コールポートへの旅続き
膝をついたまま、俺は動けずにいた。
——ざわざわと、耳の奥で、大勢の話し声が波のように押し寄せては引いていく。見知らぬ誰かの、けれど確かに聞き覚えのある声。「この箱は絵付け室へ」「その箱はコテージに運んでくれ」……荷を運ぶ音、車輪の軋み、そして誰かが笑う声。
「遂に来たのか」
ぽつりと呟いた言葉が、誰に向けたものかも分からなかった。
その声のざわめきの中に、ふと、場違いな気配が混じった。
——小さな子どもの泣き声。荷物を急かすような、押し殺した早口。「ビーリーさん、こちらです」と呼びかける誰かの声に、一瞬の間があってから応える、低い声。
なぜだか、喉の奥がひやりとした。後ろめたさのような、それでいて必死な、切羽詰まった気配だけが、はっきりと伝わってくる。
「ビーリー……?」
「コールポート?」
コールドンの声で、ふっと意識が引き戻される。顔を上げると、心配そうな瞳が俺を覗き込んでいた。
「悪い、ちょっとぼーっとしてた」
「無理しないで。一気にいろんな物を見たから、疲れてるのかも」
コールドンが静かにそう言って、俺の肩に手を置く。その温もりに、波立っていた胸の奥がゆっくりと凪いでいくのが分かった。
「ああ……たぶん、な」
まだ形にならない記憶の欠片を、俺はそっと胸の内にしまい込んだ。今はまだ、全部を思い出せなくていい。そんな気がした。
俺たちは、対岸の第二工場の跡地へ向かった。
川を渡り終えると、空気の匂いが変わった気がした。畑と牧草地が広がり、人の姿はなく、あたりはしんと静まり返っている。
「あ、先生が言ってたのって、あれかな?」
たどり着いた場所は、舗装されていない道沿いの生垣の中にたたずむ煉瓦造りの記念碑だった。コーリー磁器工場の文字がしっかりと刻まれている。
「……ここが」
「うん。コーリー先生の、昔の工場があった場所」
コールドンの声も、心なしか低くなっている。
「1814年まで、ここにあったんだね」
「1814年……トーマスが窯を閉じた年だ。そういえば、あいつが第二工場の土地の賃貸契約が切れるって話してたっけ……」
思い出すにつれ、かすかに喉が詰まる感じがした。
「それで、建物が解体されたんだった。使える煉瓦は、対岸のあの工場の拡張工事に回された。俺の窯の一部に、ここの煉瓦が使われていた」
先生はそのことを、俺たちには黙っていた。
「先生、このことは……」
「話したくても、話せなかったのかもね」
コールドンが小さく呟いた。
生垣に沿って歩いていくと、小さな門があり、その向こうは雑草に覆われた更地が広がっているようだった。
敷地内を歩いていく。更地の先には地面を深く抉り取った採石場の跡があった。ここは三階建の建物が立っていた辺りだ。コーリー先生に初めて青と白の磁器を見せてもらった部屋があったはずの。
俺は膝をつき、土をそっと掬った。指先に、ひんやりとした感触が伝わる。土をかき分けていくと、小さな欠片が指先に触れた。
「……あ」
拾い上げたそれは、青い模様の残る、白い陶片だった。小指の爪ほどの大きさしかない。だが、その青は、記憶の中でざわめいていたあの色と、確かに同じだった。
「青と、白……」
「コールポート」
コールドンが隣にしゃがみ込み、俺の手のひらの上の欠片を、そっと見つめた。
「持って帰ろう。ここにあったってことを、忘れないために」
俺は頷いて、その小さな欠片を、ポケットの中に大事にしまった。
風が雑草を揺らす音だけが、しばらく二人のあいだに流れていた。




