25 おれとずっといてくれる?
ようやく再会なのでボリューム多めですが察してください。笑
「ヴァイ」
すぐさま、横たわるヴァイラに駆け寄る。
息をしているのかどうかがまず気になって、どんな顔をして会おうかとか、何から言おうかとか、考えていたことは瞬時に吹き飛んだ。
「ヴァイ、起きてるか?おい」
ヴァイラの傍に膝をついて、上半身をまるごと覆っているバスローブをどけて、顔を確認する。
現れた美しい顔は――
目を閉じて、まるで大理石の彫刻のように真っ白。
唇の端が少し紫に染まっていた。
「ヴァイ、しっかりしろ、寝るな」
バスローブを胸元まで開いて、胸に手を当てて、鼓動を確認して一安心する。
だがその肌は、恐ろしく冷たい。
すぐに温めないと――
「……ふふっ」
ヴァイラの唇から、笑いがこぼれた。
「ふふっ……ははは」
「ヴァイ、何が……着替えはどこだ」
ヴァイラは答えないまま、笑い続ける。
「あーおかしい……
生存確認とか、普通しないでしょ……」
「……仕事柄な」
しまいには腹を抱えて笑い出したヴァイラが、ようやく笑い終えて目を開けた。
アンデに、腕を差し出して。
「あっためて」
ちょっといたずらっぽく、茶目っ気のある笑顔。
まぎれもない“ヴァイ”の顔だ。
ヴァイラの背に手を差し込んで、ヴァイラがアンデの首に腕を回して。
抱き起こして、しっかりと胸に閉じ込める。
「アンデ、あったかい」
「……あんなパフォーマンスして、冷えるの当たり前だろうが」
「だって、みんなアレ観に来てるでしょ」
ずっと離れていたのが、嘘のように。
こんなに当たり前のように、ヴァイラが腕の中にいる。
抱きしめている体は、一段と細くなったような。
「おまえ、ちゃんと食ってたか?」
「んーん、まともに食べる時間もないもん」
「おい……」
「めちゃくちゃ忙しくてさぁ。
ずっと、ジェットコースターに乗ってる気分。
どこからが夢で、どこからが現実なのかも、なんかもう分かんないや……」
「ヴァイ。しっかりしろ」
「これも、夢なのかなぁ」
「夢じゃねぇよ。
昨日から車飛ばして、仕事サボって来てんだよ、こっちは」
「あはっ!まじで。
なんかアンデっぽくないんだけど」
「おまえがチケット送ってきたから……
そんなもん、来るに決まってんだろ」
「そっかー……
ほんとに、来てくれたんだ……
やっぱ、夢だったらどうしよう」
「傍に、いるから、ヴァイ。
ホテルに行くんだっけか?俺も泊めてくれ、宿がないんだ」
「じゃあ、おれとずっといてくれる?
今夜も、明日も」
「いるよ」
「おれと、来てくれる?」
「すぐにとは言えないけど、そのつもりで来た。
退役するにも、手続きがいろいろ……」
「ぷはっ。今そんな具体的な話してない」
ドアをノックする音。
「ヴァイラ、もう出ないと――」
ドアが開き、マネージャーが控室に入ってくる。
彼の目に映ったのは、大柄な男に抱きついているヴァイラの姿。
男がさっとバスローブをヴァイラに巻いている。
「なっ、何を、ヴァイラ、その人は……」
「これからこの人がおれの個人秘書になるから、この人を通じて仕事の話してね。
よろしくー」
「え?
何だって?個人、秘書?」
「秘書のアンデ。お見知りおきをー」
「え……はぁ?」
「とりあえず疲れたからホテルで休みたいんだけど。車の準備は?」
「もう、裏口につけてあるから呼びに……」
「アンデ、そこのおれの荷物準備して。香水も忘れないでね。
おれ疲れたから歩けない」
「おまえは何か着ろ。バスローブじゃまずいだろ」
「そこにかかってるやつー」
マネージャーが戸惑いの目で見ている中、アンデはヴァイラの服を見つけて着せ、ドレッサーの上の小物を鞄に入れて肩にかけた。
アンデがプレゼントした、香水も。
「行くぞ、ヴァイ」
「ん」
歩く気のないヴァイラが、アンデに再び腕を差し出す。
また首につかまってもらって、ヴァイラの背と膝裏に腕を差し入れて、軽々と抱き上げた。
「あはっ、お姫様抱っこじゃん」
ヴァイラがはしゃぐ。
マネージャーについて、スタッフが行き交う中、ヴァイラを抱えたアンデは堂々と進んでいった。
スタッフたちの目が、明らかに疑問を宿しているが。
「みんなーおつかれーありがとうねー」
ヴァイラが軽やかに言葉をかけると、スタッフたちもとりあえず笑顔になってくれる。
彼らにどう受け止められているか分からないが、ヴァイラは少なくとも、以前から同性関係を表明できるようになりたいと言っていた。
これはアンデの、そうとられても構わないという返事。
「なんかさー結婚式のときやるやつじゃない?」
「そうかもな」
「アンデ、やるぅ」
関係者出入り口につけてあった車に、ヴァイラもろともなだれ込むように乗り込んで、車はすぐに発車した。
ヴァイラはずっとアンデの首から腕を外さず、アンデはその細い体をずっと抱きしめたまま。
二人を乗せた車は、まだ熱気冷めやらぬ会場から、静かに走り去った。
✶⋆∘༓∘⋆✶
やっと、光が見えた。
長い間、幻の中にいるみたいに、世界がぼやけていて。
今やっと、もやが晴れて、色が戻ってきた。
「…………」
ベッドに一人。
カーテンの隙間から、日の光が細く差し込んでいる。
天井を見つめて、ここが宿泊先のホテルだったことを思い出した。
(どこのホテルだっけ)
長いこと、ほぼホテル住まいも同然だったから。
(昨日……デビューコンサート……)
ヴァイラ・ツェーリの名でステージに立ち、体中に声援を、光を、音を浴びた。
あれは現実だったのか。
日々があまりにも目まぐるしく過ぎて、どこかで夢が醒めたらどうしよう、と思っている自分がいた。
(昨日、アンデが)
目が覚めてきて、その存在を思い出す。
確か、楽屋に来てくれた気が。
ステージで出し切って、水を浴びたパフォーマンスが思いの外こたえて、楽屋で半分眠りかけていたと思う。
なんだか楽しくて笑って、温かい腕に包まれて、抱え上げてもらって。
(アンデは?)
