初日の授業
「おはようございます」
鈴の音みたいな声がした。
重い瞼を開くと、白い石膏細工の天井。枕の上の頭を傾けると、水色の髪の少年がティートレイを持って立っていた。
「モーニングティーです」
「え?」
慌てて布団をどけ、上体を起こす。
「彼はシェリー。朝のお茶当番だよ」
向こうの机で、コールドンが当然のように答える。すでに着替えを済ませ、カップを口に運んでいる。
シェリーは小さく会釈して出ていった。
「下級生が交代で配るんだ。ローズ寮の伝統」
カップから立ち上る湯気の温かさに、ほっと息が漏れた。ミルクティーの甘い香り。口に含むと、じんわり身体が目を覚ましていく。このシンプルな白いカップも、誰かが作ったものなのか。
「――ポーセリン学園」
昨日まで知らなかった場所。ここが俺の居場所だという実感は、まだ湧かない。
「君の寝癖」
コールドンがふっと笑った。
「え?」
「前髪の片方だけいつもハネるの」
頭に手をやると、確かに触覚のようなものがぴょこんと立っている。
「うわ!」
「昔の君は、火と風の力をドライヤーみたいに使って、器用に直してたけど……」
「さすがに火はやめとく」
「あはは。ピン貸すから、今夜から使ったら」
空になったカップを置いて、ベッドを降りる。クローゼットの中は、まだ数えるほどの服しかない。紺地にバットウィングの柄が、今のところいちばん自分らしい気がして、勢いをつけて羽織った。
鏡の中の自分と目が合う。
――昨日まで存在すら知らなかった学校に、今日から通う。
「初日だね。頑張って」
洗面台に向かう足音に混じって、呟きが聞こえた。
それだけで胸のあたりが軽くなった。
*
教室棟への渡り廊下は、朝の霧でまだ白くぼやけていた。
「今日って何の授業?」
「午前は英国陶磁器の歴史。自分たちのことを知らないと、人々に伝えられないからね」
「俺、一から勉強しないとな」
「……みんなもそうだよ」
一瞬、間があった気がした。
教室のドアを開けた瞬間、視線が集中する。
「あ、火事の人だ」
誰かがぽつりと言った。コールドンが苦笑する。
俺は周りを見ないことにして、空いてる長机に並んで座った。教科書をめくるが、知らない単語ばかりで頭に入ってこない。
「単語帳作ったら?僕も手伝うよ」
「頼む!」
予鈴が鳴った。駆け込んできた生徒の一人が、俺を見て声を上げる。
「コールポートさん!!」
オレンジ色の髪の少年が頬を上気させて駆け寄ってくる。
「またご一緒できて嬉しいです!」
「え?また、って?」
どこで、どんな繋がりで――
答えを聞く前に、教室後方から声が飛んだ。
「おい、ここに来ることは喜べることじゃないだろう」
「あ!そんなつもりじゃ……!」
あちこちで笑い声がした。タスカンが慌てて何か言いかけた隙に、始業のチャイムが鳴った。
*
授業が始まると、生徒が順番に教科書を読み上げ始めた。聞いているうちに、肩の力が抜けていく。眠気がじわじわ押し寄せて、閉じそうになる目をこじ開ける。
机の上に、小さく折り畳まれたメモが横から飛んできた。振り向くと、コールドンが目配せをする。メモを開くと綺麗な字。
『最後に確認テストがあるよ』
一発で眠気が飛んだ。
「では、グループに分かれて、日本が英国の陶磁器に与えた影響についてディスカッションを始めてください」
椅子を引く音があちこちで鳴る。コールドンが椅子を向けると、さっきのタスカンと、朝のシェリーもいそいそと寄ってきた。
「「よろしくお願いします!」」
「よろしくね。僕から始めようか」
コールドンの手のひらが淡く光り――二枚の皿が、空中に浮かびあがった。青と白、同じ色調なのに雰囲気が全く違う。
「リッジウェイの初期の作品と、半世紀以上後のもの」
「後の方は、日本とイギリスのいいとこ取りみたいですね」
タスカンが呟くと、シェリーが頷いた。
「大きな余白と写実的な鳥と植物の組み合わせが、洗練された印象です」
「日本の美意識をイギリス独自のものに昇華させたジャポニズムの典型だよ。……コールポート、大丈夫?」
「半分くらい」
苦笑と共に、皿は空気に溶けて消えた。
「そういえば、コールポートも日本風の作品をたくさん作ってたよ」
「え、そうなの?」
「竹と雀とか」
「知ってます!金地に青い絵の――」
自分でも見てみたくなって、真似するように手のひらを上に向ける。
「待った」
コールドンの手が上から被さった。
「何かあるといけないから」
その声が、思ったより硬かった。
「……だよな」
手を引っ込めると、コールドンは何かを言いかけて、やめた。




