テディベアピクニック
今週はナショナルピクニックウィークだ。六月のイギリスは爽やかな晴天が続き、外でお茶を楽しむには最高の季節。
先日のウィローパターンの劇から、俺たちはなんとなく一緒にいることが増えていた。放課後、寮の談話室に集まってお喋りするのも、もうすっかりいつもの流れだ。
そんなある日の放課後。談話室のソファに勢いよく飛び込んできたタスカンが、開口一番に切り出した。
「みんなでテディベアピクニックをしましょう!」
「テディベアピクニックって?」
俺が首を傾げると、シェリーが嬉しそうに説明を引き継いでくれた。
「お気に入りのテディベアを連れて、友達や家族とピクニックに行くんです。子どもだけじゃなく、大人にも大人気のイベントなんですよ」
「大人もぬいぐるみなんか持って行くのか?」
「イギリスでは、赤ちゃんが一歳になるとテディベアが贈られて、その子の一生のお友達になるんですよ」
「へー」
コールドンも乗り気のようだ。
「晴れた日の午後に景色の良い場所でお茶をするだけでも楽しいけど、テディベアを連れて行くと童心に返れるらしいよ」
「ふーん、そんなもんなのかな」
俺が感心していると、さっきから一人だけ明らかにテンションの低いダヴェンポートが、ウザそうに呟いた。
「面倒だ……」
そんな俺たちのやり取りを、ダニエルは優しく見守っている。
「だが、私はクマのぬいぐるみなど持っていないぞ」
するとタスカンは「待ってました!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
「シェリーと僕で、みなさんの分を作ってきたんです!」
二人はバッグから、丁寧に作られたテディベアを一人ひとりに配り始めた。見れば、毛色や着ている服まで俺たちそっくりに作られている。それどころか、どことなく表情まで似ているんだから驚きだ。糸の始末ひとつとっても丁寧で、あちこちに何度もほどいて縫い直した跡がある。
「うわっ、すっげー! かわいいじゃん!」
思わず声を上げてはしゃぐ俺の横で、コールドンも目を細めて喜んでいる。
「えーっ!? すごくよく出来てるね!」
ダニエルも感心しきりだ。
「ほお、良く私の特徴を捉えているな」
ダヴェンポートだけは「・・・・・・」と怪訝な顔でクマを見つめていたけれど、タスカンとシェリーは自分たちのクマも見せて、満足そうにニコニコしていた。
談話室が一気にうきうきした空気に包まれる。
「それじゃあ今日はお天気も良いし、簡単なおやつを作って午後から行こうよ」
コールドンの提案に、俺のテンションも一気に上がった。
「よっしゃ、じゃあ早速キッチンで準備しようぜ!」
「では、私とダヴェンポートはクッションや敷物を借りてくるとしよう」
ダニエルがちらりと視線を送ると、当の本人は「やれやれ、またお遊びに付き合わされるのか」と大きなため息をついた。
* * *
その日の午後。俺たちはスタッフォードシャードッグのゴグとマゴグも連れて、見晴らしの良い丘の上でピクニックを始めた。空はどこまでも青く、風が芝の匂いを運んでくる。
芝生の上に敷物を広げ、クッションを置き、ハンパーから取り出したお菓子とティーセットを並べる。魔法瓶から温かい紅茶がカップに注がれ、湯気とともにふわりと香りが立つ。俺とコールドンで作った小さなサンドイッチやスコーン、小分けにしたコールスローをみんなに配った。
「わあ! コールポートさんのパディントンのティーセットですね! かわいい!」
シェリーがカップと皿を受け取り、目を輝かせる。
「だろ! クマつながりでいいかなと思ってさ。このサンドイッチはパディントンの好物に倣って、マーマレード入りなんだぞ」
コールドンも続いて料理の解説を始める。
「こっちはクマのプーさんのレシピ本から、チーズ入りのスコーンとりんごのコールスロー。スコーンにはお好みではちみつをどうぞ」
「テディベアピクニックにぴったりです!」「美味しそう〜!」
タスカンとシェリーは大喜びだ。
「では、作法に則りテディベアを我々と同じように座らせてみよう」
ダニエルが俺たちの前にクマをちょこんと配置し、中央にはクマ用のミニチュアティーセットまでセットした。
「なかなか良いではないか。どうだ、ダヴェンポート?」
「ああ……そのままミニチュア陶器の販売用ディスプレイになりそうだな」