確かに隣には、誰かいた跡。
夢じゃなかった。
でも、一夜明けたらその姿はなかった、っていう、よくある――
ドアが開く音がして、体がびくっとなる。
バスルームから出てきたのは、バスローブ姿のアンデ。
夢じゃなかった。
全身から、力が抜ける。
あのキスも、言葉も、熱い交わりも、――夢じゃなかった。
「ヴァイ」
「アンデ」
アンデがベッドに乗り上げ、隣に横になる。
「調子は?」
「……大丈夫」
「よかった。おはよう」
キスを交わして、改めてその顔を見つめる。
「やっぱ嘘。超ダルい」
「まあ、そうだろうな。今日明日とオフなんだってな?
しっかり休め」
「え、オフって聞いたの」
「朝、部屋にマネージャーから電話来たぞ。俺が言付かった」
「あは、さすが秘書。もう仕事してる」
二人で、笑い合う。
昨日の今頃、こんなふうに二人で笑っているなんて、思いもしなかった。
チケットを送ったはいいが、本当に来るのか、正直五分五分くらいで考えていた。
アンデのチケットの席の辺りは、ステージ中には目を向けられなかった。
居ても嬉しさで動揺しただろうし、居なくてもショックで動揺しただろうから。
それに、来るのなら、それなりの覚悟はしているはず。
アンデはそういう男だから。
ただ懐かしんで来るような、そんな薄っぺらい男じゃない。
そして本当に、ヴァイラと共に来ると、言ってくれたのだ。
その言葉を、どれだけ待ち望んだだろう。
退役までに手続きがいるという言葉には、真面目すぎて笑ったが。
アンデの首に、腕を巻き付ける。
「ねーアンデ、もう一回……言って?」
「何を」
「昨日言ってくれたじゃん」
「どれだ……?」
「おれのこと、どう思ってるのかって」
「……」
アンデが、視線を逸らす。
その頬は、少し色づいて。
言い淀むのが、かわいい。
「ねーおねがい。言って?」
「おまえな……昨日何度も言ったぞ」
「いつでも聞きたいの」
はあ、とアンデがため息をつき、ヴァイラと目を合わせる。
「――愛してる、ヴァイ」
ずっと、言ってほしかった言葉。
やっと、自分の思いを受け取ってもらえたんだ、と思う。
「おれも。愛してるよ、アンデ」
「あんまり言わせるな……すげぇやりにくい」
この人は、気持ちを口にすることが本当に下手だから。
だから、貴重な言葉。
本当に心が乗っている言葉なのだ。
「じゃあ、キスして」
昨晩の熱烈なキスと違って、そっと触れ合うキスにしてくれる。
それが一層、愛しい気持ちを膨らませる。
「……アンデ、もっかい抱いてよ」
「昨日しただろ」
「足りない。このおれがさ、どんだけヤらなかったと思ってんの?
