紅茶占い
翌朝。俺は、ミーキンの店に開店1時間前に到着した。待っていると、次々と後ろに女性客が並び始め、開店10分前には長蛇の列ができていた。
「おはようございます。これから整理券をお配りします」
ミーキンが店の前に姿を見せた。 落ち着いた声に、客たちが色めき立つ。
「お客様は一番ですので、そのままお入りください」
店員に案内され、奥の部屋へ通された。 そこは小さな応接室のようになっており、二人掛けのテーブルと椅子、テーブルの上にはティーセット。左右の壁一面にキャビネットが並び、さまざまなティーカップが美しく並べられている。
「本日は、どのようなご用件ですか?」
ミーキンが優しく微笑んだ。
「ええと……自分用に良いティーカップがあれば、買いたいなと思っていて……」
「かしこまりました。いくつかおすすめをお持ちしますね。お客様の雰囲気でしたら……こちらなど、いかがでしょう。百年以上前に作られたアンティークです」
「あ、オークリーフ!」
思わず素が出てしまい、俺は内心で青ざめた。
しかしミーキンは、わずかに驚いたように目を細めただけだった。
「お詳しいのですね」
——しまった。
「ええ。近くの喫茶店でバイトしてるうちに、洋食器に興味を持ちまして」
「なるほど。そうでしたか」
——セーフ。
とりあえずごまかせた安堵から、俺は慌てて話題を変える。
「あ、あの、この目の前の……内側がトランプ模様の変わったカップは、何ですか?」
「こちらはフォーチューンカップ。占い用のカップです。カップの底に残った紅茶の葉の位置で占うのです」
「占い、ですか?」
「もしよろしければ、あなたの未来を占って差し上げましょうか?」
「あ、はい。お願いします」
ミーキンは、茶こしを使わずにティーポットから紅茶を注ぐ。カップの底には茶葉が沈んでいた。
「まず、この紅茶を、茶葉の上までお飲みください」
茶葉を口に入れないよう慎重に飲み進め、少しだけ紅茶と茶葉を残す。
それから、指示に従ってカップを円を描くように三回揺らし、ソーサーの上でひっくり返し、少し置いてから元に戻す。
カップの内側には、茶葉が軌跡を描いていた。
「近い将来、新しい仲間たちと共に別の環境に身を置く未来が見えます」
「え……そうなんですか?」
「ブラウンがあなたのラッキーカラーです。オークリーフのカップが、あなたのお守り代わりになるでしょう」
「そういうことか……!」
俺は立ち上がった。
「占いを使って、人の心の弱みに付け込んで売りつけていたのか!」
「えっ!?」
俺はミーキンの腕を掴んで押さえ込んだ。
「俺はリッジウェイだ!今までの会話、全部録音したぞ!」
「……リッジウェイか」
「ミーキン、なぜこんなことを?」
騒ぎを聞きつけ、店員と客が一斉になだれ込んでくる。
「何するのよ!!」
「君たちは、こいつに騙されていたんだ!これは霊感商法だ!」
しかし女性客たちは一斉に首を振った。
「ミーキンさんはお金を取ってないわよ!」
「相談に乗ってくれただけよ!」
「ええ!?」
俺は掴んでいた腕を離した。
「はぁ〜……みんな、落ち着いて」
ミーキンがため息をつき、お客に向き直る。
「彼は知り合いだから安心して。話をしないといけないんだ。今日は閉店にするよ。ごめんね」
女性客と店員たちは、名残惜しそうにしながらも大人しく店を後にした。
静まり返った店の中で、俺たちは向かい合って座った。
「〝お金取ってない〟って……?」
ミーキンは肩をすくめた。
「知ってると思うけど、俺は紅茶占いが得意だ。最初はサービスで占っていただけなんだけど、〝当たる〟と評判になって、悩み相談を目的に来るお客さんがメインになっていった。空き時間も、ひたすら相談に乗っていたよ」
「ティーカップは?」
「お守り代わりにあげると、お客さんが喜んだからね。金銭的に余裕がない人が多かったけど、中には払ってくれる人もいたよ」
「そうだったのか……でも、売り上げの金は?」
「行きつけのカジノバーがあってね。ルーレットの番号を占って、その勝ち分を店の売り上げに充てていたんだ」
「すごい……いや、すごいで済ませていいのか? ……違法賭博じゃないのか?」
「帳尻は合わせているけど、アウトだよな。校長には、ちゃんと白状するよ。……店もこれで終わりだな」
「いや」
俺は首を振った。
「お客さんには、お前が必要だ。何か〝存続できる方法〟がないか、一緒に考えたい」
「リッジウェイ……」
「さっきは、自分の作品の良さを認めて買ってほしくて腹が立った。でも……お守りとして、誰かの役に立てるなら、それも良いのかもしれないと思い直した」
「怒るのは当然だよ。誰だって、自分の作品には誇りがあるからね。でも、言い訳させてもらえるなら——ティーカップを受け取った人たちは、使っていくうちにその魅力に気づいて、ちゃんと愛着を持ってくれているよ」
ふっと目元を緩める。俺もつられてしまった。
「そういえば、変装が上手だね」
「毎年演劇祭に出ていたのが役に立ったかな」
*
「―――というわけで、俺たちは併設のティールームを作って安定収入を得ながら、市場調査を続けることになったんだ」
「今の店が続けられるのはリッジウェイのおかげなんだよ。校長にはこっぴどく叱られたけどね」
あははと屈託なく笑うミーキンと、困ったように笑うリッジウェイ。俺は良いコンビだなと思った。




