ハムレットのアフタヌーンティー
六月も半ばを迎えたある日、カレンダーに「父の日」の文字を見つけて、俺はふと思った。
俺にとってのコーリー先生って、父親みたいなものだ。それに、学園の生徒たちみんなのお父さん的存在でもあるんじゃないか。
「なあ、父の日にコーリー先生にサプライズでアフタヌーンティーをご馳走するっていうのはどうかな。俺たちからの、日頃の感謝の気持ちとして」
休み時間の教室でそう切り出すと、コールドンもシェリーもタスカンも、すぐに乗ってきた。
「いいと思う」とコールドンが頷く。「先生に何かお返ししたいって、僕もずっと思ってた」
「この前の授業で学んだことを生かせますね」とシェリーが目を輝かせる。
「サプライズなら、こっそり準備しないといけませんね!」とタスカンが笑う。
「相手が相手なだけに、面白くしたいよな」
俺の提案に皆が頷く。
「先生、シェイクスピアが好きなんだよ。ハムレットをテーマにするとかどう?」
俺が言うと、コールドンが「うーん……」と唸る。
「でも悲劇って作りにくくない?僕だったら喜劇で、真夏の夜の夢かな」
「妖精がたくさん出てくるし、お菓子のデザインに生かせそうです」とシェリーが頷き、物語の情景を思い浮かべるように目を細めた。「あと僕が考えていたのは、オセローをテーマにした黒と白のモノトーンのアフタヌーンティーなんですけど……難しいかな……」
「モノトーンなら、ゴマや墨が使えそうじゃない?」
タスカンが拾う。
どの案も悪くない。悪くないんだけど、物足りない気がする。
「う~ん……なんか綺麗すぎるんだよな……あ!ハムレットで、ハムのオムレットなら思い浮かぶんだけど!」
「ダジャレ!?」
「悲劇がテーマだけど、笑っちゃうようなの、なんかできないかな」
コールドンは少し考えて、それから頷いた。
「確かに。先生、そういうの好きそうだよね」
タスカンとシェリーも「面白そう!」と声を合わせる。
いつもと違うアプローチに、四人とも浮足立っていた。俺は早速ダジャレのネタ作りに取りかかる。コールドンは机にノートを広げ、話を仕切りはじめた。
「じゃあ、まずアフタヌーンティーに使えそうなモチーフを書き出してみようか。ハムレットはデンマークの王子が父親の敵討ちをする物語だ。
“to be or not to be, that is the question”――生か死か、それが問題だ――というセリフが有名だよね。陰謀と策略の応酬で、しまいにはほとんどの登場人物が死んでしまう」
俺はノートにメモを取りながら、単語を並べていく。デンマーク、王子、敵討ち、名セリフ、登場人物の死――
「あ、なんか浮かんできた……」
指先が勝手に動き出す。
「えっ、もう?」タスカンが目を丸くする。「コールポートさん、ダジャレの才能もあるんですね……!」
シェリーが何かを思い出したように、少し声を落とした。
「……あの、いいですか。オフィーリアのことも、入れてあげたくて」
「オフィーリア?」
「狂ってしまった彼女が、花を摘みながら歌って川に落ちて……その花の冠が水に浮かんでいく描写が悲しいけれど美しいんです。ゼリーの中に食用花を閉じ込めて、水面に花冠が浮かんでいるみたいに見せられないかな、と」
場が一瞬、静かになった。コールドンが小さく頷く。
「いいと思う。笑えるネタばかりじゃなくても」
俺も頷いた。
「そうだな。笑わせるだけじゃなくて、ちゃんと物語全体を見せたい」
「そうしたら、こういう風に捉えられないかな?」コールドンが目を輝かす。「アフタヌーンティーは劇場、コーリー先生は観客、僕らは演出家だ。ステージとなる食器には、シェイクスピアにまつわる絵柄のを使おう。僕とコールポートので、いいのがある」
「僕のところにもあります」とシェリーが控えめに付け足す。「うちの窯も、シェイクスピアの作品がモチーフの食器を作っていました」
「それは心強いな」
*
当日、俺たちは応接室にこっそり集まって支度を整えた。コールドンが前日のうちに「少しお時間をいただけませんか」とだけ言って、先生を今日のこの時間にここへ呼び出しておいてくれている。用件は伝えていない。
扉の外に足音が聞こえて、俺たちは慌てて最後の皿を並べ終えた。校長が応接室に入ってくるなり、三段スタンドを見て目を丸くする。
「おや、これは……何の集まりかな?」
「サプライズです、先生。座ってください」
半信半疑という顔で主賓席に腰を下ろす先生に、俺は前に進み出た。
「コーリー先生、お待たせしました。今日は、日頃の感謝を込めて、シェイクスピアのハムレットをテーマにしたアフタヌーンティーをご用意しました」
「ほう!それはそれは!楽しみだのう」
運び込まれた三段スタンドは、芝居小屋のテントのような設えだ。段ごとに幕がぐるりと取り囲み、中を見ることができない。コールドンが下段の幕を開けた。
