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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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26 安心してもたれかかれる

今回、最終話となります!


ステージをライトが目一杯照らし、客席から歓声が続く。


ステージから捌けてきたヴァイラにバスタオルを被せ、肩を抱き、アンデは足早に進み出した。


バックステージの暗い道、ヴァイラの足元にペンライトの光を当てながら進む。


「ヴァイ、歩けてるか」

「うん」

「もうちょっとだ」


出口の先、準備されていた車に乗り込んだ。


「出してくれ」


アンデの声とともに、車は会場から走り去る。


ようやく一息ついて、タオルの下のヴァイラの顔を見た。


「お疲れさん」

「はーーー……」

「大丈夫か」

「今日も出し切った」


アンデの肩にもたれかかるヴァイラ。

その髪にそっとキスを落として、アンデはヴァイラを腕に抱いた。



車が到着したのは、ヴァイラが現在居住するマンション。

セキュリティがしっかりしていて、附属施設や各種サービスの整った、芸能や政界関係者向けの場所である。


有名人になってしまったヴァイラは、もうあの裏通りの安アパートに立ち寄ることすら困難になり、事務所が準備してくれたここに移った。

何部屋もあるこの家に、正式に個人秘書兼ボディーガードとして雇用されたアンデも移り住んだ。

退役の表明から約一年を要したが、ヴァイラの元に通って支えつつ、遠距離ながら関係を深めていき、晴れて同棲に至ったのである。


「着いたぞ、ヴァイ」

「んー。歩きたくなぁい」


アンデは先に降りて、ヴァイラの側のドアを開け、ヴァイラを抱え上げた。

大型コンサートの後は、大体こう。

全身全霊でステージをこなすヴァイラは、歩く体力も残さない。

プロフェッショナルぶりに、本当に尊敬の念を持っているから。

思いきりヴァイラを甘やかして、心地よくさせるのがアンデの仕事。

とはいえ、そこに義務感はなくて、心から大事にしたいという思いが溢れるだけなのだ。


一緒にシャワーを浴びて、体を温め、汗を流してやる。

ヴァイラは泡だらけになって、洗われるまま。


風呂上がりにはヴァイラの髪にドライヤーを当てて乾かし、また抱えてベッドに運んでやる。


広いベッドにヴァイラを横たえて、飲み物のリクエストを聞いて。

今晩は、白ワインの希望。

ワインセラーからボトルを取り出してグラスに注ぎ、寝室まで持っていく。


「はーー……やっと生き返った」


ヴァイラの目に、生気が戻る。


「ありがと、アンデ。

一緒に飲も」

「じゃあ、俺も少しもらう」


アンデも同じ白ワインを少し注いで、寝室に戻った。


「今日のライブの成功に、乾杯」

「かんぱーい」


「あっという間に、一万人規模か。袖から見ててすごかった」

「うん。超いい眺めだった」

「おまえは、緊張しないのかよ」

「ステージで緊張はないなぁ。とにかく楽しみで、テンションはバグってるけどね」

「素質だな」

「地下で歌ってた頃と、感覚は変わってないんだよ」

「そうか」


グラスを傾けて、ヴァイラはひと息つく。


「ほんとはさ、そのバグったテンションがステージ終わったらがくんって下がって、メンタルに結構来るんだけど。

昔はあれがキツかったなー。だから男漁り行ってたの」

「……まあ、知ってる」

「ステージの規模がでかくなって、多分、振り幅はもっと大きくなってるんだよ。

でも今は、下降がすごくマイルドで。

アンデが受け止めてくれてるから」


ほろ酔いになってきたヴァイラが、柔らかに笑う。


「もーアンデがいなきゃ、ヴァイラ・ツェーリは成立しないや。

アンデが戻ってきてくれるまでは、忙殺されて麻痺してなんとかなってただけだし。

これから国外ツアーも始まるから、おれの命運はアンデにかかってんだよ」

「なんのプレッシャーだよ。

……まあ、どのみち一緒にいるんだから、そんなに気負うことでもねえけど」

「安定感えぐ。さすがブルジェレ中尉」


ヴァイラがそう言って、笑い声を上げた。

ワインを味わって、一息ついて。


「ついに、来月からワールドツアーか……」

「さんざんゴネて引き伸ばしたってマネージャーから聞いたんだが」

「だってまだアンデが退役完了してなかったじゃん。

アンデなしで国出るなんてムリ!発狂する!って会社に訴えた。

だってさ国内ツアーだって、アンデがいない日やばかったんだよ」

「ああ、ステージ前に電話してきたやつな……しかも俺の勤め先に」

「前日のステージ終わってメンタル落ちたの引きずってたんだよ……」


遠距離恋愛中の、ちょっとした思い出というか、半分トラブル。

