コールポートへの旅
3日後、俺とコールドンは事務室へ外出許可申請の結果を受け取りに行った。
手渡された回答用紙に目を通す。そこには「コールポートへの外出許可は、コールドンの同行を条件に『透明な状態』に限り許可する。ストーク・オン・トレントへの許可については現在審議中」と記されていた。
「よしっ! まずはコールポートに行けるぞ!」
俺が思わず声を上げて喜ぶと、コールドンは「よかったね」と優しく微笑んでくれた。
指定された日時は、夏至の日の午前十時から夜の二十時まで。行ける範囲はコールポート博物館とその周辺、そして対岸にある第二工場跡地に限られていた。
俺たちはその足で、報告のためにコーリー先生のもとへと向かった。
「先生! 俺たち、夏至の日にコールポートへ行けることになりました!」
「ふむ、そうであったな。申請書が回ってきた時は、外の世界へ出すにはまだ時期尚早ではないかと案じたが……先生方と相談し、コールドンが一緒なら大丈夫だろうということになってな」
「僕が責任を持って彼を連れて行きますから」
コールドンが胸を張って笑顔を見せると、コーリー先生は目を細めた。
「うむ、頼もしい限りだ。懐かしいのう……わしも、もうしばらく彼の地には足を踏み入れておらんからの……」
「そうだ、俺の窯の第二工場って、元はコーリー先生の工場だったんですよね。今はどうなっているんですか?」
俺が尋ねた瞬間、コーリー先生の表情に薄い影が差した。視線がふっと窓の外へ逃げ、言葉を選ぶような間が空く。
「更地になっておる……1960年台に、最後まで残っていたコテージも取り壊されてしまってな」
「そうだったんですか……」
胸の奥がすっと冷えるのを感じながら、俺は何も言えずにいた。かつての面影がもう残っていないという事実だけが、静かに沈んでいく。だが先生はふっと表情を緩め、その空気を払うように続けた。
「だがな、嬉しいことに、わしのファンクラブの者たちによって記念碑が建てられたのだよ」
「ファンクラブ! そういえば、この前みんなともその話をしてたんですよ!」
「ハハハ、そうであったか。コールポート博物館もまた、熱心なファンに支えられていると聞く。存分に楽しんでくると良い」
「あの、ところで……ストーク・オン・トレントの方がまだ審議中となっていたのですが」
気になっていたことをコールドンが尋ねると、コーリー先生は頷いた。
「うむ。そちらについては、今回のコールポート訪問での様子を踏まえ、先生方と引き続き相談の上で決めることになっておる」
「そうなんですね。分かりました」
コールドンは納得したように頷くと、悪戯っぽく俺を振り返った。
「コールポート、お利口にしてないと次の『遠足』は無しになっちゃうよ」
「子供扱いすんなよなー!」
俺たちは顔を見合わせ笑い合った。
---
夏至の日の朝、太陽の光に反射して水面は眩しく輝いていた。
運河沿いの小道に、俺たちは立っていた。木々が優しく木漏れ日を落とし、時折、向こうの車道を車が走り去っていく。犬を連れて散歩する地元の人とすれ違った。
「ここが……俺の故郷か。静かなところだな」
今はもう使われていない運河には、カモの家族がのんびりと泳いでいる。ブラックベリーの茂みが、薄いピンクの花を咲かせていた。
「あの川がセヴァーン川だよ」
コールドンが茂みの奥を指さした。緑色の水をたたえた川が、音もなくゆっくりと流れている。
「コールポートは産業革命の頃、鉄鉱石や石炭を運ぶために運河が掘られ、新しく生まれた町だったんだ。君の陶磁器も、ここから世界へ出ていったんだよ」
運搬船に陶磁器を積み上げ、次々と送り出していく――そんなかつての景色が、なぜか目の前にちらついた気がした。俺はしばらく黙って川面を見つめていた。
「あ、あっちの方、カヌー漕いでる人がいる」
「本当だ。気持ちよさそうだね」
サイクリングを楽しむ若者たちの集団が、風を切って俺たちの横を走り抜けていった。
「この町は、今は製造業じゃなくて観光業がメインなのか?」
「世界遺産のアイアンブリッジが近いからね。あとは近くにメリーソートっていう有名なテディベアの本社と工場があるけど……昔の産業で残っているのは、もうタイル工場くらいかな」
「……俺の窯が引っ越したから、この町、さびれちゃったんじゃないか? コールドン、お前、恨まれただろ?」
「ええ〜?」
コールドンは困ったように肩をすくめた。
