コーリー先生との日々
視界がぼんやりと白んだかと思うと、また新しい景色が広がっていた。
昔の俺は、ふたつのティーボウルを手に取り、じーっと見比べていた。
片方は、さっき俺がお茶を飲むのに使ったティーボウルだ。
「おお、完成したのだな」
コーリー先生が微笑みかける。
「それは、そうなんですけど……」
「どうした?浮かない顔して」
昔の俺はため息をついて、器をテーブルに置き、腕を組んだ。
「先生のと見比べたら、明らかにうちのが劣るってわかるじゃないですか。絵は本来あるべき所から上にズレてるし、縁取りの柄も真っ直ぐじゃないし」
「ふむ、確かに。うちの方が丁寧に作られておる」
「これ、買ってもらえるのかな……安くしないと売れないですよね」
「うーん……そうかもしれんな。他にはどんなのを作っておるのだ?」
「カラフルなものは、ウースター窯の作品を見本に作ってます。こっちも本家には劣りますけど……」
「最近は多色使いの磁器が流行っているようだな。特に日本の金襴手を真似した色鮮やかな作風が人気を集めていると聞く。だが、わしはやはり、青と白の磁器にこだわりたくてな……」
「俺、先生の青と白の磁器、品があってあたたかみがあって大好きです!ずっと作り続けてほしいです!」
「そうか、それは嬉しいのう」
先生は目を細めて、手の中の器をそっと撫でた。
―――記憶の霧が辺りを覆い、ほどなく晴れた。また別の景色だ。
昔の俺は新聞を握り締めて、コーリー先生の元へ飛んで行く。
「コーリー先生!聞いてください!皇太子殿下ご夫妻がうちの工場をご覧になって、商品をいくつかお土産に買っていかれたんです!新聞にも載ったんです!」
「そのようだな。皆が噂しておった。おかしいのお~〜なぜわしの所には来なかったのだ?」
――先生のおどけた調子に、思わずクスッと笑ってしまう。
「もしお土産を気に入ってくれたら、御用達も夢じゃないですよね?!そうなったらすごいな!」
先生は笑いながら新聞を広げた。1796年8月24日付のシュロップシャー・ジャーナルのようだ。
「どれどれ…」
だが、しばらく読み進めると、先生の目は点になった。
「コールポート、ここ…」
「えっ?」
俺の目も点になった。
「あ。コールパークの窯って書いてある…」
「記者が間違えたのだな…」
「あぁ~!せっかく新聞に載ったのにー!なんでだーくそー!」
悔しさで頭を掻きむしる昔の俺の横で、先生は腹を抱えて笑い転げた。
俺も思わず笑ってしまった。
―――それからどれくらい経っただろう。記憶の霧が晴れると、また別の景色が広がっていた。
コーリー先生の工場だ。
資材を運ぶ職人たちの声が、風に乗って聞こえてくる。
「うちの窯をローズが買収するそうだ」
「ターナーさんの病気はそんなに悪いのか?」
「いや、ローズに客を持っていかれたからだろ?」
「あっちの奴ら、夜中にここに忍び込んで、型なんかを盗んでったって噂だ」
「とんでもねぇな」
「金も盗んだって聞いたぞ」
職人たちの声が遠のいていく。昔の俺の足が、ぴたりと止まった。肩が小刻みに震えているのが、遠目にもわかった。
(嘘だ……。なにも盗んでなんかいない。ましてや、コーリー窯を潰そうとなんか……でも……)
頭の中に、あの日の声がよぎる。
「青と白の器は、コーリー先生をお手本にします!」
(俺がしてきたことは、そういうことなのか?)
今の俺には、その時の昔の俺が何を考えていたか、痛いほどわかった。
コーリー先生が昔の俺の背中を見つけ、いつもの穏やかな笑顔で声をかける。振り向いた俺の表情が硬いのに気付き、先生は首をかしげた。
「ん?どうした?」
次の瞬間、笑顔を映した目から、一気に涙が溢れ出た。
見ているこっちまで、胸が痛くなった。
「な、何があった?!とにかく、落ち着いて話してみよ」
ふたりは庭のベンチに腰を下ろした。昔の俺は、さっき見聞きしたことをぽつりぽつりと話した。話し終えると、先生は優しい眼差しで頷き、頭をポンポンと撫でた。
「噂はただの噂。気にすることはない。売り上げが落ちたのは、こちらに原因がある。納期が遅れているとクレームが出ておったしな。それに、ターナーさんの病気のことが一番の理由なのだよ」
「先生を手本にと思って頑張ってきたけど……俺、商売敵って立場だったんだって。そう気付いたら……申し訳なくて……悲しくて……」
俯いてぎゅっと閉じた目から、また涙が流れ落ちていた。俺は声をかけることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。
「そうだのう……わしも気付かずに、最強のライバルを育て上げたのかもしれん」
先生は、寂しさと安堵の入り混じった表情で言った。
「売却先がローズで良かったとターナーさんが言っておった。ここは第二工場となり、職人達は今まで通り働けるそうだ」
先生は柔らかく微笑んでから、ベンチを離れようとした。
俺は先生の着物の袖をぎゅっと掴んだ。
「先生もずっといてくださいね」
「わしもこのままでは終われないからの。ふたりで、シュロップシャーの陶磁器を、英国一と言わしめるまでに盛り立てようぞ」
その笑顔を見て、俺はようやく息をついた。俺はずっとこの人に救われてきたんだ。
*
気が付くと、俺は校長室のソファに座っていた。
掛け軸、壺、香炉。さっきまでと同じ景色が、静かにそこにあった。夢から覚めたような、それでいて夢よりもずっとくっきりとした感覚が、胸の奥にじんと残っている。目の奥がまだ少し熱かった。
俺の肩に頭を預けていたコールドンも、「ん」と小さく声を漏らして、ゆっくりと目を開けた。起き抜けのぼんやりとした目が、俺の顔を捉える。
「あ、大きいコールポートだ」
「おっ……小さい頃の俺、見た?」
「うん。仲良くコーリー先生とお茶してた」
同じカップなのに、見せてくれたものが違う。それがなんだかおかしくて、少しだけ笑えた。
「ふたりとも、昔を見て来れたようだな」
顔を上げると、コーリー先生がそこにいた。その笑顔は、あの頃と何も変わっていなかった。




