レベルチェックテスト
中庭を抜け、教室棟に向かう。
見上げると、円錐形の煉瓦の塊がもくもくと黒い煙を吐いていた。
「あれって、何?」
「ボトルオーブン。陶磁器を焼く窯だよ」
「あ、そうなんだ」
「こちらの教室にしましょう」
西日が差し込む誰もいない教室は、長く伸びた机の影が床を横切っていた。先生は眩しそうに、教室の前の方のカーテンを閉めた。
「これでよし、と。では、コールポート、早速ですが、陶磁器の作り方は覚えていますか?」
「えっと……土を水でこねて形にして、乾かしてから焼きます」
「そうですね。我々は、自然界の四つのエレメント、火、水、風、土をコントロールできます。では、これから簡単な実技確認をしましょう。コールドン、お手本を」
「はい」
コールドンが窓へ手を向ける。
白い閃光。
ばさばさっ、とカーテンが大きく揺れた。
「すご!」
「風のエレメントだよ」
コールドンは少し照れ臭そうだった。
「はい、君の番」
「えっ、俺?」
恐る恐る、手に力を込める。
じわり、と掌が青白く光る。
カーテンがかすかに――本当にかすかに―――揺れた。
「……しょぼい」
「最初はそんなものですよ」
先生の穏やかな声。
(……火ならどうかな……)
両手に力を込める。赤い光が点る。顔に熱が伝ってくる。
(……さっき見たボトルオーブン。あの中の火の感覚は……確か……)
―――ゴオオオオ—――
(……これだ!)
赤い閃光が弾けた。
「え……?」
最初は小さな火だった。
けれど次の瞬間、空気を吸い込んだ炎が一気に膨れ上がる。
「待っ――!」
コールドンの声が途中でかき消える。
俺の両手から火柱が天井に向かって噴き出した。
「うわあっ!!」
「コールポート、落ち着いて、力を止めなさい!」
「と、止まらない!」
火は竜のように部屋を駆け巡り、カーテンに燃え移る。
震える両手を、先生が後ろから強く包み込む。
「深呼吸です。力を抜きなさい!」
赤い光がふっと弱まった。
「…あ」
「み、水!」
コールドンが前に出る。
「僕がやる!」
青い閃光。
どっと水の柱が吹き出し、カーテンがじゅうう~……と音を立てた。
数分後。
教室は水浸しだった。
焦げたカーテン。濡れた床。煤だらけの机。
床に座り込んだまま動けない。
「ごめんなさい……」
「ふふ」
笑ったのは、コールドンだった。
「何笑ってんだよ……」
「だって、入学初日から教室燃やす人初めて見た」
「笑い事じゃないだろ……!」
「でも、これから退屈しなさそう」
ニューホール先生も小さく笑った。
「それにしても……すごい炎でしたね」
「俺、火の中に一瞬、竜の姿を見た気がしました」
「あ」コールドンが顔を上げる。「僕も見た」
「……ブロズリー・ドラゴン」
先生が、静かに呟いた。
「え?」
「あれは、おそらくコールポートの作品に描かれた竜です」
先生の目が、少し遠くなる。
「君は火と召喚魔法を、同時に使ったのではないでしょうか。」
「召喚魔法?」
「作品に描かれた存在に、一時的に命を与える高度魔法です」
「じゃあ、もしかして……」
コールドンが、思い出したように口を開いた。
「君が乗ってきた馬も……」
「あ」
「そうだと思います」
「……でも、どうやったんだろう」
「焦ることはありません。今の君は――いわば、まっさらな白磁の状態です。ここで新しい色を重ねていきましょう」
俺は静かに頷いた。
「それから、中断してしまいましたが」
先生の声が、少し柔らかくなった。
「窯にとって、エレメント以上に大切なものがあります。それは、何だと思いますか?」
「えっと……それは――『人の力』だと思います。俺、たくさんの人といた記憶は残ってました。作る人と使う人、どちらが欠けてもダメなんだと思います」
先生は目を細めた。
「人の力が窯を繋いできたという、一番大切なことは覚えていましたね。」
「君なら、きっと大丈夫だよ」
コールドンは隣で小さく笑った。
*
自室に戻った俺は、引き出しやクローゼットの中の物を片っ端から引っ張り出してみた。睨めっこしてるうちに、何か思い出せないだろうか。
ひとつひとつ手に取ってみる。が、どれも不発だ。
「はぁー……」
思わずため息が漏れる。
机に向かっていたコールドンがノートをパタンと閉じて、こちらに向き直る。
(あ、もしかして俺のせいで宿題捗らない?)
「ごめん、うるさかった?」
「ううん、大丈夫。少し早いけど、ご飯行く?」
「行く!」
「じゃあ兄さんを呼びに行こう」
廊下を出てすぐ、リッジウェイの部屋がある。コールドンがノックして「僕だよ、ご飯行こう」と声をかけると、「今行くから待ってて」と返ってきた。
「リッジウェイさんとも、俺は知り合いだったんだよな。どんな関係だった?」
「うーん……買収前は良きライバルって感じだったけど、その後は普通に仲良かったよ」
「そっか」
少しホッとした。ドアが開いた。
「お待たせ。あ、コールポート、君も行く?」
「はい。ご一緒させてください」
「もちろん。遠慮しないで」
食堂に入ると、濃厚なシチューの香りがした。テーブルに着いている生徒はまばらで、ビュッフェの容器にはまだ料理がたっぷり残っていた。パンのカゴには、丸く平べったいパンが山のように積まれていた。
「あ、オーツケーキ!」
コールドンの声が跳ねた。
「オーツケーキ?」
「オーツ麦でできたパンケーキだよ」
リッジウェイが続ける。
「僕らの故郷の名物。あまり甘くなくて、ベーコンなんかを挟んで食べるんだ。ハチミツをかけたらデザート代わりにもなるよ」
「へー、俺も食べてみよう」
皿に料理を盛り、テーブルに着く。俺の皿だけ大盛りだ。スプーンでシチューを掬うと、ふたりが食前のお祈りをし始めて、慌ててスプーンを置いた。見よう見まねで手を合わせる。
「さあ、食べよう」
「ボウ先生のビーフシチューも美味しいよ」
「え、これ先生が作ったの?!」
「レシピはね。作るのは自動調理器だよ。ボウ先生はお肉料理が得意で、ローストビーフなんかも火加減ばっちり」
「へー……うん、美味しい。オーツケーキも?」
「それは校長先生の秘伝のレシピだって聞いたよ」
「ふーん……」
オーツケーキを一口かじると、ほんのり甘かった。
「俺……この味、知ってる。なんかすごく懐かしい」
「本当?何か思い出しそう?」
「わかんないけど……」
――何か込み上げてくるものがある。
「やっぱり、わかんないな……」
ふたりが心配そうな顔で見ている。
「……そういえば」
リッジウェイが微笑んで言った。
「君は昔からこれが大好物だって言っていたよ」
「そうなんですね」
「俺たちもだと言ったら、一度に何枚食べられるかって競争になった」
「え?!」
「そうそう。君は負けず嫌いで。すごいベースでさ。僕は途中でギブアップして、兄さんと一騎打ち」
「結局君が勝ったんだよね。みんなして、その後具合が悪くなったけど」
つられて思わず笑ってしまった。
こんな時間もあったんだ。少しだけ、昔に戻れた気がした。




