ミーキンと戦争
夕食が終わると、コールドンはリッジウェイの部屋に行った。残された俺はミーキンの部屋に招かれ、温かい紅茶をごちそうになっていた。
研修先のティールームで過ごした日々の話を聞くうちに、ふと気になっていたことが口をついて出た。
「リッジウェイさんとは、昔から仲が良かったんですか?」
「いや。学園にいた頃は、ほとんど話したこともなかったよ。つるんでいたグループが違ったからね」
「あ、そうだったんですか」
「君たち王室御用達窯のエリートたちは、どこかお高く留まっているように見えていたしね」
「え……?」
エリート——俺たちは、そんな風に見られていたのか?
確かに、彼らの言動の端々からは揺るぎない誇りとプライドが窺えるけれど……。俺が戸惑っていると、ミーキンは悪戯っぽく笑って続けた。
「でも、リッジウェイは思っていたのと違ったよ」
「ですよね! 俺もすごく親切にしてもらいました!」
俺が大きく頷くと、ミーキンは目を細め、どこか愛おしそうに表情を緩めた。
「聞いたよ。記憶を無くして、ずいぶん大変だったね」
「はい……今の俺はできないことばかりで、周りに助けられてばかりなんです。ありがたい反面、情けなくて……」
「焦ることはないよ。今はまだ暗闇を手探りで進んでいるように思えるかもしれないけれど、君の本来の力はそんなものじゃないから」
「……ミーキンさんは、早くから研修に選ばれるほど優秀ですよね。どうしたら、そんな風になれるんですか?」
「うーん……強いて言うなら、テストのヤマを当てるのが得意だったからかな?」
「それも占いなんですか?!」
思わず顔を見合わせ、二人で同時に吹き出してしまった。緊張がふっとほぐれる。
「でもね、君がこれまで作ってきた素晴らしい作品は、紛れもない才能と努力の証だ。それに君は今も歩みを止めていない。いつか必ず、本来の自分を取り戻せる日が来るよ」
「ありがとうございます……ミーキンさんの言葉、胸に染みます」
ミーキンは柔らかく微笑んだ。
手の中のカップを見つめると、そこに描かれた可憐な花柄が目に飛び込んでくる。俺はその控えめな優しさに、目の前の彼の姿をそっと重ねあわせていた。
「ところで……紅茶占い用のカップって、今日初めて知りました。いつ頃作られていたものなんですか?」
「19世紀末から、いろんなメーカーで競うように作られ始めたんだよ。占い専門の解説本が出版されるほどのブームになってね。……だんだんと世の中が不穏な空気になっていく時代だったから、人々は占いにすがり、未来への不安を紛らわせたかったのかもしれない。けれど、第二次世界大戦が始まると、それも作れなくなってしまった」
「戦争のせいで、ですか?」
「ああ。戦時下では政府の要請によって、窯元はその格ごとに四つのカテゴリーに振り分けられ、作るものを厳しく制限されたんだ。君たちのような名門は外貨を獲得するための輸出用に。そうではない窯は民間の日用品にとかね。そして俺の窯は——軍隊で使う食器の生産へと切り替えられた」
「その頃のお話を、少し聞かせてもらえませんか?」
尋ねると、ミーキンは静かに目を閉じ、遠い記憶の底を探るように語り始めた。
*
「戦争が始まると、うちの工場から華やかな彩りは一切消えた。作らされたのは、飾り気のない、ただ頑丈なだけの白いカップばかりだ。……そんなある日、若い職人に召集令状が届いてね」
騒がしい食堂の一角。出征を明日に控えた青年は、隣に座る同僚に努めて明るく語りかけていた。
『俺たちがここで作ってきた武骨なカップと、今度は戦場で再会することになるんだな』
『ああ。だが丈夫で使いやすい、いい器だろ? ここじゃ紅茶の配給も減る一方だが、軍に行けばいつでも温かいお茶が飲めるらしいぞ』
『へえ、そいつは悪くない。……早くこんな戦争が終わって、またここで花柄のカップを作れたらいいな。その時はまた、お前とのんびりお茶を飲みたいよ』
「“あの味気ない白いカップが、彼が最後に口にする器になってしまうかもしれない”……そう思うと、胸が締め付けられるようだった」
ミーキンはそこで言葉を切り、静かに手元のお茶を一口飲んだ。
「戦争が長引くにつれ、男達は次々に戦争へと駆り出され、工場は女性たちが支えてくれたんだ」
ミーキンがふと棚の方に目をやった。そこには、丸く太いハンドルがついた白いカップが飾られていた。
「幸いなことに、戦争が終わると彼は無事に工場へ戻ってきたよ。そして『あの頑丈なカップが、過酷な戦場で俺たちの命を繋いでくれたんだ』と、胸を張って言っていた。……役目を終えた大量の白いカップは、戦後の物資がない時代に安価で出回り、人々の傷ついた生活を支えた。だから俺にとって、あの素っ気ないカップは今でも大切な“戦友”なんだよ」
ミーキンは慈しむような目元で、俺の手元にあるカップを指さした。
「そして……今君が持っているその花柄のカップは、誰かが平和を願った証であり、平穏な日常そのものと言えるのかもしれないね」
「……」
俺たちはしばらくの間、無言で湯気の立つカップを見つめ続けた。
かつて誰かの命を繋いだ、無骨な白い戦友のカップ。
そして今、俺の掌を温めている、柔らかな花柄のカップ。
器に込められた職人たちの祈りと願いの深さに思いを馳せると、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。
——俺もいつか、こんな風に誰かの心を温め、支えられる存在になりたい。
俺は両手に少しだけ力を込め、祈るようにカップを大切に包み直した。




