24 きみを愛してるから
会場のライトが落ちた瞬間、客席が湧く。
ヴァイラの名前を呼ぶと同時に、どこからともなく手拍子が起こり、会場中に広がっていく。
熱気に包まれた中、ステージの中央が照らし出されて。
一気に会場が爆発したように震えた。
ヴァイラ・ツェーリが、ステージに立つ。
左右にギターとベース、後ろにドラムとキーボードが入り、観客の熱狂とともに温度が上がっていく。
ヴァイラが、声を入れた。
――背に、ビリビリと電流のようなものが走る。
(おいおい)
いきなり圧倒された。
会場中の人をねじ伏せるような迫力。
ライブハウスとは広さも音量も違うからかもしれないが、何よりも。
ヴァイラ・ツェーリの存在感と、凄み。
たった一年前、前座のときとさえ比べ物にならない、このステージをモノにしている立ち姿。
(おまえ、どこまで行ったんだよ)
本当に。住む世界が違うとは、このこと。
自分の助けがなくても、見事にやってのけた。
本当は助けを必要としているんじゃないか、そんな心配もしたが、やはり、またあの妖精の世界に入っていく必要は、果たしてあるのか。
――ヴァイラからチケットが届いてから、何度も自問自答した。
ステージパスまであるということは、楽屋まで来いと、会いに来いということで。
会って、俺はどうしたいのか。
(愛したいに、決まってんだろ)
反射的にそんな思いが出て、はっとする。
気づけば、風化とは程遠い感情だった。
これからだったから。
これから、もっと愛するつもりでいたから。
もしその続きが叶うのなら、今度は本当に軍を辞めて、ヴァイラの元に行くということ。
それだけの覚悟は、できるのか。
彼がこのまま成功しようが、成功がいつまで続くか分からなかろうが、ずっと共に居続けることはできるのか。
(いや、俺なんかが今更必要か?)
ここまで成功したなら、何でも欲しいものは手に入るだろう、もっと魅力的な男だって。
自分とやり直す必要があるとは、思いにくい。
だとしたらステージパスまで送ってくる必要性が分からないが。
心の準備はしつつ、あとは会ってみないと分からない。
(でもな、俺はまだ心配しちまうんだよ。
おまえがステージをやり切れるかどうか)
ヴァイラのステージは、力強い。
力強いけれど。
全部出しきって、倒れてしまうのではないかといつの間にか心配してしまっている。
ちゃんとした食事を取らせたいし、寝付くまで側にいてやりたいし、
元気でいるのをいつも確認していたい。
やっぱり、こんなにも側にいたいと思ってしまうのだ。
✦
ヴァイラが、曲の合間に少ししゃべる。
観客はヴァイラの言葉一つ一つにうっとりとし、歓声をあげ、叫んでいる。
マイクスタンドからマイクを取り外して、ステージの端の方まで移動すればそちらのファンが大喜びし、反対側でも同様。
『ここからは少し遊ぼっか……
みんなが知ってる、僕も大好きな曲たちをいってみるよ!』
バンドが音を入れると、観客が一斉に盛り上がる。
アンデもラジオで聴いたことがある、有名な曲。
たしかヴァイラも地下で歌っていた気がする。
地下のときは、マイクスタンドから離れることはなかったが。
今はマイクを手に、ステージを端から端まで移動しながら歌い、観客を扇動し、掛け合いを楽しむ。
こんな数の観客を、引っ張り上げることができるなんて。
ヴァイラのすごさは、歌声だけではない。
ステージを盛り上げる勢いだって。
(大丈夫か、そんなに飛ばして)
そんな心配をしてしまう自分は、ヴァイラの魔法にかかることを忘れてしまったのか。
ヴァイラ・ツェーリを見ているよりも、
“ヴァイ”を見ている自分でいたい。
まだヴァイラが許してくれているかも分からないのに、奇妙な感覚に少し笑ってしまう。
人気の曲をヴァイラ・ツェーリがカバーで歌うという状況に、客席の盛り上がりは最高潮。
『ありがと!みんな大好きー!!ありがとー!!』
ステージのライトが落ち、暗転する。
ステージから一旦ヴァイラもサポートメンバーも引いたようだ。
客席がざわざわして、興奮を抑えきれていない。
どこからともなく手拍子が発生して、またたく間に会場全体に広がる。
口笛の音に、ヴァイラを呼ぶ声。
