アフタヌーンティーの発表
朝日が差し込む廊下を、俺は重箱を抱えてふらふらと歩いていた。
瞼が重い。
家庭科室の扉が開いていて、話し声が漏れてくる。
「コールポート、昨夜は部屋に戻ってこなかったんです」
「ご苦労なことだ。ダヴェンポートと一夜を共にしたわけか」
俺の話をしているようだが、あまり深く考えないことにして、中に入った。
「おはよう……」
「あ、おはよう。え……大丈夫?」
コールドンが顔を覗き込んでくる。
「うん……まあ……」
大丈夫ではないのは、自分でもわかっていた。
「もう、これに詰めるだけだから……」
空の重箱を一段ずつ台に並べて、後ろの棚を開けた。
「うわっ!」
コールドンが声を漏らす。
そこには、俺が徹夜で作ったスイーツがぎっしりと並んでいた。後ろから覗き込んだ生徒たちも、揃って驚きの声を上げる。
「これだけの数と種類を、二人で作ったのか」ダニエルが感心したように言った。
「いえ、俺ひとりで……」
皆が呆気に取られる中、コールドンだけが静かに呟いた。
「でも……君なら、できるよな……」
――いや、買いかぶりすぎだろ。
*
午後、課題発表の会場となった多目的室は、独特の緊張感に包まれていた。コールドンはテーブルクロスの皺を伸ばし、ダニエルは皿の位置を微調整している。校長先生たちが入ってくると、その空気を察したように、皆がさっと席に着いた。
ニューホール先生が、室内をゆっくりと見渡す。
「えー、皆さん、準備ご苦労様でした。では、まず――コールドンとダニエルから始めてください」
俺は自分の席でふたりを見守る。順番が回ってくるまで、まだしばらくかかる。
「僕たちの作品を、紹介させていただきます。宝石をテーマにしたアフタヌーンティーです」
真っ白なテーブルクロスの上で、眩い光と色彩が競い合っていた。
ダニエルの豪華絢爛な花瓶にはピンクの薔薇が飾られ、コールドンの重厚な金彩の皿には、ジュエリーを模したセイボリーやケーキが並んでいる。
「紅茶は、ダージリンファーストフラッシュをご用意しました」
シャンパンゴールドの水色が、カップの内側の模様を静かに引き立てていた。
「こちらの宝石箱も、お召し上がりいただけます。中をご覧ください」
ホワイトチョコレートの箱には、金色の薔薇と蔓――蓋を開けると、赤く輝く薔薇が現れた。
「苺を薄く切って花びらを作り、シロップをかけています」
ニューホール先生がスコーンを割ると、中から緑色に輝く宝石が顔を出す。
「まるでエメラルドのようですね」
「メロン果汁を固めたゼリー菓子です。宝石採掘の気分を味わっていただこうと考えました」
校長も自分のスコーンを割り、顔をほころばせた。
「わしの宝石はルビーだ。イチゴ味かな?」
「はい!」
「遊び心がありながら、華やかなティーセットの世界観を表現している。とても良い出来だ」
「ありがとうございます」
コールドンとダニエルが、微かに笑みを交わすのが見えた。
発表はそのまま、途切れることなく続いていく。フルーツ柄の磁器に果物のスイーツを並べたチーム、銅板転写の陶器でノスタルジックな雰囲気を演出したチーム――窯ごとの個性が、菓子と食器の組み合わせに滲んでいた。先生たちはそのたびに丁寧に耳を傾け、時おり質問を挟みながら感想を述べていく。
俺は自分の重箱を意識しながら、ぼんやりとそれを眺めていた。
「では、タスカンとシェリー、始めてください」
「僕たちのアフタヌーンティーのテーマは、夏の日の思い出、です」
テーブルは、柔らかな色彩で満たされていた。淡いライトグリーンのテーブルクロスに、ふたりのティーセットが並んでいる。皿の上には野の花の小さなブーケ。籠に盛られたセイボリーやお菓子には、ヴィオラやナデシコがそっと散らされていた。
