幕間 ダヴェンポート 下
ダヴェンポートは、男の子たちの後を追った。
広大な庭園の緑の芝を下っていくと、木漏れ日を映す小さな池があった。男の子たちはその水辺で、おもちゃの銃を掲げて遊んでいる。
的になっているのは——無造作に置かれた兵隊の人形と、あの繊細な子ども用ティーセットの皿だった。
「バーン!」
「下手くそ! 当たってねえぞ!」
放たれた弾が、カチャンと甲高い音を立てて皿の縁を掠めた。
「次は僕の番だ」
年長の少年が、狙いを定めて銃を構える。
「やめろ! そのティーセットが形になるまで、窯の人間がどれだけの汗を流したと思っている!」
いくら声を荒らげたところで、誰の耳にも届かない。精霊の怒りなど、人間の世界ではただの無音だ。
本来なら、精霊が人間に直接干渉するなどありえない。だが——。
ダヴェンポートは腹の底に灯った熱に任せ、右手を強く前へ突き出した。
目に見えぬ突風のような衝撃が少年たちの背を押し、彼らは勢いよく池へ飛び込んだ。
「うわっ!? なんだ!?」
「風!? いきなり凄い風が——!」
男の子たちは慌てて池から這い上がり、濡れネズミのようになって騒ぎ立てている。
ダヴェンポートは皿が無事であることを確かめると、もう振り返りもせず、スタスタとその場を去った。
(犬と子どもは、すぐに物を壊す——だから嫌いだ)
数日後。例の屋敷から、再び子ども用ティーセットの再注文が入った。
壊れた分の補填だろう。営業係は「お得意様だ」と顔をほころばせたが、ダヴェンポートは苦虫をかみ潰したような顔で溜息をついた。
*
そんなある日のこと。
工場を巡回していたダヴェンポートは、絵付けの作業にあたる少年の手元が、いつもより明らかに遅れていることに気づいた。
「どうした? 手が止まっているぞ」
声をかけた直後、少年が胸を押さえて小さく呟いた。
「……気持ち悪い」
「体調不良か? おい、早く大人を呼べ!」
少年はそのまま床に倒れ込み、激しく吐き戻した。
ダヴェンポートは「おい!」と叫んで駆け寄るが、すり抜ける手では背中を擦ってやることもできない。手のひらの中を風が通り抜けるだけの感覚に、指先が冷たくなっていく。
騒ぎに気づいた大人が飛び込んできて、顔色の悪い少年を抱え上げて部屋を出ていく。
残された職人たちが、慣れた様子で低く囁き交わした。
「またか……」
「まだ幼いからな。長くはもたんかもしれん」
煙と粉塵が日常的に肺を蝕み、光沢を出すための釉薬に含まれる鉛が、徐々に、確実に体へ蓄積されていく。過酷な労働環境の中、病に倒れ、命を落とす子どもは決して少なくなかった。
(ここで働く以上、毒に晒されるのは避けられない)
(どうせ大人になったところで、長くは生きられないんだ)
(……人間は脆い生き物だ)
(特に子どもは——すぐに壊れる)
——だから嫌いだ。
そう自分に強く言い聞かせなければ、喉の奥がひりつき、握った拳の震えが止まらなくなる気がした。
*
——そして、1864年。
英国で「工場法」が改定・施行された。
七歳以下の雇用禁止。一日の労働時間は上限十時間へ制限。十三歳以下の児童は、半日学校へ通うことが義務付けられ、残りの半日のみ労働が許可された。
(こんな法律ができれば、窯の経営は立ち行かなくなる)
安価で手軽な労働力を失うのだ。一人前に育てるまでのコストも時間もかかりすぎる。経営が破綻して倒産すれば、結局彼らが働く場すら失うのではないか。
(一体この法律で、誰が救われるというんだ?)
だが——その懸念は、午後の光の中で呆気なく覆された。
午前中の学校を終え、午後から工場へやってきた子どもたちの顔つきが違っていた。
粉塵に塗れながらも、以前よりずっと健康的で、瞳には明らかな生気が宿っている。軽口を叩き合いながら作業に入るその姿を見た瞬間、ダヴェンポートは言葉を失った。
(……彼らにとっては、これで良かったのか)
胸の奥で、決して認めようとしなかった答えが、静かに形を成していく。
「……フン。その埋め合わせに、明日からは大人たちに倍働いてもらわんとな」
*
――中庭からは、変わらず元気に駆け回る犬の足音が聞こえる。風に乗って、コールポートの明るい笑い声が届いた。
ダヴェンポートは窓辺に立ち、腕を組んだまま黙って外の光景を見つめていた。
(……何が正しくて、何が間違っていたのか)
滅び去った窯の精霊となった今、いくら考えたところで答えなど出ない。
だが——。
少なくとも、あの小さな手が一生懸命に形作った作品を、踏み砕くような時代だけは——二度と繰り返させてはならないのだ。
ふとそんな思考に辿り着いた自分に気づき、ダヴェンポートは奥歯を強く噛みしめた。
(……チッ、柄にもないことを)
彼は乱暴にカーテンを引き、窓から差し込む光を遮った。




