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談話室

挿絵(By みてみん)

 「ここが談話室だよ」


 厚い木の扉の向こうから、楽し気な笑い声が聞こえてきた。

 コールドンが真鍮製のドアノブを回した。


「委員会のメンバーが集まる時間だから、僕の兄さんもいる」


 赤々と燃える暖炉。深緑のベルベッドのソファ。華やかなティーセット。

 思ったよりも温かみのある空間だった。

 ――でも。

 そこにいた生徒たちは、どこか“普通”ではなかった。

 全員が、彫刻のように綺麗すぎる。

 コールドンに続いて一歩踏み入れた瞬間、室内のすべての視線が俺に集まった。


「……コールポート?」

「まさか」「本当に?」


 さざ波のようなざわめき。コールドンは周囲の反応をいなすように、落ち着いた口調で言った。


「僕らの寮の新しい仲間。今日入学したんだ」


 射貫くような視線がいくつも刺さる。過去を知る者たちの、値踏みするような目。


 ――居心地悪い。


「コールポートです。……記憶をなくしてて、分からないことだらけなんですが、よろしくお願いします」


 部屋がしんと静まり返る。

 その沈黙を破ったのは、暖炉の前に座っている青年だった。

 暖炉の火に照らされて輝く長い金髪が、群青色の服の上で波打つ。面差しは麗しく、白く長い指先まで優雅な空気をまとっている。


「それは残念だな」


 ゆっくりと、流れるように脚を組み替えた。


「やっと面白い奴が入って来たと思ったのに」

「え?」

「昔のお前は、もっと生意気だった」


 声音にどこか楽しなげな響きがあり、嫌な感じがしない。


「私はダニエル。H&Rダニエル窯の精霊だ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 ダニエルが唇の端を上げた。


「まあ、なくした記憶は、そのうち取り戻すだろう」


「……無理じゃないか?」


 低く硬い声が、会話を断ち切るように割り込んだ。

 ダニエルの斜向かいに座る青年が、本から視線を上げる。

 切れ長の目。艶やかな長い黒髪。男なのに、冷たい美人という言葉がこれ以上なく似合う。


「何周遅れのスタートだと思っている」


 淡々とした、感情を殺したような冷たい声。


「今更記憶を失ってるようでは、ライバルにもならない」

「ダヴェンポートさん」


 コールドンが苦笑する。


「もう少し、優しくしてあげてくださいよ」

「事実を言っただけだ」


 ダヴェンポートは、それだけ言って視線を本に戻した。

 気まずい沈黙が落ちる。

 すると、その空気を溶かすように、別の青年がソファから立ち上がった。

 肩に流れる栗色の髪。包み込むような穏やかな笑顔。


「ごめんね。彼はあれが通常運転だから気にしなくていいよ」


 彼は優しく笑った。


「俺はリッジウェイ。コールドンの兄で、ローズ寮の委員長を任されているんだ」

「委員長、ですか?」

「簡単に言えば、個性的な面々をまとめる雑用係かな。困ったことがあったらいつでも言ってくれ」

「そうやって、いつも大量の仕事を抱え込んで。兄さんはお人好しすぎるんだ」


 コールドンが肩をすくめる。


「そういうお前も、俺から見れば十分お人好しだよ」

「僕は普通」

「普通なら、新入生の世話係なんて引き受けない」


 コールドンが吹き出した。

 つられるように、談話室のあちこちで小さな笑い声が漏れた。

 張り詰めていた空気が、春の陽だまりのように柔らかくなった。


*


「じゃあ次、食堂に行こうか」


 談話室を出たあと、コールドンが言った。


「まだ案内するの?」

「だって君、絶対迷うでしょ」

「それは……まあ……」


 否定できない。

 食堂は、一階の奥にあった。

 大きな窓から差し込む光が、ずらりと並んだ長いテーブルを明るく照らし出している。湯気を立てるビュッフェカウンターからは、シチューの香りが漂っていた。


「うわ……いい匂い」

「今日の夕飯、当たりだね」


 コールドンが嬉しそうに言う。


「夕飯って何時から?」

「特に決まってないよ。みんな好きな時間に来る」

「へえ。もっと全員で食べるのかと思ってた」

「そういう日もあるけど……基本、自由かな」

「コールドンは?」

「僕は兄さんと食べることが多い」


 少しだけ表情が柔らかくなる。


「兄さんが忙しい時は?」

「ひとり」

「寂しくない?」

「……別に普通だよ」


 でも、少しだけ間があった。


「じゃあ、今日から一緒に食べようぜ」

「え?」

「ひとりより楽しいだろ」


 コールドンはぱちぱちと瞬きをした。

 それから、少し困ったように笑う。


「……君のそういうとこ、変わってないね」

「どんなとこ?」

「社交的で、距離近いとこ」

「嫌だった?」

「ううん」


 その時、「ここにいたのですね」と後ろから声がした。

 振り向くと、ニューホール先生が立っていた。


「明日からの授業に向けて、少し確認したいことがあります」


 先生は静かに微笑んだ。

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