもう、そちらへ行こうとは思わんのだ」
「え……?」
「お前はもう、充分ひとりでやっていける。今や五百人もの職人を抱える、英国随一の窯になったのだからな」
「嫌だ! 先生、どこにも行かないでください! 俺、先生のおかげでここまでやってこられたのに!」
取り乱す俺を見て、先生はふっと目元を緩めた。そのおだやかな姿が、輪郭の端から少しずつ透き通り、消えかけていく。
「こんなに立派になったというのに、まだ子供のようだな。……お前のこれからを、楽しみにしておるぞ」
「先生、俺をひとりにしないでよ……!」
それが、俺が見た先生の最後の微笑みだった。
*
静かな校長室。目の前にいるコーリー先生は、あのときと同じ優しい微笑みを浮かべていた。
「コールポート。わしはずっと、お前の活躍を遠くから見守っておったぞ。お前が素晴らしい作品を生み出すたびに、誇らしく思っていた」
「先生……」
「コールドンも、付き添いご苦労であったな」
「いえ。僕も、一緒に行くことができて本当によかったです」
「さて……ふたりとも疲れただろう。今夜はゆっくり休むといい。遠足の話の続きは、また今度にしよう」
窓の外を見上げると、空は静かな薄紫色の夜に包まれていた。俺たちは先生に「おやすみなさい」と告げ、自室へと向かった。




