ゴグとマゴグ
「コールポート! タスカン! そこにいるのか!?」
白い壁の向こうから、コールドンの焦った声が響いた。
「いる! 俺たちはこの中だ!」
「もう大丈夫だ! バリアを解除してくれ!」
タスカンが手をかざすと、頑丈だった白磁の壁が光に溶けるように消え去っていく。 俺たちは互いの無事な顔を見て、大きく息を吐き出した。
シェリーはそっと動物たちへと歩み寄る。 動物たちは、先ほどまで恐ろしい声を上げていたライオンも含め、シェリーにはすっかり懐いているようで、おとなしく頭を撫でられていた。
「スタッフォードシャードッグをはじめとする陶器の動物たちは、右向きと左向きのペアで作られているんです。ペアの動物をぴったり横並びにすると、魔法が解けて元の姿に戻るって、ケントが教えてくれました」
シェリーが二頭のライオンを優しく促し、隣同士に並べて座らせる。すると――まばゆい光と共に、二頭は静かな陶器の置物へと姿を変えた。
それを皮切りに、シマウマも、威嚇していた猫たちも、次々と元の美しい陶器へと戻っていく。
「これで……最後のペアだね」
しかし、最後に残った二匹の白い犬だけは、うーうーと小さく唸り、どうしても横に並ぼうとしない。互いにそっぽを向き、必死に抵抗していた。
「君たちは……わかっているんだね。陶器に戻ったら、もう動けなくなっちゃうのが嫌なんだね」
シェリーは眉を下げ、二匹の頭をそっと撫でた。 その様子を見ていたタスカンが、思い切ったように一歩前に出た。
「ねえ……僕らの部屋で、この二匹を飼えないかな?」 「えっ?」
シェリーが顔を上げる。 タスカンは少し眉を寄せながら、それでいて柔らかな目でシェリーを見つめた。
「ルームメイトなのに、どうして僕に相談してくれなかったの?」
「ごめんね、ケントとの秘密の約束だったから……」 「そう……。でも、僕に言ってくれたら、いつでも君の味方をしたのにさ」
「タスカン……」
俺も足元で身を寄せ合う犬たちの顔を眺めながら、口を開いた。
「この子たち、学園のペットにすることってできませんか? 最初は『なんだこの不気味な顔は!』って驚きましたけど、見ているうちにだんだん愛嬌があってかわいく思えてきました」
「そうか?」
ダニエルが腕を組み、怪訝そうに眉をひそめた。
「私には、なぜこんなデザインのものがイギリス中で大流行したのか、まったく理解できんがな」
コールドンが楽しそうにクスリと笑う。
「コールポートは元々フィギュア好きだからね。君が作っていた気品あふれる貴婦人たちとは、だいぶ感じが違うけれど」
リッジウェイが微笑みながら、陶器に戻った動物たちを見つめた。
「この動物人形はね、名もない小さな工場や家内工業の職人たちが、庶民の暮らしに彩りを添えるために手頃な価格で作ってきたものなんだよ。ケントは、その時代の流行が終わった後も、打ち捨てられそうになっていた型を引き取って、最近までずっと一人で作っていたんだ」
「執念を感じますね……」
俺もしみじみと呟いた。
「学園を去ることになって、自分の作品を残せないなんてさぞ無念だったろうな……」
「ううん、諦めてませんよ!」
「え?」
シェリーが顔を輝かせて言った。
「ケントは『型を買い取ってくれたベアストウ・マナー窯に居候することにした。今は政治家の人形しか作っていないけど、いつか絶対にまた動物たちを作るんだ』って、すごく前向きに学園を去っていったんです」
「なんだよ、人騒がせなやつだなあ!」
俺は拍子抜けして思わず声を上げた。張りつめていた場の空気があっという間に和らぎ、みんなの間に笑い声が弾けた。
*
数日後、あの二匹の犬は「学園の愛玩犬」として正式に飼育が許可されることとなった。
普段は談話室の暖炉の脇にちょこんと並んで座っているが、たまにトコトコと短い足で学園の廊下を歩き回り、生徒たちからは「ブサかわいくて癒やされる」と大人気だ。
「せっかくだから、素敵な名前をつけるべきだよね」
あたたかな陽が差し込む談話室で、タスカンが犬たちの頭を優しく撫でながら言った。
「名前、か……」
シェリーが顎に手を当てて少し考え込んだとき、傍らで本を開いていたダニエルがふと顔を上げた。
「そういえば、『赤毛のアン』という小説を読んだことはあるか? シリーズの中に、暖炉の端に飾られた陶器の犬のエピソードがあるのだが」
「あ、知っています!」
シェリーとタスカンが同時に手を叩いた。
「その犬たちに、昔話に出てくる巨人の名前がついていましたよね!」
「いいですね。きっとケントも喜んでくれます」
シェリーが二匹の白い犬を見つめた。
「君が『ゴグ』で、君が『マゴグ』。アンの物語みたいに、これからずうっと、僕たちのそばにいてね」
名前を呼ばれた二匹の陶器の犬が、応えるように「ワン!」と、カチンと硬質で、それでいてどこか温かみのある声を響かせた。




