コーリーとコールポート
俺とコールドンは校長室に招かれた。東洋風の家具に、掛け軸、壺、香炉――。漂ってくる不思議な香りが、どこか遠い場所を思わせる。室内はしんと静まり返っていて、時間の流れ方まで違うような気がした。
「そこに座りなさい。中国緑茶が良いかな?」
差し出された茶碗は、青と白の中国風の建物の柄だった。きれいだな、と思いながら手を伸ばした瞬間――
「あちっ」
思わず手を引っこめる。指先がじんと痺れていた。
「熱いから、気をつけなさい。ソーサーにお茶を移して飲んでも良いぞ」
言われた通り、ぎこちない手つきでカップから深めのソーサーへお茶を移す。おそるおそる口をつけると、草のような、少し青い香りがした。
「お茶の習慣が始まった頃は、こんな風に飲む人もいたんだ」
コールドンが説明してくれる。
「これはティーボウルって言って、カップにハンドルが付いていなかったから、熱くて持てなくてね」
「ふーん……ヘンな飲み方だな」
「田舎の方では、少し前までそうやって飲んでいるお年寄りもいたそうだよ」
「えっ、マジで?」
思わず声が上がる。コーリー先生はそんな俺たちのやり取りを、口元をほころばせながら眺めていた。
「あの、コーリー先生」
俺は頃合いを見て本題を切り出した。
「俺と先生が出会った時のことや、どんな風に過ごしていたのかを知りたいです」
「ふむ……そうか」
先生は少し遠い目をしてから、おもむろに戸棚を開けた。取り出したのは、見覚えのある不思議な形の薬瓶だった。
「これは、お茶に入れて飲むと、そのカップが持つ記憶を見せてくれるシロップでな」
「あ!購買部で見ました!すごく高いやつ」
「僕も使ったことはありません」
「今回だけ、ふたりに特別に使わせてあげよう。このカップが作られた頃、コールドンはまだ生まれていなかったが、コールポートにとっては、失われた記憶を呼び覚ますきっかけになるかもしれん。」
先生は俺とコールドンのソーサーの中に一滴ずつシロップを垂らした。琥珀色の雫が、お茶の中にゆっくりと溶けていく。コールドンは一瞬ためらうように視線を落とし、目を閉じて思い切って飲み干した。すると、すぐにコテンと眠ってしまった。俺も覚悟を決めて、一気に飲み干す。
―――目の前に、川霧の向こうの工場が浮かんできた。
気が付くと、俺は真新しい工場の建物の外にいた。ボトルオーブンの前で、黒髪の少年の姿をした精霊が両手を突き出し、火加減をコントロールしようと悪戦苦闘している。今より少し若いコーリー先生が俺の横を通り過ぎ、その子の背後から声をかけた。
「やあ、精霊どの」
少年は、びっくりして振り返った。その途端、窯の中でガシャン、という音が響いた。
「あっ!」
「おっ、邪魔したかな」
先生が重たそうな着物の袖を翻し、窯に向かってスッと片手を突き出す。光の筋が窯の中へ吸い込まれていった。
「今日のように風が強い日は、窯の火が強くなる。これでもう大丈夫」
少年は一瞬、感心したように目を見張った。けれどすぐに頬を赤らめ、ぶっきらぼうに口を開く。
「仕事中ですけど、何かご用ですか?」
「申し遅れたが、わしはコーリー窯の精霊だ。ここに来たのは、ターナーさんの弟子のローズが気になったからでな」
「えっ!」
彼は声を上げ、それからはっとしたように居住まいを正した。
「すみません、知らなかったとはいえ――」
「よいよい、こちらこそ、急にびっくりさせて悪かった。ところで、ローズは息災かな?」
「はい!ローズさんは人の何倍も働いています。毎日色々なことを考えて、実行して……。あの人は、すごい人です!」
「それは良かった。ターナーさんも気にしておったからな」
先生は微笑み、ゆっくりと工場を見渡した。
「まことに立派な窯だが、まだ技術が追いついていないと見える。お前のフォローが必要だな」
少年は小さく「うっ」と声を漏らし、困ったような表情を見せた。それでも意を決したように、おずおずと口を開く。
