ファンクラブ
俺の窯には、二百余年の歴史がある。その前半と後半をそれぞれ過ごした場所――故郷であるコールポートと、移転先のストーク・オン・トレント。
時々記憶の断片に浮かぶ景色を、再びこの目で見てみたい。何とかして行く方法はないだろうか。
居ても立ってもいられず、俺はコールドンに尋ねてみた。
「なあ、俺たちもリッジウェイさんみたいに、人間の世界に行くことってできないのか?」
「外出許可を取るのは難しいね」
コールドンは少し考え込むようにあごに手を当てた。
「透明な状態で、周りに干渉せずに見に行くだけなら比較的許可が降りやすいけど。人間の姿になって行くとなると、ハードルも上がるよ」
「そっか……。やっぱり、俺じゃまだ無理かな」
肩が自然と下がっていくのを感じながら、俺はぼそりとつぶやいた。そんな俺に、コールドンは優しく微笑みかけた。
「付き添いがいれば、もしかしたら……僕が一緒に先生へ聞きに行ってみようか?」
「本当に!? コールドンって本当に優しいよな!」
「いや……そんなことないよ。君にとって必要なことだと思うし……それに、僕も君が生まれたコールポートを見てみたいからね」
「よし! じゃあ、まずはコールポートに行って、その次にストーク・オン・トレントだな!」
「うん……そうだね」
そうと決まれば行動は早かった。俺たちはさっそく事務室へ向かい、緊張しながらも外出許可申請を提出した。結果が出るまで、数日かかるらしい。
*
申請を終え、ほっと一息つきながら談話室へ足を向ける。扉を開けると、そこにはいつもの仲間たちが勢揃いしていた。
ローズ寮の委員長がダニエルとダヴェンポートに交代して、まもなくひと月が経とうとしていた。
いつものように六人でテーブルを囲み、取り留めのない会話を交わしていたとき、俺はふと妙な静けさに気づいた。
周囲を見渡してみても、他の生徒たちが一向に俺たちのテーブルへ近寄ってこない。リッジウェイが委員長だった頃は、些細な悩み事でも誰かしらが頻繁に相談に訪れていたはずだった。
……俺たち、もしかして孤立してないか?
ふと思いついた疑問を、そのまま口にしてみる。
「意見箱ってありましたよね? 最近、何か相談とか届いてるんですか?」
「いや、全く届いていないな。平和で実に良いことだ」
ダニエルが優雅に紅茶をすすりながら、気にした風もなく答える。
「大抵の事は自分で解決できるからな」
ダヴェンポートも当然と言わんばかりの態度で同意した。
だが、本当にそうだろうか。俺は首をかしげる。
「もしかして……相談しづらいとか、相談しても無駄だって思われてるんじゃないでしょうか。以前、ミーキンさんと話した時に聞いたんです。俺たち王室御用達系の窯の精霊はエリートだから近寄りがたい、って」
俺の言葉に、周囲の生徒たちは少し納得したような表情を浮かべた。
「基本、みんなライバルだからね」
コールドンがどこか諦めたように肩をすくめる。
「僕らは周りに比べると、やっぱり能力が高いんだ。ロイヤルは余裕をかましてる、なんて陰口を叩かれることもあるしね」
「そうなんだ……」
言われてみれば納得だった。成績は常に上位独占、演劇祭でも主役を張り、身に纏う服までもが自身の作品を反映して豪華絢爛。キラキラと光り輝く俺たちの姿は、周りからすれば壁を感じて当たり前なのかもしれない。
「私は他の生徒をライバルとさえ思った事が無いがな」
ダニエルが涼しい顔で言い放つ。
「俺もそうだ。ハッキリ言って格が違う」
間髪入れずに追従するダヴェンポート。
――こういうところだろう。
俺は心の中でツッコミを入れた。このプライドの高さこそが、周囲を遠ざけている一番の原因ではないだろうか。
すると、それまで大人しく聞いていたシェリーが、おずおずと口を開いた。
「あの……僕、皆さんのお仲間に入れてもらってますけど、王室御用達ではありません……」
申し訳なさそうに身を縮めるシェリーに、すかさずタスカンが声を張る。
「シェリーは高級磁器の名門だよ! 遠慮することなんて何一つないって! ほら、ファンクラブだってあるんだし!」
「ふふ、ありがとう」
シェリーは少し困ったように、それでいて和やかな笑みを浮かべた。
「……え、ファンクラブ??」
耳を疑う俺に、シェリーは丁寧に教えてくれた。
「『シェリークラブ』というファンクラブが、本当に人間界に存在するんですよ」
「私にも『ダニエルセラミックサークル』というファンクラブがあるぞ」
ダニエルが当然のように胸を張る。
「えっ!? じゃあ俺は!? 俺のファンクラブはある!?」
期待に目を輝かせて周囲を見回す。だが、返ってきたのは容赦のない現実だった。
「……聞いたことないな」
「僕もないな。あ、でも『コーリー・ソサエティ』ならあるよ」
コールドンがサラリと付け加える。
「コーリー先生のあるのに、俺のはないのかよ……!」
すとん、と椅子の背もたれに体が沈み込む。人間界への旅行計画も一瞬吹っ飛ぶほどの衝撃だった。
見事に沈没した俺の様子を見かねたのか、コールドンがどこか微笑ましそうに付け加える。
「……でもね、コールポート。落ち込むことはないよ」
「え?」
「ファンクラブとは少し違うかもしれないけれど、人間界には君の作品だけを専門に集めた『コールポート・ミュージアム』があるんだから」
「……えっ、俺専用の博物館!?」
「そうだよ。だから胸を張りなよ」
さっきまでの沈み込みが嘘のように、体の奥からじわりと熱が広がっていく。ファンクラブはないかもしれないが、自分だけの博物館が存在する――それは間違いなく、俺の歴史と作品が今も人間界で深く愛されている証だった。