しかも昨日だって一回しか」
「十分だろ、おまえの今の体力じゃ。それより食って回復しないと」
「やだ、ヤりたいヤりたいヤりたい」
「だ、め、だ」
キスで黙らされてしまった。
なんだかアンデの距離感が、前とちょっと違う。
もっと近づいてくれてる気がして、余計に嬉しい。
アンデがシーツの中に潜ってきて、胸に抱き寄せる。
「とにかく、今日はとことん休め。
ついててやるから」
アンデの腕の中にいると、不思議とよく眠れるのを思い出した。
変わらず、そう。
アンデの腕枕で、広い胸板に顔を寄せて、額に何度もキスを受けて。
まもなく、心地良いまどろみがやってきた。
✶⋆∘༓∘⋆✶
連日の過労とステージで水を浴びたせいか、ヴァイラはその日熱を出した。
たった二日間のオフなのに、ベッドでじっとしておくしかなかった。
アンデはずっとヴァイラの傍で、付きっきり。
熱が落ち着いて楽になってから、ヴァイラとは積もる話をした。
アンデがずっと、ヴァイラとの未来を言えなかったこと。
でも、それに向けて異動を計画していたこと。
ヴァイラと再度思いを分かち合った今は、ヴァイラの望むように身の振り方を決めたいこと。
ヴァイラも、誤解していたことを話した。
イルメーユの言い分を聞いて、乱されてしまったこと。
アンデのしてくれたことを、そのまま受け取れなかったこと。
そして、イルメーユとは会わないことにしたことも。
意図的ではなかろうと自分たちの間に入ってしまう存在が、ないように。
「友人を失わせるつもりなんて、なかったのに」
「ううん。おれのケジメ。
じゃないと今回の作品もできなかった。おれの勝手な切り捨てだよ、ずっと助けてもらってたのに。
でもおれが決めたことだから、アンデのせいじゃ絶対ない。
……実はそのことも曲にしちゃった。多分歌詞だけ聞いたら、男が一方的に振ったやつ。多分彼女が聞いたら分かる」
「あー。あれか」
「こういうのは歌詞として映えるからさー。
おれ性格わる」
「成功するやつは、そんなもんだろ。
綺麗事じゃ、世渡りできない」
ヴァイラは、小さく笑う。
「俺だって。
どう聞いても俺のことだって歌が、この先ずっと残るんだぞ。
他に誰が知らなくても、俺には分かる。
もし俺たちが再会しなかったとしても……俺には、どんな功績よりも光栄だった。
多分、彼女にとってもそう。
おまえってそういう存在なんだよ」
「あはっ、おれたちが死んでも曲は残り続けるしね。
未来まで残しちゃってごめんねぇ?」
「はは、そこまで考えると、すげえよ」
なんとスケールの大きな話だろう。
国中で、いや世界中で聴かれている曲だから、ヴァイラの言う通り死後も残り続ける。
そこに登場できるなんて。
「アンデ。
ついてきてくれる?おれの世界に」
「ああ。
どこまでも」
「一緒に地の果てまで行ってくれる?」
「地の果てなら俺のほうが得意分野だろ」
「そうだった……サバイバルできる人だった……
ていうより、おれのメンタルが乱高下するからさ」
「そのために俺がいるんだろ。鈍感な俺が」
「――弱ってるときに、泣かさないで」
ヴァイラが、急に顔を覆う。
「もう、こき使われて、ボロボロなんだってばぁ……」
「俺が、いるから」
ベッドサイドから、ヴァイラを抱きしめる。
やっと、一緒にいると言葉にできる幸せ。
ヴァイラを丸ごと受け止められる、幸せ。
「……アンデ」
「ん」
「……紅茶ほしい」
「わかった」
ヴァイラから離れ際に、こめかみにキスを落として。
「ルームサービスで頼むか?」
「んーん、その備品のでいい」
「すぐする」
ヴァイラの世話を焼ける、幸せ。
紅茶を準備してベッドサイドに戻ると、ヴァイラは顔の半分までシーツを被っていた。
「ヴァイ。紅茶だ」
呼ぶと出てくるヴァイラが、かわいい。
「起きれるか?」
「起こして」
ほとんどハグの状態でヴァイラを起こして、ソーサーごとヴァイラの前に差し出す。
「紅茶、最高……
マネージャーがさぁ、いっつもコーヒー持ってくんの。飲めないって言うのに。やっぱアンデじゃなきゃだめ」
文句を垂れるヴァイラも、かわいい。
「明日、熱が下がったらさ」
「うん」
「家に、帰りたいな」
「そうしよう」
「帰ったら、オムレツ作って」
「もちろん」
「ライ麦パンと、あとフルーツにヨーグルト」
「いいな」
「アンデ、仕事は?」
「今頃言うか?
“遠方の友人が危篤で帰れなくなって、今週いっぱい欠勤する”って連絡したから、週末までいる」
「なにそれ……
あはっ!あはは!
アンデらしくない」
「すげえ怒られたし、帰ったら始末書だ」
「それ嘘ってバレてんじゃない?」
「おまえが平日にコンサートやるからだろ……
絶対俺を試したなと思った」
「うわ、バレてる」
「おまえのこと、それなりに分かってるだろ」
またヴァイラの世界に、足を踏み入れる。
今度は、もう出口を振り返るつもりはない。
甘い幻想の世界を、現実にする。
二人で共に。
「アンデ」
「ん」
「キスして」
空になったカップをテーブルに置き、ゆっくりとヴァイラの唇を喰む。
時折吐息が漏れ出し、息遣いが響く。
「ヴァイ……」
「んん……」
ためらいなくヴァイラにキスできる、幸せ。
「愛してる」
「んふふ」
愛してる、と言える、幸せ。
「ヴァイ」
「アンデ……」
「「愛してる」」
もうちょっとだけ書きたい!次回最終話です!