観客がヴァイラ・ツェーリをまだまだ求めている。
ステージに光が戻り、再び客席はわっと湧いた。
上の衣装だけ変わったヴァイラが奥から登場し、再びマイクの前に立つ。
『みんなありがとう。
次は、僕の昔の曲を歌うね。
――僕はずっと地下のライブハウスで歌ってて……この中にはそのときから聞いてくれてる人もいると思うんだけど……
今はこんなにたくさんの人の前で歌えて、すごく嬉しい。
でも、歌が好きなのは、地下で歌ってたときと変わらない。
昔から知ってくれてる人は、安心して。僕は変わってない。
初めて観に来てくれた人は、知ってくれたら嬉しいな。僕はただ歌うことが好きで、みんなに歌を届けたいっていうことだけ。
聞いてくれて、ほんとにありがとう』
始まったのは、何度も地下で聞いた“暗闇に一粒のダイヤを”。
分かるファンには分かる、その一部の人たちが思いきり叫んでいる。
アンデも、懐かしさについ声を上げたくなるが、抑えた。
ないとは思うが、万が一にでも今ヴァイラの耳に入って気分を揺らしたくない。
ステージで、プロの顔を崩さないように振る舞うのは、きっとキツいから。
続けてもう一曲、地下で歌っていた曲を力強く歌い、会場からは大歓声が上がった。
『次で、最後の曲。
多分、みんな待っててくれたかな』
ヴァイラが、魔法の空間の終わりを告げる。
『この曲は……会いたい人を思って歌う曲。
会いたくても会えない、いつか会えるかもしれない、また会いたい。
恋しくて愛しくてつらくて、でも、絶対に。
“きみを見つけるよ”』
ヴァイラ・ツェーリの名を世に知らしめた、デビューシングルの曲。
観客が待ち侘びたかのように、それまでより大きな歓声が上がる。
キーボードが、ピアノのイントロを奏でる。
調は明るいのに、悲しみをたたえた音。
ヴァイラが歌を入れる。
‐‐
さよならを告げたのはおれの方
だってきみのせいだった
何も言ってくれなくて
きみの未来に、おれの姿は見えなかったから
‐‐
(そうだ、俺は……何も言わなかった。その通りだ)
視線の先で歌うヴァイラに、心の中で答える。
あのときの自分は言えなかったし、覚悟がないのも分かっていた。
ヴァイラに、言わせてしまったのだ。
‐‐
きみなしでもやっていけるって言い聞かせて
がむしゃらに頑張っても
どうしても完成しなかったんだ
あと一つ、パズルのピースが見つからない
‐‐
(完成、させただろ。こんなにも)
でも、逆にヴァイラにとっては完成ではないかもしれない。
ひとつ見つからないピースの空間も含めて、この形になっているのか。
あらためて、ヴァイラ・ツェーリの才能に思い至る。
‐‐
きみと見た星空、側にいた香り
紅茶の湯気、レコードの針の音
全部まだ、おれの部屋に残ってる
‐‐
(俺が聞いたら、俺だって分かるじゃねえか)
最初にちゃんと曲を聞いたとき、このパートにやられた。
全部、アンデがヴァイラと過ごしたこと。
ちゃっかり題材にしていると思ったほうがいいのか。
ここを聞く度に、共に過ごしたヴァイラの部屋を思い出してしまう。
ギターが少し切ない音を入れ、ここからサビ。
特にテレビのコマーシャルでよく流れている部分だから、もう頭に染み付いてしまっている。
ヴァイラの高い声が、飛び出す。
‐‐
まだ伝えてない、おれの歌
まだ渡してない、おれの心
きみのせいじゃなかったよ
なぜおれは言わなかった 行かないでって
おれの姿を見てみろよ
こんなにもきみを求めて
おぼれて、もがいてる
どうか姿を見せてよ
遠くても幻でも 夢の中でも
会いに行くから
‐‐
ギターソロに突入し、美しいメロディが会場の心を引き上げる。
会いたい気持ちを音に込めたような。
音が会場を埋め尽くす中、ヴァイラはマイクスタンドの前で、いきなりシャツの前ボタンを一気に開けた。
露わになった上半身に、女性客の悲鳴が音楽をかき消すほどに上がる。
(おい、やるのかよ、あれを)
テレビでよく流れていたミュージックビデオの映像。
雨の小路で、ヴァイラが上半身裸でずぶ濡れになって歌う箇所だ。
アンデのいる田舎町でも、刺激的すぎるだどうだと賛否両論、話題に上がったパフォーマンス。
