兄弟
コールドンは自室のベッドに大の字になって、天井を睨みつけていた。
本を取り出す。少し読む。また置く。
取り出す。少し読む。また置く。
そして、深いため息。
(やれやれ、めんどくさいことになってるな。)
宿題をしていた俺は、この重苦しい空気をどうにかしたくて口を開いた。
「なあ、コールドン」
「何」
不機嫌MAXの声。
「言いたいことあるなら言えよ」
「……君には関係ない話だけど……」コールドンは天井から目を離さずに言った。「聞く気ある?」
「お前がずっと悩んでるの横で見てるよりはいい」
むくっ、とコールドンが起き上がってベッドの上に体育座りをした。
「……兄さんのことなんだけど」
やっぱりそれか。
「せっかく帰ってきたのに委員の仕事にかかりっきりで、全然二人きりの時間を作ってくれないんだ。明日にはもう行っちゃうのにさ」
深刻な顔のコールドン。兄のこととなると、いつものクールな仮面はすぽっと外れてしまう。
俺は笑いそうになるのを必死で堪えた。
「だからってお前のことを忘れたわけじゃないだろ?夕飯は一緒だろ?」
「それはそうだけど」
「じゃあいいじゃん」
「良くない。嫌だ」
もう無理。
「ヤキモチ焼きすぎだろ!!」
「……笑わないでよ」
ムスっとしながら顔を真っ赤にするコールドン。
……こんなに懐いてくれたらかわいいよな。
「コールドンってさ、リッジウェイさんにベッタリだけど、ケンカとかしたことないの?」
「喧嘩なんて……ほとんどないよ」コールドンは少し考えてから答えた。「あったとしても僕のわがままが原因で、兄さんに落ち度はない」
「へー。自分でよくわかってんじゃん」
「……」
「今回のも、そうだろ?」
「う……」
コールドンは気恥ずかしそうに目を逸らした。
「俺、兄弟いないからわかんないけど。でも特別なんだろうな、そういうの」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
——本当に、いないのか?
どこかで聞いたことのある名前が、靄の向こうから浮かび上がろうとしている。
「あれ?トーマス・ローズは?」
コールドンが首を傾げた。
「コールポートの村にもう一つあった窯だよ。君の窯の創業者ジョン・ローズの弟が建てた窯」
「……トーマス・ローズ」
頭の中でその名前が響く。
古い工場の景色が、煙の向こうから滲み出てくる。煉瓦。炎。雪。そして——
ああ、そうか。俺、忘れてた。
―――――――――――
〈18世紀末―――コールポート、ジョン・ローズ窯〉
「コーリー先生!!大変です!!」
俺は第二工場に駆け込むなり、コーリー先生に飛びついた。長い銀髪の美しい青年の姿をした精霊で、俺が一番信頼してる人。
「何ごとだ?」
「ローズさんの弟が!資本家と協力して!ここから目と鼻の先に窯を建てるって!!」
「トーマスのことか」
コーリー先生はのんびりと頷いた。
「兄と同じく昔コーリー窯で修行しておったわ。才能豊かで独立心旺盛なところは、よく似ておるの」
「感心してる場合じゃないですよ!ライバルですよ!!」
「うむ。わしらも、うかうかしておれんの」
そう言いながらどこか呑気な先生。困ったように笑いながら俺の頭をぽんぽん撫でてくる。
もどかしい!!!!
