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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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6/12

6 ムカついたって話


最近、アンデの周囲でヴァイラ・ツェーリの名をよく聴く。


ライブに連れていってくれた同僚が発信源のようだ。次のライブにアンデも合わせて四人くらいで行こうという話になっていた。


「ブルジェレ少尉って、音楽聴くんですか、意外」


昼食時、一緒に行くことになった若手が、アンデに尋ねる。

意外、と思われているようだ。


「詳しくはない。ヘイゼに誘われて行ったら、印象に残ったから」

「あー、確かに印象強いですよね、見た目も」


他の歌手は知らないが、ヴァイラはテレビで見るような歌手と似たような雰囲気を放っていた、と思う。あの狭い地下の空間でも。



「よう、アンデ。お、ミルジェも一緒か」


同僚ヘイゼが昼食の席につく。

ヘイゼはアンデと同じくらいの体格だが、ミルジェは多少小柄で細身、ただ当然何年も軍にいるので、十分に鍛えていて体力は申し分ない。


「アンデ、そういえば今度女の子を紹介してくれるっていう集まりがあるんだが、来るか?」

「いや、いい」


唐突に別の集まりの話をされたが、一瞬で断った。

あまりの早い返事に、ヘイゼとミルジェの目がそろってこちらを向いている。


「……今回、可愛い子来るらしいぞ」

「結構だ」

「おまえ、そろそろ落ち着こうとかないの?」

「そういう願望は、ない」

「そうなの?昔はいたんだろ?」


「――家庭を作る気には、ならないんだ」

「あぁ……まあ、事情はいろいろあるもんな」


ヘイゼとそこまで深く語り合ったわけではないが、多少なりともアンデの過去の話を知っている彼は、どうやら察してくれたらしい。


「ザレンテ少尉、僕行きたいんですけど……」

「おまえはまだ若いから自分で見つけろ。俺らみたいに取り残されつつある男用の集まりだ、別部隊の先輩が企画してくれててな」

「えー、僕早く結婚したいんですけど」


アンデはそんな会話を横に、黙って食事を開始した。


✶⋆∘༓∘⋆✶



照明が落ちて、スポットライトの中にヴァイラが登場する。



もう何度か見てきた、ステージのヴァイラ。


今回もあっという間に惹き込まれてしまう。


アンデより頭一つ分も小さいし、一回りくらい細いのに、こんなに大きく見える。


(声が、太い)


何回か見たからこそ、それが分かった。


激しい曲だけでなく、静かに歌うときさえも、声の存在感が大きい。

訓練で声を張り上げるから分かる、ヴァイラの声が本当に遠くまで届くものだと。


才能か、訓練の賜物か。


歌手というものの凄みを、今まで知らなかった。



(この俺が、感動するなんてな)


ヴァイラの声を浴びながら、彼をじっと見つめる。


本当に、ヴァイラを見るまでは。

心動かされることなど、別にないと思っていた。


軍人としてのキャリアを積むほどに、厳しい現場でも物事に動じなくなり、それはつまり楽しいとか嬉しいとか、感情の豊かさを失っていくということでもあった。

人生に感動を求めているわけでもないから、それに疑問を持ったこともなかったけれど。


そこを超えてくるヴァイラには、素直に尊敬の念を持っている。

その分多少ワガママを言ってきても、かわいい程度だ。



「今日の出来は、どう」


終演後、店員がアンデに尋ねてきた。

アンデが毎回この席に陣取るから、多少顔見知りになってきたところ。


「いい声だな。

最初よりも、迫力を感じる」


何とはなしに感想を言ったつもりで、店員から追加のグラスを受け取る。


「やっぱり、そう思うか?

