23 棄てる覚悟してよね
枕元の電話がけたたましく鳴り、目が覚めた。
「……はーい」
『ヴァイラ、起きてるか?三十分後に出発するからすぐ支度しろ』
「さんじゅっ……えー、足りないよ」
『部屋まで迎えにいくからな、二度寝するなよ』
切れた電話の受話器を置いて、大きなため息をつく。
シャワーをして、着替えて、メイクは……
(テレビ局でしてくれるか)
着たままだった昨日の服を脱いで適当に放り、シャワーを浴びる。
(だるー……
ねむー……)
何日も家に帰っていないが、生活は大して変わらない。
不規則で、適当に買ってきた食事に、短い睡眠時間。
ただ、その内容は大きく変わった。
各テレビ局やラジオ局を回り、収録し、各所の取材に応じ、ホテルに送られて眠るだけの毎日。
マネージャーに連れ回されるがまま、流れるままに、目の前にやってきた仕事をこなす。
(まともに、思考すらしてないや)
望んでいた波は想像以上に大きくて、飲み込まれて、どこに連れて行かれるのかも分からないまま。
部屋のベルが鳴る。
乾ききらない髪のまま、迎えにきたマネージャーの後について、今日の現場へと向かった。
✦
『ヴァイラ・ツェーリ、“きみを見つける”です!』
照明とカメラ、何人ものスタッフに囲まれる中、バックバンドが音を入れる。
イントロの間伏せていた顔を上げ、まっすぐ前のカメラを見つめて、マイクにささやきかけた。
移動のために外に出れば、追いかけてくる女性たちに出会う。
マネージャーについて、車まで逃げるように走る。
もう、一人で歩いて家に帰るのが難しそうだ。
(しんど……)
まともに寝ていないから、一人で寝るのは嫌いだったのに、そう思う間もなく寝落ちする毎日。
救われているようで、微かに危うさを感じ取っている自分もいる。
「ヴァイラ、ほら、コーヒー」
「……コーヒー飲めない」
「なんだよ、いいから今のうちにカフェインぶっこめ、また移動だから」
「苦いのむりなんだってー」
こんなとき、思い出す。
カフェオレか、紅茶にしてくれるあの人。
車のシートでうとうとしながら、叶わぬ願望に思いを馳せる。
迫力のある体格でガードしてくれて、
バランスを考えたおかずを作って持ってきてくれて、
添い寝してくれて、優しく起こしてくれて――
移動中の現実逃避のおかげで、きっとまだ持ちこたえている。
✶⋆∘༓∘⋆✶
この夏、ヴァイラ・ツェーリが、メジャーレーベルから初のシングルをリリースした。
中性的で抜群のビジュアル、それなのに力強い歌声、しかも声域が広く自在に歌いこなす大型新人としてプロモートされたおかげか、リリース直後から評判が爆発的に上がった。
この世界につきもので、イロモノだとか薄っぺらい音楽だとかこき下ろす批評家もいたが、チャートを駆け上がるのを見れば批判など容易くねじ伏せられる。
国内だけでなく、国外でも話題になっているらしい。
ヴァイラ・ツェーリを抱える会社には数々の出演依頼、取材依頼が飛び込み、多忙を超える多忙になっている。
この日も、何件もの取材。
音楽各誌はもちろん、雑誌に新聞、もう既に出版本を出そうと話を持ってくる会社まで。
事務所が大体対象を絞ってくれているが、それでも取材相手が列をなしている。
そこにヴァイラ本人の意志が入る余地は大してなく、会社が判断したものがヴァイラの目の前にやってくるのだ。
――歌詞がとても印象的ですね。失恋にとても響くというリスナーの声が多いんですが、どういったコンセプトですか?
「誰かを強く思った歌かな。誰にでもあると思うんです、たとえ叶わないとしても、もう一度会いたい、見つけたいと思う相手。目の前にいる人の大切さを歌にする案もあったんですけど、僕はこっちの方が感情移入できたかな」
――歌詞も迫るものがありますが、歌い方が歌詞に合わさって一層胸を打たれるものになっていますね。どんな感情を乗せて歌うんですか?
「会いたい思いは強いですね。僕は結構感情豊かな方で、乗せやすいんですよ。武器でもあります」
――やはり、言葉に感情を乗せるのは、ご自身の経験も関係してくる?
