コーリー先生のウィロー
翌日、公演の熱気が嘘のように、学園には静かな朝が訪れていた。
俺とコールドンは珍しくゆっくり目覚めて、食堂で簡単な朝食を頬張る。
「ふあ〜……まだ眠い」
「昨日までの忙しさが嘘みたいだね」
「だな〜。こうやってのんびりできるのも、悪くないな」
「今日は何かする?」
トーストを齧りながら、コールドンが首を傾げる。
「んー……そうだな。コーリー先生の“元祖ウィロー”探しに行こうかな」
「じゃあ、僕も手伝うよ」
食器を片づけて、ふたりで並んで図書室へ向かった。
図書室の奥は、いつもより光が薄い。窓から差し込む朝の光が、ガラスケースの上でゆっくりと埃を透かしていた。ずらりと並ぶ古い陶磁器の一角に、コーリー窯のコーナーがある。
「……あ、これだ。最初期のウィローは橋の上に人がいないんだね」
「そして次の年代の皿には二人がいる。へぇ……時代とともに少しずつ変わってるんだ」
俺は皿をじっと見つめた。青い絵柄を目で追うたびに、胸の奥がじんわりと疼くような、懐かしさに似た感覚が湧き上がってくる。自分の窯のウィローを見たときとは、また違う種類の疼きだった。
「おはよう」
穏やかな声に振り向くと、コーリー校長だった。
「昨日は本当にご苦労様。どちらの劇も、素晴らしかったぞ」
「「ありがとうございます!」」
「ところで……ここで何をしているのかな?」
「先生のウィローを探しにきたんです」
「おお、そうだったか。ならば……もう一つ、君たちに見せたい宝物がある」
――宝物?
校長はゆっくりと棚を開け、一枚の皿を取り出した。白磁に深いコバルトブルーの模様が美しく映え、新品みたいに見える。
「これはコールポートが作った、わしにとって特別なウィロー。裏を見てごらん」
裏返された皿の底に「COALPORT」のバックスタンプ。その下に、小さく刻まれた文字があった。
『コーリー窯のトーマス・ターナーが彫刻したウィロー/1779年』
「……えっ……!」
喉の奥がひゅっと詰まった。
「復刻版……?」とコールドンが呟く。
「そう。コーリー窯の200周年を記念して、コールポートが作ってくれたのだ。わしは、これが嬉しくてな……」
「……そんなことがあったんだ……どうして俺の窯が……?」
校長は柔らかく微笑み、言葉を続けた。
「うむ。わしの窯のトーマス・ターナーの元で、コールポートの創設者ジョン・ローズは弟子として働いておったのだ」
「……えっ!?」
弟子。その言葉が、胸の奥にすとんと落ちてくる。
「ミントンもターナーの弟子だった。彼らは独立し、それぞれの窯でウィローを発展させ、他の窯がそれに追随した。そして、わしの窯が売りに出された時――ローズが買収したのだ」
「弟子が……師匠の窯を……?」
「うむ。ターナーさんが病気になったのでな。わしの窯の技術は引き継がれ、ローズの窯は飛躍的に成長した。ずっと、お前は、わしのかわいい弟子だったのだよ」
目の奥が急速に熱くなって、気づけば涙がぽたりと膝に落ちていた。
「コールポート……」
コールドンが肩にそっと手を置いてくれる。その温かさが、余計に涙腺を緩ませた。
「もっと……早く知っておきたかった……ウィローが俺と校長にとって、こんなに大切だったなんて……」
言葉にしながら、自分の中で何かがゆっくり繋がっていくのを感じた。あの教室で「物語が皿に詰まってる」と驚いた日から、ずっとこの瞬間に向かって歩いてきたような気がした。
校長はうんうんと頷き、愛おしそうに目を細めた。
「わしはな、弟子たちの活躍を見るのが何より嬉しい。自分の窯を蘇らせるより、この学園で君たちを育てることの方が大事だと思っておる。今回の劇で見せてくれた成長……実に誇らしい」
俺は涙を拭って、まっすぐ顔を上げた。
「……先生。俺、決めました」
「ほう?」
「俺、みんなの窯を――先生の窯も全部、まとめて復活させたいです! だって……みんな大事な仲間だから。誰も欠けてほしくない!」
「ぜ、全部!?」
コールドンが目を丸くする。でも、俺は本気だった。これ以上ないくらい、本気だった。
「きっとできる……いや、やるんだ!」
コールドンは呆気に取られている。
「そうか、そうか……!」
校長が嬉しそうに目を細めた。
「では……みんなが再興し、この学園の役割が終わるその日……を目指すのも、また良かろう」
「そうなったら夢みたいだな……」
「叶えるよ、絶対」
青いウィローの皿が、窓からの光を静かに返す。まるで、新しい未来を示すように。
その日、俺の胸に生まれた決意は、確かに“物語の次のページ”を開いたのだった。