最近彼、声に張りが出てきたように思ってたんだ。

俺は毎回聴いてるから気のせいかもしれないと思ってたが、やっぱりひと月空けて聴くと変化が分かるのかも」

「いや、変化が分かったとかじゃなくて、ただの印象だ。何度か通ってるし」


音楽を聴き分ける耳があるとは全く思っていない。

何度も聴いてヴァイラの声が多少なりとも分かってきただけなのに、ヴァイラの声の変化に気づいたと店員に思われて、少し焦る。


「俺は何年もここでいろんなスターの卵たちを見てるけど、彼はほかの子とは抜きん出て、いい声だよ。特に最近はそうだ、あんたの印象通り」


それは、アンデと出会ってから――そう思ってもいいのだろうか。

月に数回だけでもヴァイラにちゃんとした食事を与えていることが、どうしても自分の中で理由だと思ってしまう。

たった数回の食事だし、関係ないことかもしれないのに。


ただ、もし、自分の行動でヴァイラが一層輝きを増すのなら。


「地上に羽ばたいていけるといいなって、ここから思ってる」

「……たしかに、そうだ」


店員の彼と同感。

地上に現れた妖精を、見てみたい。


✶⋆∘༓∘⋆✶


「ブルジェレ少尉!ヴァイラ・ツェーリと話せたんですよ!」


ミルジェが興奮しきってアンデに報告しに来た。

終演後に客席に出てきたヴァイラは、いつも通りファンの女の子たちの集団に少し交じり、サインや握手に応じてから、残っている客に順番に挨拶して回っていた。

前の方の席で見ていたヘイゼやミルジェたちのところにも回っているのを、アンデはカウンターからそっと眺めていたのだ。


「少尉も彼と話してくればいいのに」

「前、サインをもらったから」

「ええー!いいなぁ!」

「レコードを買ったからな」

「買ってきます」


ミルジェはすっかりヴァイラの虜になったようで、レコードを買い求めてヴァイラにサインをもらいに行った。


ヴァイラは、やはりすごいのだ。

音楽を知らなくても引き込んでくる、オーラの強さ。


たくさんの人の目に留まっている彼を見ていると、なんだか誇らしいような気もする。

自分の存在がヴァイラに影響していると考えるのは、かなり自惚れてしまっている自覚もあるが。


ヴァイラがまた他の客へ挨拶している間に、ヘイゼたちがアンデのところにやってきた。


「そろそろ帰るか。

前より、声良かった気がする。そろそろメジャーに向かって行ってんじゃないか?」


音楽通のヘイゼがそう言う、ということは。


「どっちかっていうと女の子向けな世界観っすね、僕はもっと楽器がぐあーってくる方が……」

「お前もこういう美意識の高いものを理解したほうが、モテるぞ」


別の部下はあまり好みではなかったらしい。

たしかに、男らしいイメージではない。

アンデとしては、合わなければ聴かなければいいと思うだけだが。


「そろそろ帰ろうぜ」

「俺は……もうちょっと飲んで帰る」

「ええ、じゃあ僕も飲んでいいっすか?

またヴァイラ出てきてくれますかね?」


思いがけず、ミルジェが残りそうになり、アンデは内心少し焦る。

いつものようにヴァイラと過ごすつもりなのに、彼がいたらそれもできない。


「若いモンは、早く帰れ」

「だってー」

「お前、飲んでるのか」


任務中なら、ミルジェは帰れと言われれば従っただろう。

仕事終わり、非番、ライブで、少々飲んではしゃいでいるようだ。

ここで上官命令を出してしまうと、変に怪しまれるかもしれない。

とりあえず、もう出ていっているヘイゼに彼を託すことにした。


「もういい、帰るぞ」


スツールから下りて、店員に視線を向け、カウンター越しにそっと紙幣を渡す。


「すぐ戻る、と伝えてくれ」


店員は、目で了承の意を示してくれた。


✶⋆∘༓∘⋆✶


アンデの少し前を歩くヴァイラは、今日は無言だ。

いつもなら、アンデに腕を絡ませながら歩くのに。


ミルジェを帰すのに、少しばかり手間取ってしまった。

なんとかヘイゼに追いついて部下を託し、戻ってきたのだが。


ヴァイラは客が出て行ったカウンターで、グラスを傾けていた。

事情を簡単に伝えたが、どことなく素っ気なかった。


今日このままヴァイラのアパートに行っていいものか。

ヴァイラがその気でないのなら、留まる理由もないが――


「あの彼、カワイイね」


ヴァイラが半分だけ振り返って、呟いた。


「あの彼?」

「アンデに懐いてた」

「?」

「めっちゃ素直で愛嬌あるじゃん。レコード買ってくれてサインも欲しがってくれてさ」


ミルジェのことだろうか。


「同僚の部隊の後輩だ」

「一緒に帰ってあげればよかったのに」

「おまえには、来なくてよかったと?」


ヴァイラが歩きながらも振り返る。

寝起きのときのような、やさぐれていた態度だ。


「そんなこと言ってないし」

「じゃあ、何だ」

「アンデに擦り寄っててムカついたって話!」


「……は?」


何を言われているのか、把握しきれていない。


「別に、擦り寄ったわけじゃないだろ」

「アンデにそんな視線向けてた、ってか気づいてないの?」

「それはないだろ。

そもそも軍隊内でそういうのはご法度だ」

「え……」


足を止めたヴァイラの鋭い視線が、一気にその力を失う。


「そうだったの?

おれ心配――」


アンデを振り返ったヴァイラの足が、段差に引っ掛かった。


「うわ」

「おい!」


咄嗟にヴァイラの腕を掴んで、倒れる前に抱き止める。


「……びっくりした」

「こっちのセリフだ」

「さすが、体幹すご」

「おまえが、危なっかしいんだ」


アンデの腕の中のヴァイラが、くすりと笑う。


「ほんとに、おれの勘違い?」

「後輩のことか?勘違いだ、もともとあんな感じの奴だ」

「ならいいや。でもアンデにベタベタしてくんのはやだ」

「別に、ベタついてないだろ……」


不意に、昔付き合った恋人に、こんな風に細かいことで文句を言われたのを思い出す。

当時はそれが面倒で、今でもそう思うのだろうが。


ヴァイラなら、不思議と受け止められる。


それは、彼の実力に敬意の念を持っているからだと思う。


「今日は、泊まってもいいのか」

「何言ってんの?居てくれなきゃやだ」


静まり返った真夜中の路地裏、アンデはそっとヴァイラにキスを落とした。


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