手紙
午後は自主学習の時間だった。
スコーンと紅茶を心ゆくまで満喫した俺は、どこか後ろ髪を引かれながらも図書館へと向かった。
しんと静まり返った室内で、生徒たちは息をひそめるように本へと向き合っている。そんな空気の中、ひとりだけせわしなく動き回る気配がした。目を向けると、コールドンがいた。
いかにも重そうな、鈍い光沢を放つ分厚い本を何冊も両手に抱えて、書架の間の狭い通路を早足に歩いている。
「俺が持つよ」
声をかけると、勢いよく振り返った。額にきらりと汗の粒が光っている。
「あ……良いの? じゃあ、お願い」
差し出された本を丸ごと受け取ると、ずしっと腕に重みがのしかかる。
「コールポートが来てくれて助かった」
コールドンは解放された両手をぶらぶらと振って、ふう、と深く息を吐いた。
「え、ずっとこんな感じ?」
「うん。さっきから書架とカウンターを何往復も行ったり来たり」
「マジか……」
とてもじゃないけれど、「さっきまで優雅にお茶してました」とは口が裂けても言えない。俺たちは並んで、次の書架へと歩き出した。
辺りを見回すが、あの厳しいダヴェンポートの姿は見当たらない。少しくらいなら話しても大丈夫だろう。
「飯はまだ? 」
「うん。あと少しでキリがつくから、それからかな」
「そっか」
「……それより、兄さんのところで何してたの?」
「あー……意見箱の手紙の仕分け、とか」
「え」
コールドンがパッと目を大きくした。
「兄さん、何か言ってた?」
「んーと……軽食コーナーの設置は採用、ペットの飼育申請は不採用。部活の新設は前向きに検討する、って。あと、友達ができないって悩んでる差出人には、声をかけてみるって」
「……そう」
「筆跡だけで誰が書いたか分かるんだって。すごいよな、お前のお兄さん」
「ふーん……」
コールドンは視線を落とし、何かを深く考え込む顔をした。
——もしかして、最後の手紙の主ってこいつか?
メモの字と手紙の字は違ったけど、わざと変えてたとか……さすがに考え過ぎか?
ふと視線を感じて横を向くと、コールドンが俺の顔をじっと見つめていた。
「え……何?」
至近距離で見つめられ、心臓の音が急に大きくなる。
「……隠してること、あるよね?」
つい目を逸らすと、コールドンがふっと妙に楽しそうに笑った。
「口の端にジャムが付いてる。さては、ふたりでお茶してた?」
――なんだ、そっちか。
「……バレたか」
「兄さんのスコーン、絶品だったでしょ」
「うん、最高だった。お前のお兄さん、ほんと優しいよな」
「ふふ、すっかり餌付けされちゃったね」
「その分、これからしっかり働かせていただきますんで」
「はいはい。よろしくね」
本を書架にすべて戻し終えたところで、コールドンは昼食を取りに食堂へ向かい、俺は約束通りダニエルの部屋へと向かった。
*
重厚なドアをノックすると、「どうぞ」と落ち着いた声が返ってきた。中に入った瞬間、思わず足が止まる。
ここはフランスの宮殿か――豪奢なロココ調の家具、暖炉の上に整然と並ぶ煌びやかな花瓶。ガラスのキャビネットの中には、繊細な薔薇の絵付けと眩い金彩に彩られたティーセットが静かに鎮座している。
「うわあ……」
感嘆が自然に漏れた。
「お手伝い、ご苦労様」
ダニエルは肘掛け椅子に深く腰掛けたまま、優雅に微笑んでいる。
「何か珍しい物でもあったかな?」
「何か……すごすぎて。圧倒されてます」
「そうか」
ダニエルはしばらく無言で俺を見ていた。値踏みというより、何かを確かめるような目だった。陳列棚に向けられた俺の視線を、どこか静かに追いかけている。
「お前が昔、私の店に偵察に来た時も、ちょうどそんな様子だったな」
「え? 偵察? 俺、そんな不審なことしてたんですか?」
「ああ。まさに今のように、きらきらと目を輝かせていたよ」
ダニエルは椅子から立ち上がると、キャビネットからおもむろにひとつのティーカップを取り出した。
深みのある赤地に、ふわりと柔らかな花弁を開く薔薇の絵付け。そしてカップの足が、四つの小さな花になっている。優美で、どこか愛らしいデザインだ。
「これは、覚えているかな?」
「いえ……でも、めちゃくちゃ好みです」
「そうか。では、これは?」
次に彼が取り出したのは、ユニークな曲線と花かごが組み合わされたカップだった。
「それも記憶には……。でも、すごく素敵です。惚れ惚れします」
ダニエルは満足そうにふっと笑うと、本棚から一冊のファイルをスッと抜き出した。
「ここに、その頃のことが書いてあるんだ」
手渡されたのは、古い新聞のスクラップだった。上部には『ポタリー・ガゼット』と大きく印字されている。
「校内新聞だ。これを作るのも委員の仕事でね。後でその編集作業を手伝ってもらいたい」
「あ……はい」
何気なく見出しに目をやった瞬間、俺は固まった。
『H&Rダニエルに新事実!父に宛てたR.ダニエル氏の手紙が発見される――』
さらに記事を読み進める。
『……商品は飛ぶように売れています……誰もがこのような品物は見たことがないと言っています……哀れなリッジウェイは客を根こそぎ奪われて青ざめ、ジョン・ローズ(コールポート)では品質問題で客から不満続出です。』
ガーン。
大打撃を受けてるじゃないか、俺の窯!
「ええ……!? そ、それで、俺、そのとき一体どうしてたんですか?」
「この記事の中に入って、確かめてみるか?」
「え!? そんなことができるんですか!?」
「ああ、できるとも」
ダニエルが記事の上にそっと手を置いた。紙面から白い閃光がパッとほとばしり、視界が一瞬で白く染まる。
次の瞬間、無数の人々のざわめきが四方から押し寄せてきた。




