ミーキン
俺とコールドンは食堂で夕食のシェパーズパイを前に、リッジウェイが来るのを待っていた。 「遅い……」と眉を寄せてコールドンが呟く。
「委員会の仕事が長引いてるのかな?」
「六時にって言ったのに……」
「待たせてごめん!」 食堂の入口に姿を見せたリッジウェイが、急ぎ足でやってくる。その後ろに、見慣れない精霊の姿があった。 グレーの長い髪を無造作に束ね、長身で、カッコイイという形容詞がぴったりだ。 「端正」や「綺麗」や「かわいい」に当てはまる生徒が多い中、彼だけは纏う雰囲気が違っていて、少し憧れる。
「コールポート、紹介するよ。研修先で一緒のアルフレッド・ミーキンだ」
「ミーキンさん、よろしくお願いします」
「よろしくね。コールドン、久しぶり」
コールドンが無表情で頷いた。 そして、ふたりがビュッフェカウンターに料理を取りに行くと、「兄さんだけかと思ったのに……」と呟いた。
「え?俺も邪魔だった?」
「君はいいけど……」
ホッとした反面、——家族水入らずの方がよかったかな、と少し反省する。シェパーズパイに目をやると、さっきまで立っていた湯気はもう消えていた。
四人でテーブルを囲む。 リッジウェイはアツアツのシェパーズパイを、コールドンの冷めたパイとさっと交換した。
「そんなことしなくていいよ、兄さん」 コールドンが口を尖らせる。
「俺は冷めてるのが好きだから」
「もう……」
ミーキンはその様子を目を細めて眺め、俺に言った。
「リッジウェイ、ずっと弟さんに会いたがってたんだよ。次の休みまで指折り数えてさ」
「あ、コールドンも同じでした。帰ってくると聞いて、風邪も治っちゃうくらい楽しみにしてて」
「あはは、そうだったんだ」
「風邪、引いたのか?」 リッジウェイが顔を曇らせた。
「うん。でも、コールポートの献身的な看病のおかげで、すぐに良くなったよ」
「コールポート、本当にありがとう!」 リッジウェイが真剣な眼差しで俺の手を握って言った。
「いや……俺、たいしたことしていませんから」
「冷めちゃうし、そろそろ食べようか」 ミーキンが軽く促し、俺たちは食事を始めた。パイの中はまだ温かく、ほくほくしたポテトがひき肉のうまみと絡み合っている。——後でもう一つもらってこよう。
「研修先って、東京でしたっけ?」
「そう。ティールームを始めたんだよ」
「割とすぐ軌道に乗ってね。リッジウェイ人気に支えられてるって感じかな?」
「ミーキン、からかわないでくれ……」
「兄さんのお菓子、美味しいから、きっと人気出るよ」
「そうか? ありがとな」
「でも……どうやったら人間になれるんですか?」
場が静かになる。リッジウェイが一呼吸おいて答えた。
「人化魔法が使える精霊はわずかだから、一般的には魔法薬を使うよ。一定の時間しか効かないから、使い続けないといけないけどね」
「コーリー先生クラスじゃないと無理かな」
「そうなんですね。でも、なんでティールーム始めたんですか?」
リッジウェイとミーキンは手を止め、顔を見合わせた。 少し気まずい空気が流れ、ミーキンが困ったように笑う。
「俺から話す?」
「俺から話すよ」
リッジウェイが口を開いた。
「ある日、俺は校長室に呼ばれた」
―――午後の穏やかな時間。
俺は、青と白のティーセットが並ぶテーブルを挟んで、校長と向かい合って座っていた。
校長は俺の書いた研修レポートに目を通し、満足そうに頷く。
「リッジウェイ。今回のレポートは実によく書けておったぞ」
「ありがとうございます。東京での日々は発見の連続でした。人々の英国文化への関心の高さを、肌で感じることができました」
「そうであったか……」
そこで、校長がふと表情を曇らせる。
「……ところで、ミーキンの噂は聞かなかったか?」
「ミーキン、ですか? 食器の店を任されていると聞きましたが……立ち寄る時間もなく、詳しいことは何も」
「ふむ、そうか。実はな、ミーキンが店を担当するようになってから、売り上げが〝異常なほど〟上がっておってな」
「本人の努力の結果ではなく、ということですか?」
問い返すと、校長の顔がさらに沈んだ。
「帰ってきて早々で悪いが……覆面調査に行ってもらいたい」
「……分かりました」
翌日、俺は指定されたビルの前に来た。髪を短くし、眼鏡をかけて。
エレベーターで四階へ上がり、扉を抜けると、白を基調とした明るい空間が広がっていた。店内はさほど広くないが、常に女性客が出入りしていて、かなり混み合っている。
——すごい人気だ。
入口では女性店員が整理券を配っており、それを受け取った客たちは、店内を回りながらティーカップを眺めて時間を潰していた。奥の部屋へ通されるのは、番号を呼ばれた客だけらしい。
——あの奥の部屋に、ミーキンがいるんだな。
15分おきに、包みを抱えて笑顔で部屋から出てくる女性たち。その表情は、商品以上の〝何か〟を受け取ったような幸福感に満ちている。
——何か買っているのは確かだ。
と、店員に声をかけられた。
「お客様、整理券はお持ちですか?」
「あ、まだもらっていません」
「申し訳ございません、本日分の整理券は終了いたしました。また明日、お並びいただければと……」
「え!?そうなんですか……分かりました、また来ます」
——いきなり接触するのはやめて、まずは彼を〝外〟から監視しよう。
お昼過ぎ。
ミーキンはようやく店の外に姿を現した。カジュアルなモノトーンの服装で、柔らかな笑みを浮かべている。傍らには若い女性客が一人。ふたりは並んでランチへ向かっていった。
一時間ほどで、ミーキンは一人で店に戻ってくる。
閉店後、今度は別の女性と合流し、ディナーへ出かけた。食事を終えて女性と別れると、ミーキンはそのままカジノバーの入口で姿を消す。
——堕落した生活を送っているようだな。
彼女たちの表情から察するに、ミーキンに相当好意を持っているようだ。……彼が彼女たちを〝食い物〟にしていなければいいのだが……。