シャツを脱ぎ去ったヴァイラが、マイクスタンドの側に置いてあった瓶を手に取り、
頭から中の水をかぶった。
髪も顔も、胸も、細い腰も、全部が濡れて。
ヴァイラの体を滴り落ちる水が、光を浴びて輝く。
ギターソロが終わってビートが消え、再びピアノ音だけが響き、
ヴァイラは再びマイクに唇を寄せた。
‐‐
まだ聞いてない、きみの言葉
まだ返してない、きみの愛
きみのせいじゃないんだよ
だから今度こそ
真っ暗な中でも
おれはきみを見つけるよ
きみを愛してるから
✶⋆∘༓∘⋆✶
囁くような声と同時に、音が全て消えて。
次の瞬間に、会場が全力で湧いた。
「ありがとう!」
ヴァイラが明るく挨拶をして、丁寧にお辞儀をする。
会場が沸き続ける中、バンドはステージを降りていった。
だが会場はまだ彼らを離さない。
すぐに手拍子が起こって、大きなうねりとなってヴァイラを呼ぶ。
アンデはすぐにでも飛び出して、バックステージに向かいたかったが。
(多分、アンコールがあるんだったよな)
タイミングがはっきりしないまま、もどかしい思いでアンコールを待った。
「きみを愛してるから」
確かに今まで何度もこの曲を聞いてきた。
歌詞の中には、明らかに自分とのこともあった。
だがここまで全てが、自分に向けられたと思うのはさすがに自惚れすぎな気がしていた。
あくまで歌詞であり、いくらでも創作できる。
でも、
(俺の手紙、見つけたのか)
状況は分からないが、とにかくヴァイラにアンデの現住所は渡った。
見つけておいて、呼びつけるのは。
歌詞の通り、と思っていいのだろうか。
自分を求めてくれるというのか。
早く会って、心から称賛したいし、心から詫びたい。
ヴァイラの音楽への思いを否定してしまったことを。
ヴァイラに、伝えてやれなかったことを。
ヴァイラからは、どんな言葉が返ってくるだろう。
あまりに予測がつかなくて、もう手放すしかない気分になる。
急に会場に歓声が上がったかと思うと、シャツをほぼ羽織っただけのヴァイラが再び登場した。
細い腕も、腰も見えていて、まだ濡れた髪がとても扇情的に見える。
「みんな、ありがとう。
……冷たい。ふふっ」
風邪ひくだろうが、と叫んでやろうかと一瞬思う。
「今日来てくれたみんなのために、最後にもう一曲だけ、歌うね」
✶⋆∘༓∘⋆✶
今度こそ完全に終演。
客席が明るくなり、観客はゆっくりと出口に向かう。
アンデは会場の横の出口から出て、バックステージにつながる入口を探した。
少し迷って関係者入口の扉を見つけ、ステージパスを手に、扉を開ける。
通路は片付けに向かうスタッフで混み合っていて、怪訝な顔をしてアンデを見るスタッフを何人か通り過ぎた。
ただ忙しさで、スタッフの一員のように見逃されている気がする。
(楽屋は)
バックステージの通路が、さっぱり分からない。誰かに聞いた方が――
「ちょっと、あんた」
誰かに呼び止められた。
「ステージパスは?」
振り返って、無言でその男に見せる。
「名前は?」
「アンデ・ブルジェレ」
「ああ」
男が合点を得たような顔になり、手招きする。
「ついてきな。あんたがあの人か」
人が減ったら、どこに行くのか聞こうかと思って男について行く。
まもなくスタッフが行き交う通路を抜け、扉の前に到着した。
「あんたを案内するように、言われてる。
――ヴァイラは、この中だ。
あんた、ヴァイラの友達?」
「……そんなところだ」
「手短にな。早くホテルに帰さないと、ファンが出口を塞ぐ。
時間になったら呼びにくる」
男はそう言うと、その場を立ち去る。
ヴァイラが、ここに。
ドアノブに手を伸ばすのに、少しばかりためらいが残る。
「……っ……」
まるで高所からの落下訓練みたいだ。
腹に力を込めて、ドアを静かに開けた。
中に一歩、足を踏み入れる。
ドアをそっと閉めながら、ヴァイラの姿を探した。
「――あ」
奥のソファーに、バスローブにくるまって、横になっているヴァイラの姿があった。
※作中歌詞
“Find You in the Dark”©橘いゆ璃
とでもしときましょうかw
歌詞は使用しないでくださいね。いつか自分で曲にするので。笑