「あの……もし、ご迷惑でなければ……力の使い方を、教えてもらえませんか?」
先生はにこっと笑い、「もちろん」と答えた。
「ありがとうございます!これからは、コーリー先生と呼ばせてください!」
「では、わしは、お前のことをコールポートと呼ぶことにしよう」
――これが、俺とコーリー先生の出会いだったのか。
昔の俺はコーリー先生の姿をまじまじと見て言った。
「先生は、どうしてそんな変わった服を着ているんですか?」
「おお、これか?」
先生はにこっと笑うと、着物の袖を広げて、くるっと回ってみせた。
「おしゃれだろう。シノワズリというのだ」
「シノワズリ?」
「うむ、中国趣味という意味でな。世間ではインテリアや茶器もシノワズリが流行して、うちの窯ではもっぱら輸入品の写しを作っておるぞ。見に来るか?」
「えっ、行きたいです!」
先生は、すぐそこの川岸に俺を連れて行った。
「向こうの橋を歩くのは遠回りだからな。風の力を利用して川を飛んで渡るとしよう」
着物の裾がふわりと浮き上がり、先生は俺の背の高さほど飛んでみせた。
「すごい!教えてください!」
「うむ、まず、足に力を込めてな…風を起こす感覚で」
「こうですか?」
周りの草が揺れる。
「なかなか筋が良いな。」
「あっ!浮いた!」
「見事じゃ!」
「うわわ…ふらふらする。」
「体幹を意識するのじゃ。」
「は、はい!」
何とかコツを掴んだ俺は、悠々と流れる川を覗き込んで青くなったが、思い切って飛んだ。だが、すぐにバランスを崩し、どぼーんと川に落ちた。
「俺、泳げな…ガボっ」
「つかまれ!」
俺は飛んでいる先生の手を掴もうとして、無我夢中で着物の裾を引っ張った。
「おお⁈」
バランスを崩した先生も、どぼーんと川に落ちてしまった。
「わしも泳ぎはっ…」
先生は手を伸ばして「フィッシャーマン!」と叫んだ。 青く光る花や草が伸びていく先に、青い小舟を操る東洋人の釣り人が現れた。釣り人は釣竿を振り、釣り針で俺の服をひっかけて小舟に引っ張り上げる。
「えええ?!」
「召喚魔法だ」
次は先生をひっかけて船に降ろし、小舟を岸へと進めた。 小舟は河原に乗り上げると、釣り人とともに霧になって消えた。 河原に座って俺は天を仰いだ。
「はあ〜助かった…」
「コールポート、ひどい姿だな」
「先生こそ」
濡れ鼠のふたりは顔を見合わせ、しばらく笑い転げていた。
それからふたりは歩いて先生の工場に向かった。野原には石炭を掘った穴が点々と見えた。煤のついた煉瓦の建物に入ると、壁に大きな時計がかかっていた。
「この時計、1759年って書いてある。先生の窯はどのくらい古いんですか?」
「1754年に陶器工場をガリモアさんが賃貸したのが始まりで、ターナーさんが共同経営者になったのは72年だ」
「そうか……先生は俺より40歳くらい年上なんですね。見た目、若いですね?」
「うーむ、わしらは年の取り方がゆっくりなのだろうな」
先生は俺を、完成品が置かれた部屋へ案内した。
「青と白の世界だ……」
棚にずらりと並べられた中国風の磁器。見たこともない不思議な景色は、遠い国にいるようだった。
「うちの窯は、中国製の磁器の写しだけでなく、いろいろなモチーフを組み合わせてオリジナルの柄も作っておるのだ」
先生は大事そうに、一枚の青と白の皿を差し出した。
「これは、ターナーさんが自らの手で彫った銅板から作った皿。柳の模様があるので、ウィローパターンと呼んでおる」
「ウィローパターン……」
「しだれ柳の木と、塔のような建物と、橋の上の人物がわかるかな?この者たちはここで何をしておるのか……いろいろな物語が想像できよう」
「はい。……俺もこんな素敵なのを作りたいな。青と白の器は、コーリー先生のをお手本にします!」
――あの日から、青と白は俺の憧れになったんだ。




