コーリー先生
朝、クローゼットを開けた俺は、思わず声を上げた。
「服が増えてる!」
金ピカの一枚を取り出してみる。今までの服とは形の違う、袖の長いガウンのような服だった。眩い黄金の絹地の上に、青い竹と雀の模様がいきいきと刺繍されている。
タグを見ると『ジャパニーズグローヴ』と書かれていた。正直、かなり派手だ。
「その服……すごいね」
いつの間に来ていたのか、パジャマ姿のコールドンが背後から目を丸くしている。
「日本の着物だね。試しに羽織ってみれば?」
「これって……右前? 左前?」
「えーとね、僕から見て右が前に来るんだよ。貸してみて」
コールドンが着物のたもとをとり、慣れた手つきで手際よく着付けてくれる。付属の帯も手早く結んで、あっという間に完成した。
「まぶしい……。これを着こなすのは、なかなか難しいな」
「お殿様がサンバを踊るときに着てた服に似てる」
「本当かよ!?」
「昔、本で見たから間違いないよ。――えーと、色違いの服は入ってない?」
もう一度クローゼットの中を探ってみると、白地に同じ柄が入ったものが見つかった。
「こっちなら、まだ落ち着いてていいかも」
今度は自分で羽織ってみる。袖を通した瞬間、すとんと体に馴染む感覚があった。
「うん、いいね」とコールドンが頷いた。「君は黒髪だし、よく似合ってる」
「そうかな?」
その時、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
『皆さんにお知らせします。今朝は大講堂に集まってください』
「珍しいね。何かあったのかな?」
俺たちは急いで支度を済ませると、大講堂へと向かった。
初めて入った大講堂は、白い壁にダークブラウンの木目の天井が映える厳かな空間だった。舞台の中央には教壇があり、誰かが供えたのか見事な花が飾られている。光の角度のせいか、白い壁がわずかに青みを帯びて見えた。
横長のベンチの空いている席に二人で座り、周りを見渡す。見覚えのない生徒たちが固まって座っているのが目に入った。
「あの一団って、他寮の生徒たち?」
「ああ、そうだよ。スコットランドやウェールズの寮の生徒たちだ。彼らとは滅多に交流しないんだよね」
「へえ……生徒ってたくさんいるんだなぁ」
「今は二百人くらいかな」
やがて、あたりがしんと静まり返った。
壇上に、長い銀の髪をした美しい青年が現れる。白地に青の笹の葉模様がついた袖の長い服を纏い、静かな足取りで教壇へと向かう。その立ち姿には不思議な落ち着きがあった。
「あれが校長先生だよ。コーリー先生って言うんだ」
「コーリー先生……」
その名前を耳にした瞬間、頭がズキリと激しく痛んだ。
――なんだろう、この、とても懐かしい感覚は。胸の奥に何かが引っかかる。遠い記憶の縁を指でなぞるような、もどかしい感触だった。
「大丈夫?」
「……っ、……うん、もう大丈夫。おさまった」
頭の奥底に無理やり押し込んでしまった記憶が疼くような、もやのかかった重さだけが胸に残る。
ふと気づくと、周りの生徒たちが俺の服を見て「校長とかぶってる」と小声で囁き合っていた。確かに、まるでお揃いのような格好になってしまっている。
「皆の衆、元気にしておったか?」
教壇に立ったコーリー先生が話し始めた。穏やかで、それでいてよく通る声だ。――間違いない、俺はこの声を知っている。
「出張先のドイツではマイセンに立ち寄り、素晴らしい作品の数々を見せてもらった。特に海の世界を表現した新作のオブジェは実に見事であった。……しかしながら」
先生は少しトーンを落とした。
「食器に関して言うと、現在のヨーロッパでは食洗機対応でない食器は売れないらしく、ついにプリントの食器を発売したそうだ」
会場にざわめきが広がる。
きょとんとしていると、コールドンが耳元で囁いた。
「マイセンは欧州最古の磁器窯で、これまでは手作りの超高級品しか作っていなかったんだよ」
「時代の流れには逆らえないってことか」
「技術が上がっているから、プリントでも安っぽくは見えないんだろうけどね。ブランドイメージを支える最高級品を作りつつ、経営を支える大衆向け製品も作る。……これって、僕たちもかつてやってきたことなんだよ」
「なるほどなぁ……」
校長先生の話が終わり、最後に会場をゆっくりと見渡して微笑んだ。その笑みは柔らかく、けれどどこか遠い場所を見ているようでもあった。
ふと、先生と目が合った気がした。先生もわずかに目を見開き、「あ」と小さく口を動かしたように見えた――まるで、長い年月をかけて探していたものを、ようやく見つけたときのような表情だった。
先生が壇上を降り、朝の集まりは解散となる。生徒たちがさっと大講堂を出ていく。
通路の最後尾で、人がはけるのを待っていた俺の前に、すっと人影が立った。
「コールポート!」
校長先生が、愛おしそうに俺の名前を呼んだ。
次の瞬間、気づくと俺は先生の腕の中に強く抱きしめられていた。
――え?!いきなり何??
着物で口元が塞がれ息苦しいが、思いのほか腕の力が強く、緩む気配もない。解放されるのを待つしかなさそうだ。
「……今までよく頑張った」
消え入りそうな小さな呟きが聞こえた。
「あ、あのー…」
少し緩んだ腕の中で、もぞもぞと顔を上げる。
「すみません……俺、先生のこと、覚えていません」
「はっ?!」
校長は仰天し、ぱっと腕を離した。
「え?ええ…??」
「落馬して、記憶喪失になってしまって……」
「…………」
校長先生は、ぽかんと口を開けたまま、しばらく無言で俺を見ていた。気まずい沈黙を破るように、彼は気を取り直したように言った。
「それは……災難であったな……でも、いずれ何かの拍子に思い出すかもしれん。わしや仲間たちもついておる。焦らずな……」
「ありがとうございます。コールドンや、委員会の皆さんにも親切にしてもらっています」
「そうか、そうか」
校長先生は目を細めると、俺の頭をぽんぽんと撫でて去っていった。
ずっと横で見ていたコールドンが、ぽつりと言った。
「君たち、なんだか親子みたいに見えたよ」