“ヴァイ”を名乗る様子のおかしい男がブルジェレ中尉に取り次げと職場に電話がきて、周囲に随分心配された。

当のヴァイラはアンデと話して、ようやく落ち着いてステージを完遂できたと後で聞いた。

ただ、今後はもうそんなこともないだろう、一緒にいるから。


「ヴァイ、何か食う……」

「アンデ。しよ」


ヴァイラがサイドテーブルにグラスを置く。


「ヤんないと元に戻った気がしない」

「大丈夫か?体力は」

「アンデに任せる」

「ん」



準備を整えて、ヴァイラをそっとベッドに横たえる。


触れるようなキスから始めて、次第に深く。


アンデに任せると言ったのに、キスが続くにつれ、ヴァイラの熱が上がっていくのを息遣いから感じる。


穏やかにいくはずだったのに、いつしか燃え上がり。


互いに求め合って、熱を共有し、快感に溺れ。


ヴァイラがもっとと要求し、アンデはそれに応える。



余韻を部屋に映し出すのは、ヴァイラが気に入ったアンティークのランプ。


「アンデも毎度大変だねぇ、こっちのお世話まで任せられちゃって」

「仕事でやってると、思うか」

「んーどうかなぁ。

ちゃんと愛は感じてるよ」

「ヴァイ」


ヴァイラの頬に手をかけて、アンデは自分の方へと向ける。


「仕事でおまえを抱いてるわけ、ねえだろ。

ったく、あんなPVプロモーションビデオ作るから、毎回毎回おまえの体を万人に晒すことになってよ。

オッサンになってもあれやるのか」


セットリストのラスト曲が、ヴァイラのメジャーデビュー曲――例の曲中で上半身裸になり、水を被るというPVのパフォーマンスを再現するもの。


「客はそれこそそれ観にきてるでしょ」

「そうだろうな。

……袖で俺がどんな気持ちで見てると思う?」

「え、感動しないブルジェレ中尉が、思うところアリ?」


意外だという顔をするヴァイラを、少しばかり目を細めて、アンデは見つめる。


「……あんなおまえ見てたら、抱きたくなるだろうがよ」

「うわ、仕事中に、イケナイんだっ」

「おまえのせいだろが」


ヴァイラに顔をかぶせて、唇を奪う。

合間にヴァイラの嬉しそうな笑い声がこぼれた。


「でも、嬉しい。

おれのことちゃんと抱きたいって思ってくれるんだ」

「当たり前だろ」

「だってアンデから全然来てくれないんだもん、おればっかり好きみたいで」

「俺から来ないってなんだよ。常におまえの側にいるじゃねえか。

こっちはおまえに人生投げてんだよ」


「……やっぱ回りくどいんだよねぇ、アンデの言い方って……

てかアンデ、重たい。激重っ」

「……悪いかよ、元軍人の覚悟ナメんなよ」

「悪くない、重いの最高」


ヴァイラが無邪気に笑い、アンデは苦笑する。


「だから、おれがどんなに寄りかかってもびくともしないの。

安心してもたれかかれる」

「ん。いくらでも寄りかかれ」

「じゃあ腕枕して」


アンデの腕に頭を乗せたヴァイラが、アンデを見つめてその頬に手を添える。


いつ見ても、吸い込まれるような美しい瞳。


出会ったときからずっと変わらない。


「ヴァイ」

「なぁに」

「愛してる」

「…………

やば。ちょっとイッていい?」

「なんだ、それ」

「だって、アンデって言ってって言わないと言ってくれないんだもん」

「おまえのステージにまだ当てられてんだよ」

「えー、シラフのときに言ってよぉ」


表情豊かなその頬に、鼻先に、唇に、アンデは軽くキスを落とす。


「アンデ」

「ん」

「愛してる」

「ああ」

「だから、もっかい」


ヴァイラ・ツェーリの魔法は、まだ解けないらしい。



✶⋆∘༓∘⋆✶


✶⋆∘༓∘⋆✶


“ロックシーンに舞い降りた妖精”と評されるようになったヴァイラ・ツェーリは、その二つ名の通り、世界中のステージを魔法にかけて回った。


透明感のある中性的な美しい顔と、華奢な体躯を覆う奇抜な衣装、そして柔らかな言動とは裏腹の、力強い歌声とダイナミックなパフォーマンス。


世界中の人々を虜にし、いつしか伝説とも語り継がれる歌手となるまで、それほど時間はかからない。


中でも最高傑作と呼ばれるアルバムのジャケットは、ヴァイラが愛したとある国のイラストレーターが手がけた。

幻想的な妖精の姿をしたヴァイラのイラストに、彼がもたれかかるのは一本の太い木。

その幹は黒く、葉だけ紅葉している不思議な木。


常にヴァイラの背を支える、名もなきひとりの男のように。





最後までお読みくださり、ありがとうございました!

Xにて、アンデ+ヴァイラのイメージイラストを掲載してみましたので、よかったら覗いてみてください♪

(AI生成のイラストです。あくまでイメージ)

https://x.com/zolotukhina0733

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