罰則
自室に戻る頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
処分された陶磁器のカケラの山が、頭から離れない。それに——コールドンの、あの表情も。
コールドンとは廊下で別れた。リッジウェイが支えるようにして、部屋へ連れていった。
どんな言葉をかければいいのか、わからなかった。コールドンが学園でどう過ごしてきたのかも、消えた生徒たちのことも、俺は何も知らない。名前を聞いたところで、たぶん覚えていない。
——記憶を失う前の俺なら、ちゃんと寄り添えたんだろうか。
ひとりになると、振り払いたいものが次から次へと浮かんでくる。
静まり返った廊下を抜けて中庭に出ると、満天の星だった。吸い込まれそうなくらい、よく見える。人間は死ぬと星になると聞いたけど、消えた精霊はどこへ行くんだろう。夜風が冷たい。
食堂に寄ると、夕飯のビュッフェはもう片付けられていた。魔法瓶に紅茶とミルクをたっぷり詰めて、部屋に戻る。
ドアを開けると、コールドンが振り返った。目の周りにまだ赤みが残っているが、思ったより落ち着いている。良かった。——リッジウェイがフォローしてくれたんだな。胸をなでおろすと同時に、無力感がじわっと来た。
「コールポート、どこ行ってたの?」
「紅茶もらってきた。飲む?」
「あ、うん……僕も持ってきたんだ」
コールドンが紙の包みから、大きな丸パンのサンドイッチを取り出した。厚切りのハムが贅沢に挟まっている。
「はい、どうぞ。君には足りないかもしれないけど」
「うわ、ありがたい……!」
「紅茶もらうね」
魔法瓶からカップに注ぐ。ミルクを入れすぎたのか、甘い香りがふわっと部屋に広がった。サンドイッチにかぶりつくと、ふわふわのパンとバター、ハムの塩気が冷えた体に染みる。
「うっま……!これ、どうしたの?」
「兄さんが食堂から取り置きしてくれてたんだよ。ダヴェンポートから、僕らがエレベーターの復旧を待ってるって聞いて、夕飯に間に合わないかもって」
「そうだったんだ。心配かけたよな」
「ほら、慌てて食べるとつっかえるよ。ゆっくり食べなね」
こんなに色々あった日でも、ちゃんと腹は減る。美味しい物を食べているうちに、気持ちが前向きになってくる。自分はなんて単純なんだと思ってしまう。
「……ダヴェンポートにも迷惑かけたよな。地下37階まで、階段で降りてきてくれたんだろ」
「うん。……帰りも37階分、登ったんだよね」
顔を見合わせ、同時に苦笑いが漏れた。
「怒るのも無理ないよな」
「明日、ちゃんと謝ろう」
「そうだな」
コールドンが紅茶を一口飲んで、微笑んだ。
「美味しい。これアッサム?」
「そう。朝のより少し薄めにした」
「……今朝モーニングティーを飲んだのが、随分昔のことみたいだ」
*
翌朝、始業前に委員会室に呼び出された。重いドアをノックして入ると、朝の光が窓から斜めに差し込んでいた。リッジウェイがいつもの穏やかな笑みで出迎え、ソファーには仏頂面のダヴェンポートと、まだ眠そうなダニエルが座っている。整然とした部屋の空気が、なんとなく裁判めいて感じられた。
「おはようございます」
「おはよう」
俺とコールドンは横に並んで、互いに一つ頷いてから前に出た。
「ダヴェンポートさん、昨日はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
「せっかく迎えに来てくれたのに、生意気言ってすみませんでした」
ダヴェンポートは腕を組んだまま、「全くだ。埋め合わせはしてもらう」と低く言った。
「罰則のことなんだが」リッジウェイが眉をひそめる。「立ち入り禁止区域への侵入は、10万ポイント没収なんだ」
「えーっ!?」
思わず声が出た。
「残高を確認したんだが、コールドンは65万ポイントと少し。……コールポートはマイナス1万9950ポイントだった」
コールドンすご。——って、ん?俺、マイナス2万じゃなかったっけ。
思考が固まっていると、隣でコールドンが小さく吹き出した。
「君、昨日のテスト50点だったんだね」
「あーっ、その分か!」
合点がいった。ダニエルがクックッと笑う。「面白い奴だな、お前」
「50点か……まあ、今の君の状態なら健闘したんじゃないか」リッジウェイがすかさずフォローする。
「いや……記述式だったんで、付け焼き刃じゃ埋められなくて。大きな余白が日本風の皿に見えてきました」
皆が小さく吹き出した。ダヴェンポートだけが一瞬で真顔に戻り、「おい、本題からズレてるぞ」と冷ややかに言った。リッジウェイがコホンと咳払いする。
「話を戻すと——これ以上コールポートの借金を増やしても意味がないし、エレベーターの故障という事情もある。一週間、我々委員の雑用係として働いてもらいたい。今日からコールドンはダヴェンポートの手伝いを。コールポートは俺とダニエルの手伝いだ」
コールドンが目を丸くする。
「え?本当にそれだけでいいの?」
「何でも、喜んでお手伝いします!」
「言っておくが、キツイぞ」
ダヴェンポートが低く言い添えた。
「はい、頑張ります!」
「お願いします!」
こうして、俺とコールドンの雑用係としての日々が始まった。