「ふっ、お前は童心には返れなさそうだな」
清々しい風の中で味わうお茶とお菓子は、いつも以上に美味しく感じられた。空には綿雲がゆっくりと流れ、遠くではゴグとマゴグが楽しそうに走り回っている。ひと息ついた頃、タスカンが目を輝かせて提案した。
「テディベアピクニックにはゲームが付き物なんです! 僕らも『テディベアハンティング』をしましょう! 自分のテディベアを庭園内に隠して、みんなで探すんです。最後まで見つからなかった人が勝ちです!」
「OK! よーし、どこに隠そうかな!」
俺は真っ先に立ち上がった。コールドンも立ち上がり、周りを見渡す。
「どの辺りまで行っていいのかな? あの森の手前くらいまで?」
「あの辺りは、新しく大きな庭園が作られたそうですよ」
ダヴェンポートだけは無言のまま動こうとしないが、そんな彼を見てダニエルがいたずらっぽく微笑んだ。
「さあ、誰が一番上手に隠せるかな?」
タスカンが教えてくれた広大な庭園は、イギリスの有名な庭園をモデルに、趣の異なるいくつもの小さな庭で構成されていた。俺たちはそれぞれお気に入りの庭を選び、自分のクマを隠しに向かった。
そして再び丘に集合し、いよいよハンティングの開始だ。最初はタスカンが隠したテディベアを全員で探すことになった。
「みんなが探してるのを見ると、なんだかドキドキするね」
そわそわしているタスカンに、シェリーが小声でささやく。
「こういう時は、知らんぷりしていた方がいいんだよ。みんな、君の視線も観察しているからね」
「そうだね! 僕、隠した場所と違う方を見ることにするよ!」
「ふふ、それもヒントになっちゃうよ」
タスカンが隠したエリアは「フランス式整形庭園」。ツゲの木が綺麗に刈り込まれ、人物や動物、幾何学模の像が並んでいる。
「動物の像が怪しいな……」
コールドンがクマの足元を覗き込んだ——その瞬間、彼は申し訳なさそうな顔になった。
「ごめん、もう見つけちゃった……」
「え~?!」と驚くタスカン。
「あ〜……」と眉を下げるシェリー。
「分かりやすすぎるだろう……」と呆れ顔のダヴェンポート。
ダニエルは「ふふ、洒落た場所に隠したな」と微笑み、俺は「 早すぎだろ!」と声を上げて笑った。
続く二つ目のエリアは、シェリーの担当だ。初夏の自然を表現した「イギリス風景式庭園」で、白いつるバラのアーチやアジサイ、ジギタリスなど、眩しいほどの白い花々であふれている。
「ホワイトガーデンかあ。今回は難しいね。どの花も同じ白だから」
コールドンが眩しそうに庭を見渡すと、俺も同意して頷いた。
「そうだなあ。シェリーのことだから、隠す場所にも何かこだわりがありそうだけど」
その時、庭園をぐるりと一周したダニエルがある地点で足を止めた。
「フォーカルポイントが最もバランスよく見える場所だな」
見ると、ダヴェンポートも同じ場所に立っていた。
「俺もここがビューポイントだと思った。ここからが最も美しく庭のデザインを見渡せる……ほら、クマがあったぞ」
「当たりです!」とシェリー。
「おお〜、すげー! ……でもさ、フォーカルなんとかとか、ビューポイントって何のこと?」
俺が尋ねると、シェリーが丁寧に教えてくれた。
「フォーカルポイントは庭の中心となる注目の的のことで、ここではあのつるバラのアーチです。ビューポイントは、全体が一番美しく見える視点のこと。庭園設計の時に意図的に作られているんですよ」
「なるほどな~! 今度散策するときは意識して探してみるよ」
そして三つ目、いよいよ俺の担当エリアだ!
背丈を超えるツゲの木で作られた「迷路」の入り口に立ち、みんなを迎え入れた。ここなら簡単には見つからないだろう。
ところが、入ってすぐにコールドンが左手を迷路の壁につけた。そして振り返り、俺を見てニヤリと笑う。
「迷路はね、左手を壁に置いて伝っていけば、いつかは出口に出られるんだよ」
「えっ!? マジで!?」
「知らなかったの? だとすると、最初の辺りに隠してすぐ入り口に戻ってきたでしょ。この迷路、真面目に探したら30分以上かかるはずだし」
——完全に読まれてる……!
「うっ……あんまり探りを入れないでくれよ〜!」
「ふふふ」
「見つけました!」
奥からシェリーの楽しそうな声が響き、みんなの爆笑が巻き起こった。