「確かに町に残った人には痛手だったかもしれないけど……僕だって必死だったんだ。第一次世界大戦の影響で、どこも苦しかったんだから」
「そうだよな。俺の窯だって、順調だったら買収なんてされなかった」
「でもさ……」
コールドンは少し照れたように微笑んだ。
「だから、コールポートを手に入れたときは嬉しかったんだ」
「……むむ。俺はやっぱり、悔しいけどな」
それでも、その横顔からしばらく目を逸らせずにいた。
運河沿いの道を歩き続けると、大きなボトルオーブン(煙突窯)が視界に入り、俺は思わず足を止めた。
「俺の窯だ……」
今はもう煙を吐かないボトルオーブン。風が運んでくるのは、爽やかな初夏の森の香りだけだった。その向こうには、古い煉瓦造りの建物が立ち並ぶ。壁には長い年月の跡が刻まれていて、触れたらひんやりとした重みが指先に伝わってきそうだった。
ボトルオーブンを覗き込むと、それ自体が丸ごと展示室になっていた。工場の建物は、展示室だけでなくレストランやホテルとしても活用されていた。
「ここ全部、昔のコールポートの工場だったんだよな」
「うん。でも、もっとずっと大きかったよ。君の窯が移転してからは、ゴムや金属製品の会社が入って、その後は廃墟になっていたそうだけど、今はこうして博物館になって、たくさんの人が見に来てくれているんだ」
「廃墟のままじゃなくて良かった……」
展示室に入る。職人たちの息づかいの代わりに、観光客の穏やかなおしゃべりが聞こえてくる。展示ケースの前に立つ人々は、熱心に作品を見てくれている。
展示ケースの中には、繊細な花模様のカップから豪華絢爛な大壺までのコールポート窯の作品、そして青と白が映えるコーリー窯の作品や、トーマス・ローズ窯の作品までもが美しく並べられていた。
「時代ごとの作品の傾向がよくわかるね」
「……これも、これも、見覚えがある」
指先が勝手に、ガラス越しの器の輪郭をなぞっていた。
「どれも綺麗だ……君の作品」
コールドンは、うっとりと見つめている。
そんな様子を見ると、なんだかくすぐったいような気持ちがした。
ふと、俺たちは『コールブルックデール』と書かれた展示の前で足を止めた。
「わあ……すごいね」とコールドンが呟く。花びら一枚一枚を手作業で作って組み立てた、細密な花々の飾りが付く大きな花瓶。ひとつの作品を25人がかりで作ったという超高級ラインだ。
「これが作られたのは200年前か。みんな、今でも大切にしてくれてるんだな……」
俺の言葉に、コールドンは少しだけ視線を落とした。
「いいな。僕には、こういう場所ないから」
「あ……」
胸がキュッとなって、俺は言葉を失った。
「そのうちさ」
コールドンは寂しさを隠すように、冗談めかして笑ってみせる。
「ネット上にでも、僕の博物館を作ろうかな」
ーー
「コールポート、こっち見て」
コールドンに呼ばれて振り返ると、展示室の一角にテーブルが並べられ、子どもたちが素焼きの皿に絵付けをしていた。筆を握る手はまだおぼつかなく、絵の具がはみ出したり、思わぬところに色がついてしまったりしている。それでも誰もが夢中で、時折小さな歓声が上がっていた。
「うまくできた!」
一人の女の子が描いた皿を誇らしげに高く掲げ、周りの大人たちが嬉しそうに褒めたたえる。
「いいよな、ああいうの」
「そうだね。こうやって、陶芸が次の世代へ受け継がれていくんだね」
博物館の建物を出た後、俺たちはレストランとホテルが入っている「ジョン・ローズ・ビルディング」と書かれた建物へ向かった。
エントランスに足を踏み入れた瞬間、俺たちは息を呑んだ。
入口のタイルの床には、六つの窯印が茶色と青のモザイクで描かれていた。コールポートの印や、コーリー窯の印。そして見覚えのない二つの文字列の印があった。
「ナントガルと……スウォンジー?」
俺は吸い寄せられるように膝をつき、床のモザイクを見下ろした。指先が、冷たいタイルの表面に触れる。
「ナントガルって、あの復活した窯だよな? なんでこんなところに刻まれているんだ?」
「このコールポートのバックスタンプには『ENGLAND』の表記があるから、1891年から1921年のものだ……」
「コーリー先生の窯に並ぶくらい、彼らとの関係を誇りに思っていたってことだよな……」
刻まれた文字を見つめていると、胸の奥で眠っていた記憶の欠片が、ざわめきと共に揺れ動いた。
「どこで……どんな関係が、俺たちの間にあったんだ?」