「経験、というか……例えば映画を見て感情移入して、その人物になりきって感じるっていうのが僕は昔から好きなんです。この曲はそういったことの集大成かな」
取材は、神経を使う。
ともすればすぐ、個人的なことを聞きたがるから。
世間は結局ゴシップネタが大好きだから、部数の伸びるような答えを欲しがる。
事務所からも、ぼかしたり誤魔化したりするように指導されている内容がいくつもある。
ヴァイラ・ツェーリの売出し戦略通りに事を運ばないといけないから。
(虚構って、こうやってできるんだな)
この世界に入った時点で、もう分かってはいたことだけど。
売れるように、自分を変えていく。または、仮面を被る。
売れたいならそうすればいいのだ。少数の分かってくれる人よりも、多数の好みに合わせた自分に。
(まあ、とっくに慣れてることだし)
ヴェールの下の素顔は、誰も知らなくていい。
✦
毎日のように、この曲を歌って。
つまり、毎日、あの人へ届けている。
届くかどうかも分からない、盛大な未練の歌。
(ふつーに、かっこわる)
情感込めて、渾身の力に見えるパフォーマンスで。
ステージでは平気でできる。
演じることは、もともと好き。
音楽に特化していなければ、俳優も考えたことがあるほどだ。
自分のステージの映像を観るのも、好き。
どれほど美しいパフォーマンスができているか、魅力的に映っているか、声はセクシーか、映像を見て“ヴァイラ・ツェーリ”に酔いしれる。
ただ、未練を世界中に撒き散らしているということが、ひたすらかっこわるい。
とはいえ、本当の意味を分かる人は、あの人と。
リューグとか、事情を知っているごく一部の人くらい。
でもいい。
このかっこわるい歌が莫大な金になれば、あの人を買い占めることだって。
あの人が言ったんだ、俺は高いぞって。
そして有名になればなるほど、スターのワガママを押し通せるようになって、あの人を呼び寄せるツテだっていくらでもできる。
(ま、冗談なんだけど)
あの人は、金を積まれて付いて来る人じゃないから。
もうすぐ、今回の曲を含めたアルバムも出るし、ますます忙しくなるだろう。
秋にはデビューのコンサートも決まっている。
あの人に、観てほしい。
互いの気持ちは別にして、
おれが出した結果を。
だって、礎を一緒に作ってくれたのは、あんたじゃん。
あんたに、見せたいよ。
あんたのくれた光が、こんなに明るくなったよって。
✶⋆∘༓∘⋆✶
ヴァイラ・ツェーリのデビューシングルがチャートの一位に輝き、
次いでデビューアルバムもリリースされた。
全曲ヴァイラ・ツェーリ作曲・作詞の、完全オリジナル路線。
先のシングルを含め、切ない恋心の曲、神話を思わせる曲、風刺を込めた曲など、幅広い内容で歌われている。
アルバムジャケットの、ヴァイラのビジュアルでファンが釣れたという声も聞かれたが、
それよりも音楽自体を評価する意見が大半。
アルバムもまた、またたく間にヒットチャートを駆け上がった。
もうずっと、ずっと、休みなく歌い続ける日々。
常にスポットライトを浴び、人の視線を浴び、期待を浴びる。
これは望んだ結果。
夢が叶って、幸せの絶頂にいるはずの状況。
でも、成功の余韻に浸っている時間さえ、ない。
マネージャーが二人になり、交代しながら現場へ送られる日々。
目まぐるしく、景色が過ぎていく。
「見てよこれ、すごいファンレター」
事務所に立ち寄ったとき、手紙の山を見せられた。
読む時間なんて、あるわけがない。
「アルバムが出たから、さらに増えるよね」
「もうファンクラブ立ち上げ始めた方がいいんじゃない?」
スタッフたちの声を後ろに聞きながら、手紙の山を少し崩して目を遣る。
しばらく見ていて、
「……?」
見覚えのある、大きくてがっしりした文字。
「……え……」
慌てて封筒を手に取る。
何の飾りもない白い封筒は薄っぺらくて、手紙が入っているのかすら怪しい。
裏の差出人は。
「……うそだ……」
アンデ・ブルジェレ。
急に、手が震えてきた。
きちんと閉じられた封筒の端を破り、中を見る。
半分に折られた便箋が、一枚だけ。
そこに、
おめでとう
「……それだけ?」
たった、一語。
あまりにあっけなくて、流すつもりだった涙が引っ込んだ。
代わりに、困惑が顔を出す。
何?これは何のつもり?
もう、完全に吹っ切っちゃったの?
悔しがってるの、それとも嬉しく思ってくれてるの。
何も読み取れない。
悲しみも、怒りも、未練も、喜びも、何も。
封筒をもう一度見ると、そこには彼の現住所がきちんと書いてあった。
名前も聞いたことがないような地域。
でも、これで彼の居場所を手に入れた。
「ヴァイラ、じゃあ出発するぞ」
「待って。
封筒、ちょうだい」
「封筒?」
「それとチケット、関係者席のを一枚ちょうだい。
あと、ステージパスも」
「チケットに、パス?
誰か呼ぶのか」
「うん。ライブを見せたい人がいるの。
会わないって言ったのはおれだから、こっちが再開すれば文句ないよね」
「誰のことだ……?
今の時期に女性問題は火種で」
「女の子じゃないから、大丈夫でしょ」
デビューコンサートまでひと月もないが、これは彼への、そして自分への試練だ。
「おれに会うつもりなら、おれ以外、棄てる覚悟してよね。
――アンデ」




