犬の置物
夕刻、学園の談話室では、リッジウェイ、コールドン、ダニエルの三人が静かに話し込んでいた。
「今回の奇妙な動物の目撃談と、例の飼育申請の件は……どこかで繋がっているかもしれないな。もう一度、あの手紙を見てみよう」
リッジウェイは手紙を開き、しばらく黙り込んでから言った。
「……この独特なSの書き方はシェリーだ。コールドン、シェリーをここに呼んできてくれ」
「はい、兄さん」
やがて連れてこられたシェリーに、リッジウェイは一枚の手紙を差し出した。
「シェリー、この手紙を書いたのは君だね。今回の件について、何か知っているんじゃないか?」
シェリーは目を伏せ、しばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……僕と、ウィリアム・ケントがやったことです」
三人は思わず息を呑んだ。ダニエルが怪訝な顔で首を傾げる。
「ウィリアム・ケント? 知らないな」
「少し前にここを出ていった生徒だよ」
リッジウェイが答えると、シェリーが静かに頷いた。
「……皆さんにお話ししなければならないことがあります」
――いつものように学園の裏手へスケッチに出かけた日のことです。 陽だまりの中でスケッチブックを広げ、描いていたのはのどかな学園の風景のはずでした。
ガサリ、と草むらが不自然に揺れて、一匹の奇妙な乱入者がトコトコと現れるまでは。
白くて、ふわふわしていて、太い眉に三白眼。どこか人間の顔に似た、何とも言えない表情をした犬でした。その子は逃げる様子もなく、僕の足元にちょこんとうずくまったんです。
『そのまま止まっていて』
思わず呟いて、新しいページを開きました。この愛くるしい顔は、描かずにはいられなかった。 夢中で鉛筆を走らせていると、背後からバタバタと荒い足音が近づいてきました。
『あ、その子、うちの子なんです』
そこに立っていたのは、白衣を羽織った背の高い男でした。髪はぼさぼさで、伸びた前髪で眼鏡が半分隠れている。 男は僕のスケッチブックを覗き込み、目を細めました。
『うまいな。……あの、その絵もらっていいですか?』
『この絵をですか?』
『すごくいい表情だから、型を作れたらと思って……あ! す、すみません! そもそも学園はペット禁止ですよね!? ゴミ捨て場にあった十九世紀の古い型があまりに愛おしくて、つい電気魔法を流して命を与えてしまって……! すぐ処分しますから――』
『処分なんて、しなくていいです』
男が勢いよく顔を上げました。
『このことは、僕たちだけの秘密にします』
『……へ?』
僕は足元にいる犬の頭をそっと撫でてから、スケッチブックのページを破って差し出しました。
『その代わり、この子のペアも作って、見せてくれませんか』
男はしばらく紙を見つめたまま固まっていましたが、やがて大きなポケットをごそごそと探り始めました。ガタゴト、カチャカチャ。電気部品らしき何かが地面に転がり、僕がそれを拾って渡すと――取り出されたのは、右向きの白い犬の置物でした。
『これです。どうぞ……』
『ありがとうございます』
両手でしっかりと受け取った僕を見て、男は一瞬きょとんとした顔をし、それからほっと肩の力を抜いて、ふわっと笑ったんです。
それが、ウィリアム・ケントとの出会いでした――。
「僕たちは学園に内緒で、森の中に動物たちを隠して、時々一緒に遊んでいたんです」
シェリーが話し終えたその時、談話室の窓ガラスにコンコン、と硬い音が響いた。 コールドンがパッと振り返る。
「……あれは、コールポートの青い雀だ!」
窓を開けると、鮮やかなコバルトブルーの雀が真っ直ぐコールドンの肩に止まり、必死に羽を羽ばたかせた。
「コールポートのところに案内してくれるのか?」
雀は窓から飛び出し、近くの梢に止まってこちらを振り返った。
「追いかけてみよう!」
四人は急いで森へと向かった。 雀の導きで鬱蒼とした木々の間を抜けていくと、目の前に突如として、幻想的な青い竹林が現れた。
「ここで間違いない!」
竹林に足を踏み入れると、そこには無数の奇妙な動物たちに囲まれた、巨大な白磁の円柱が立っていた。