「幕開けには、セイボリーをお楽しみください」
サンドイッチの間には、ハムとオムレツが挟んであった。
「まさしくハムレット!」
「物語の舞台デンマークの名物、スモーブローをイメージしてライ麦パンを使っています。紅茶は、デンマーク王室御用達店ACパークスのプリンス・オブ・デンマークです」
「紅茶の名はデンマークの王子か……よく見つけてきたな」
先生はサンドイッチの次に、二匹の蜂の形をしたタルトに手を伸ばす。
「はて……?これは何を意味するのだ?」
タスカンが一歩前に出て説明を引き継いだ。
「こちらのタルトは、ハムレットの有名なセリフ、to be or not to be から着想しました。to beはtwo bee、二匹の蜂です。それから、not to beは『ビーではない、ならばピーだ』ということにして、two pea、二個のお豆がのったミニタルトです。あ、名詞の複数形のSはご容赦ください」
「なんと!よく考えたな。後は……教会の形をしたクラッカーにパテか。はて、これは何を意味するのか……」
先生はパクっと口に入れた。「甘い!……甘い寺!“尼寺”!」
「はい」とコールドンが静かに答える。「ハムレットが恋人オフィーリアに向かって言うセリフ、“尼寺へ行け”から発想しました」
「……なかなかやりおる……おや、皿の真ん中に絵が。おお、シェイクスピアの生家だな。コールポートの絵皿か」
自分の名前が呼ばれて、胸のあたりがふっと軽くなった。「はい!」
シェリーが三段スタンドの中段の幕を開ける。
「中段はスコーンです」
二つのスコーンにはチョコレートでできた人形の頭が付けられ、イチゴジャムとクロテッドクリームが別に添えられていた。
「彼らはハムレットの大学時代の友人たちです」とシェリーが説明する。
「処刑されるローゼンクランツとギルデンスターンか。むむ、半分に切っていちごジャムを塗るとなかなかグロテスクな……。ふむ、皿の絵はシェイクスピアの妻の家か。こっちはコールドンの皿だな」
コールドンは「はい」と言って笑みを浮かべた。
俺は上段の天幕を外した。
「では、最後のスイーツです」
小さな陶器の器にはチョコレートのムース。レアチーズケーキには剣が突き刺さっている。そしてガラスの器には、透き通ったゼリーの中に食用花が閉じ込められている。
先生はまず、チョコレートのムースをスプーンですくう。スプーンの上には茶色のムースが付着した頭蓋骨。
「おおっ?!……油断した。墓堀りの場面だな。……ほお、しゃれこうべはホワイトチョコか?」
「はい。そちらもぜひお召し上がりください」
四人でいたずらっ子のように顔を見合わせる。
先生は次に、剣が刺さったレアチーズケーキを見て、「あ!」と叫んだ。
「ハムレットと戦って死ぬレアティーズ!」
「当たりです!」
笑い声が応接室に響く。けれど、最後の一皿に手を伸ばした瞬間、先生の顔つきがふっと変わった。ガラスの器を持ち上げ、花の色を透かすようにして、しばらくじっと見つめている。
「これは……オフィーリアか。」
「はい」とシェリーが静かに答える。「花を摘みながら歌い、川に沈んでいく場面から。ゼリーの中の花は、彼女が身につけていた花冠のつもりです。……このスイーツは、涙のかわりに、少しだけ塩の風味を加えました」
添えられたカップに、先生がふと目を留めた。
「おや、このカップの柄は……」
「パンジーです」とタスカンが答えた。「オフィーリアが花を配る場面で、本人がそう言ってるんです。ローズマリーは記憶のため、パンジーは物思いのため、って。だから、これしかないと思って」
先生はしばらくカップを眺めていたが、やがて小さく頷いた。
「……よく考えたのう」
俺は少し誇らしい気持ちで、静かに締めくくった。
「以上になります」
言い終えた瞬間、部屋の空気が固まったような気がした。誰も声を出さない。先生も、テーブルの上を見つめたまま動かない。心臓の音だけが、やけにはっきり聞こえる。
「……ハムレットの最後のセリフ『後は沈黙』。――いや、恐れ入った。こんな奇妙奇天烈なアフタヌーンティーは初めてだ。ハッハッハ」
その一言で、張り詰めていた空気が一気にほどけた。先生は膝を叩いて大笑いし、俺たちも顔をほころばせる。強張っていた肩から力が抜けて、代わりに何か温かいものが胸の奥にじわりと広がっていくのがわかった。
「コーリー先生なら面白がってくれるかなーって、思ってました」
「シェイクスピアの作品にもしょっちゅうダジャレが出てくるしね」とコールドンが付け足す。
「みんな、ありがとう。相手のことを思って、もてなそうとする心が一番大事なのだ。皆の思いはしっかりと伝わったぞ。……では、ワシも、他にもネタが作れるか考えてみるとしよう」
先生は完食すると、ブツブツと独り言を言いながら応接室を後にした。




