アフタヌーンティー
家庭科室。ここで授業を受けるのは初めてだ。
畳まれたエプロンを前に、俺とコールドンは好きなお菓子の話をしていた。
ニューホール先生が部屋に入ると、ざわめきがすっと静まった。
「おはようございます。今日の授業のテーマは——アフタヌーンティーのメニュー創作です」
―――アフタヌーンティー?
「アフタヌーンティーは、19世紀に貴婦人のサロンから始まったおやつの習慣ですが、ホテルやレストランで提供されるようになって進化を重ね、現在では世界中で大流行しています」
先生がモニターに映し出したのは、三段のスタンドだった。
「こちらが現代の基本的なアフタヌーンティーの構成です。下の段はセイボリーと呼ばれる甘くない軽食——サンドイッチなど。真ん中の段はスコーン。上の段はケーキや焼き菓子などです」
先生は生徒たちを見渡した。
「みなさんの食器の魅力を引き出すような、素敵なアフタヌーンティーを創作してください」
生徒たちの顔が輝く。もう何かアイデアが浮かんだという生徒もいるようだ。
——え、待って。俺、まだ何にもわかんないんだけど。
「この課題は二人一組で取り組んでください。今から、くじでペアを決めます」
生徒たちはくじを引いた。
「赤だ」「僕も赤」タスカンとシェリーが手を取り合って喜んだ。
「黄色……」「私もだ」コールドンとダニエルが微笑み交わす。
「俺、青です」
「チッ、お前か」
ダヴェンポートだった。
——うわ~……俺、やっていけるか?
周りの生徒たちが、そっと同情の眼差しを向けている。
「発表は明日の午後です。校長先生が審査員としていらっしゃいますので、皆さん頑張ってください」
俺は、コールドンとダニエルの方を見た。
二人並んでいると、発光しているのか?と思うほど画がキラキラしている。
「ダニエルさんとご一緒できて光栄です」とコールドンが言うと、ダニエルは「私もお前の窯の作品は評価している」と静かに返した。
シェリーとタスカンの方に目をやると、ホッコリとした平和な空気が流れている。「アイデア探しにお散歩に行こうよ」とタスカンが言って、二人は仲良く教室を出て行った。
——いいなあ。
思わず心の声が漏れそうになった。
「おい。何ボーッとしている」
ダヴェンポートが横に立っていた。
「今から俺の部屋に来い。今夜は寝かさないからな」
「はい?」
——どういうこと!?怖っ!助けて!
振り向くと、コールドンとダニエルが俺たちを見て苦笑いを浮かべている。
「グズグズするな。……全く、とんだ貧乏くじだ」
襟を掴まれ、引っ張られる。
「ぐえっ。ちょっ……行きますって!」
*
ダヴェンポートの部屋に入ると、そこは本の洪水だった。壁一面、天井まである本棚に入りきらない分が、床に平積みになっている。
「うわ……すごい数」
「そこで待て」
ダヴェンポートは机に向かって何か書き始める。
どんな本があるんだろう。風景画集、花の図鑑……こっちは小説や歴史の本か。
「お前、料理は得意か?」
「え?レシピがあれば作れるとは思います」
「では、今から家庭科室でこのレシピを見ながら作れ」
バサっと紙の束を渡される。綺麗な字で書かれた、イラスト付きのレシピだった。
「こんなに??」
「これでもまだ三分の一だ。今から残りを書いて後で渡す」
「……これで、三分の一」
「わかったらさっさと行け。ただでさえ時間がないんだ」
廊下を歩きながら、レシピをパラパラとめくる。
パウンドケーキ、タルト、マドレーヌ、スコーン……全部焼き菓子だ。抹茶、ゆず……変わった材料を使うんだな。
ざっと計算して、六時間ほどか。
生菓子やサンドイッチを作り始める頃には、明け方になっているかもしれない。
——今夜は寝かさない、か。
本当かもしれない。
*
「ふー、5品目、完成っと。あ、ダヴェンポートさん」
「出来てるか?追加のレシピだ」
バサっと分厚い紙の束が台の上に置かれる——容赦ない。
「タルトは粗熱が取れたころかなと思います」
ダヴェンポートはタルトを一口かじると、満足げに軽く頷いた。
「柚子のタルトは良く出来ている」
「レシピに、ゆずの皮は黄色い部分だけ使えって書いてあったので、その通りにしました」
「そうだ。白い部分は苦いからな」
少しだけ和らいだ声に、強張っていた肩からふっと力が抜けた。
「抹茶のケーキは?……ん?なんだ、これは?」
「白砂糖のアイシングの上に、抹茶の粉で松の絵を描いてみようかなと思って」
「食べてみろ」
言われるまま、一口かじる。
「にがっ!」
「余計なことをするな……抹茶の粉をそのまま食べる奴がいるか。ほら」
あきれ顔で、水の入ったコップを差し出す。
——食べてみろって言ったのは、そっちだろ!
一気に飲み干した。
「ぷはー……」
「残り15品と抹茶ケーキの作り直し、頼んだぞ」
「……はい」
俺は涙目で、その後ろ姿を見送った。
*
夜明けが近づくころ、俺は眠い目をこすりながらダヴェンポートの部屋に行った。
「完成しました!」
ダヴェンポートは銀のナイフを磨く手を止めた。
「もうできたのか?」
「はい。味見もしました……このアフタヌーンティーって日本風ですか?」
「そうだ。和風をテーマに、俺のイマリパターンを使う」
「イマリパターン?」
「日本の有田焼を元にしたデザインだ。お前も作っていただろう」
「え、そうだったんですか」
「これが、俺のイマリパターンだ」
ダヴェンポートが取り出した皿は、赤と紺と金の三色で菱形や花が描かれていた。上品な華やかさの中に、どことなくモダンな雰囲気もある。
「うわ……素敵ですね……」
ダヴェンポートの口の端に、わずかに笑みがこぼれたような気がした。
窓の外が白んできた。
「まだ寝ないんですか?」
「俺はまだ少しやることがあるからな。お前は予想以上の働きをしてくれた。寝ていいぞ」
「ダヴェンポートさんが寝ないなら、俺、手伝いますよ」
ダヴェンポートの手が止まった。
「……そうか。じゃ、そこにある重箱を拭いてくれ」
俺の前に置かれたのは、大きな三段重ねの重箱だった。黒い漆塗りに金の蒔絵の花模様、開けると中も深く黒く塗られている。
「それはスタンドの代わりに使う。このおせち料理の写真を参考に、菓子を詰めるんだ」
「あ。だから何種類も小さいお菓子が必要だったんですか」
「そうだ」
——ん?でも俺の食器の出番って、あるんだろうか?