「ブーケ以外のお花は、全て食用のものです。お茶はイングリッシュ・ブレックファストをご用意しました。ミルクティーがおすすめです」
定番のキュウリのサンドイッチ、素朴なスコーン、タルトとパウンドケーキ。飾り気はないけれど、ひとつひとつ丁寧に作られている。
ニューホール先生はテーブルの小さなブーケをそっと手に取った。
「ティーセットに描かれている花を、よく集めてきましたね。……部屋の中なのに、まるでピクニックをしているようです。それに、全てがほっとする味わいで、昔を思い出します」
校長も微笑んで、静かに頷いた。
「タスカンとシェリーのアフタヌーンティーは心温まるものであった。まことに無邪気な、楽しいお茶の時間を過ごすことができた」
ふたりは、くすぐったそうな笑顔を浮かべた。
「またひとつ、ティーセットに思い出が加わったね」
――敵わないな、こういうの。
*
その後もいくつかのチームが発表を終えていった。緊張の面持ちで話し終えてほっと肩の力を抜く生徒、仲間と小さく頷き合う生徒――応接室は静かな熱気に満ちていた。
残るは、あと一組。俺たちの番だ。
――みんな、レベル高いなー……
濃紺の藍染のテーブルクロスを広げ、重箱を置く。
――でも、俺たちのも負けてない。
イマリパターンの食器を並べていく。藍染とイマリパターンの紺色は、どちらも天然染料からくる色だ。並べてみると、しっくりと馴染む。麻のざらりとした質感に、滑らかな白磁のコントラストが映える。皿の白い肌と金彩が、藍色のクロスの上で静かな格調を醸し出していた。
――あれ、このカップ&ソーサー……
柄違いのイマリパターンが、数客だけ紛れている。間違って混じったのだろうか。
「ダヴェンポートさん、これ、他と違いますけど」
「お前の窯のイマリパターンだ。図書室の所蔵品の中にあった」
「え」
「何だ、その顔は」
「いや……意外で」
「お前のためにした訳じゃない。今回の課題は『協力して創作』とあるから、その演出をしたまでだ」
「それでも……嬉しいです」
ダヴェンポートは、フンと鼻を鳴らし、眉間に皺を寄せた。
「感傷に浸るのは後にしろ。先生方を待たせるな」
「はい!」
「では、最後になりましたが、コールポートとダヴェンポート、始めてください」
「我々がご用意しましたのは、和風アフタヌーンティーです」
ダヴェンポートがすらすらと説明する。
「イマリパターンの器に加え、重箱をスタンド代わりに据えました。お菓子は日本の四季折々の食材を使用しています」
花瓶には、いけばな風にアレンジされた桜と菊とコデマリ。抹茶のパウンドケーキは一口サイズの富士山型で、白砂糖が雪のように降りかかっている。ミニタルトは金箔とゆずの皮で飾られてキラキラと輝き、四角いミニスコーンには柿のジャムが添えてある。菓子と菓子の隙間には、桜や梅、もみじを模った小さなクッキーが散りばめられている。
「紅茶は、日本産の和紅茶を使用しました。べにふうきという品種ですが、渋みと華やかさのバランスが良く、どのお菓子にも合うかと思います」
先生たちは解説を聞きながら小菓子を頬張り、微笑んで頷いた。校長も感心した様子で重箱を覗き込む。
「深い藍の上に広がる、絢爛なる菓子の重……和の意匠を英国の感性で表現した器にぴったりのアフタヌーンティーだ。それにしても、よくこの短時間で用意できたものだね」
肩の力が抜けていくのがわかった。隣のダヴェンポートも、心なしか表情が緩んでいる。
「どのチームも素晴らしい出来栄えだった。健闘を拍手で称えよう。……さて、これだけの菓子、もったいないから皆で食べ尽くすぞ!」
生徒たちからワッと歓声があがり、賑やかなティーパーティーが始まった。
俺は富士山型のパウンドケーキを運びながら、チラとダヴェンポートを見た。
彼は、静かに和紅茶のカップを傾けていた。