1800年、トーマス・ローズ窯が完成した。運河に近くて立地も最高な、煉瓦造りの真新しい工場だ。
窯ができて数日後、俺は単身、敵地へ乗り込むことにした。
建物の中は、忙しく働く職人でごった返していて、その喧騒の真ん中に——俺より少しだけ小さな精霊の姿があった。
職人の手元を見つめる真剣な眼差し。薄茶色の髪と青い瞳。目鼻立ちが、どことなく俺と似ている。
なんか…似てるな。
そいつはこちらに気づくと、キッと睨んできた。
「ジョン・ローズの所の精霊?」
名乗るより先に質問してくる。
「何か用?」
明らかに勝気な奴だ。生意気。
「トーマスはローズさんの弟だろ。少しは礼儀とか、遠慮ってもんがないのか」
「何で?」
そいつはきょとんとした顔をした。
「この土地が商売に有利だから選んだだけだけど」
「兄弟なんだから、協力するとか、商売敵にならない方法もあったんじゃないの?」
「資本家が違うんだし、見当違いじゃない?」
「何だよ、それ!」
腹が立ってきた。年下だからって容赦するもんか。
「そっちがその気なら、覚悟しとけ!」
「その言葉、そのままお返しするよ」
イライラが爆発寸前で、俺はその場を後にした。
そのままの勢いで第二工場へ向かう。
「コーリー先生!!あいつ超ムカつくやつでした!売られた喧嘩は買うことにしました!!」
コーリー先生はぷっと吹き出した。
「ローズ同士の喧嘩か……薔薇戦争だな」
「こんな時に洒落とか言ってないで!!」
どれだけ愚痴っても、先生は相変わらず困ったように笑うだけだった。
トーマスの製品が市場に出回り始めると、俺の窯は研究目的で一式買い込んだ。
デザインはうちのと似てる。品質はまだ少し劣るけど、時間の問題か。
でも、うちはコーリー窯と合併して、優秀な職人も、長い付き合いの顧客も取り込めた。知名度だって上がってきてるから―――まあ脅威にはならないはず。
そう思っていたら。
トーマスは次から次へと新しいデザインを投入してきた。
え?もう新作?早くない?
顧客たちが興味を持ち始めた。
俺はまた敵地に足を踏み入れた。
トーマスの工場のデザイン室では、何人ものデザイナーが新作のラフを描いていた。
…予想以上にいいデザインだ。
特にこの、日本風のドラゴンなんか。
感心して眺めていると、背後に気配。
「また来たの?」
あいつだった。
見られたくなかったけど、俺は開き直った。
「偵察だ」
「ふーん…で、何が知りたいの?」
上から目線。でも気にしない。
「新作のペースが早いから気になって」
「流行をいち早く取り入れて、客を飽きさせないようにしてんだよ」
あいつはあっさりと言った。
「新参者でブランド力がないから、そっちと違って定番品にあぐらかいてられないの」
……ちゃんと戦略立ててやってんだ。
「うちのもコピーしてたよな?」
「そっちだって最近うちの真似してるくせに。お互い様だろ?」
「……うちの熟練職人引き抜くのやめろよ」
「そっちもうちの職人引き抜いてたし。あと、スパイ送り込むのやめてくれない?」
短い沈黙。
「帰る!」
「あー、帰れ!」
俺はイライラと焦りを丸ごと抱えて帰った。
「コーリー先生!聞いてくださいよ!」
工場でまた捕まえて、洗いざらい話す。先生は頷きながら、時々感心したような素振りを見せる。
「感心してる場合じゃないですよ!!」
「うむ。しかし、ひとりでよく頑張っておるのう」
「うぐ……」
いつも先生に甘えている俺には耳の痛い話だ。
「実はな」先生は少し間を置いて言った。「トーマスの窯ができてすぐ、あの子はわしの所に挨拶に来たんじゃよ」
「……え?」
「トーマスがコーリー窯で世話になったと礼を述べて、商売敵という立場になってしまうが理解してほしい、と言っておった。それから……わしと一緒にいるお前が羨ましいとも言っておったぞ」
「………そうだったんですか……って、そういうことはもっと早く言ってくださいよ!」
「お前には言わないでくれと頼まれていたからの」
「そんな……」
―――なんだか腹を立てていたことが、ちょっと申し訳なくなった。
あいつ、立場が違ってたら、仲良くなってたのかもしれないな。




