20 どんだけ、口下手なんだよ
「……悪くは、ない」
スタジオのプロディーサーが、煮えきらない顔をしている。
ヴァイラも同じように、眉間にシワを寄せた。
「何だろう、音もバッチリだし、歌い方も……いいんだが。
何かが、足りない」
「うーん……」
スタジオに集まる一同が、首をかしげる。
「もう一回……」
「いや、今日はこの辺にしておこうか。
ヴァイラ、スタジオに缶詰だったから、一旦家に帰ってこい」
「いや、別に、大丈夫」
「多分、このままテイク続けても変わらない。
切り上げようか」
スタジオから帰されて、渋々帰途につく。
歩いて帰る先は。
「マーレイ?」
「泊めて」
「いいわよ。
……あなた、最後いつ自分の家に帰った?」
ヴァイラはイルメーユの問いに答えないまま、コートをソファーにかけて寝転がった。
「マーレイ、ごはん作るけど……」
「明日食べる。あんま寝てないから……とりあえず寝る」
「マーレイ、毛布。風邪ひいちゃう」
毛布がかけられる前に、ヴァイラの意識は沈んでいく。
自分の家に、ずっと帰っていない。
ベッドに、まだあの人の香りがする気がして。
一緒に住んでいたわけでもないどころか、月に数回泊まるだけだったのに。
寝室にもキッチンにも、あの人の面影が見えてしまって。
逃げるように、スタジオかイルメーユのアパートで寝泊まりしている。
✦
「彼、いつまでいるか分からないんですってね」
イルメーユからそう聞いたのは、今月に入った頃。
寝耳に水。
そんなの、聞いてない。
「付き合って、なかったの?」
「………」
名前も、約束もない関係。
むしろ、あの人は未来の話を避けていた。
「なんで、メーユの方が知ってるの」
「この前ね、マーレイにいい人ができてよかったっていう話を……」
おれには、そんなこと言わないくせに。
他人には、言うんだ。
ちゃんと、メジャーデビューへの道筋だって具体的に説明した。
それでも、信じてくれないんだ。
そして話してみれば、まさかの転勤を告げられた。
いつまでいるか分からない、だったなんて。
あの人にとっては、おれは期間限定の関係だった。
何が、違う、だよ。
おれが誘ったのは、そうだけど。
暇だからって、おれに世話焼いて、居心地よくして、どんどんおれに入り込んで、
しまいには好きにさせられた。
投げ出して、去るのかよ。
無責任にも、ほどがあるだろ。
おれについてこれないっていう返事で、もう確定。
何もかも――幻想だった。
✦
「ヴァイラ、最近あの軍人さん来ないね」
最悪だ。
スタジオの受付スタッフに、話題を持ち出された。
「……なんか、地元に帰ったらしいよ」
「えー、まじか。あの人の差し入れ、つまみ食いしたかったのに。
お前が羨ましかったよ、あんなうまいもん食えてさ」
「暇だったんだろ」
「え?暇だからってわざわざ料理して持ってこねーだろ、普通。
主婦とかならともかくよー」
「………」
「めちゃくちゃいいダチじゃん。
しかもさ、一般兵ならまだしも、あの人将校だぜ?普通に忙しい立場だろ。
お前が不健康そうにしてるからって持ってきてくれてたんだよ」
「は、なにその話……」
「お前に取り次ぐ間に何回か喋ったけど、こんな人が国を守ってくれるんなら心強いわ」
え。
なんで。
暇つぶしじゃ、なかったの?
待って。
イルメーユに言われたことと、
あの人のしてくれたことが、
ずれていく。
おれがどんなに夜遅く電話しても、出てくれて。
おれの好きなもの、作ってくれて。
時間に間に合わなくても、迎えにきてくれて。
いつも、腕枕をしてくれて。
あれも、これも。
待ってよ。
暇つぶしじゃないなら。
おれのためだっていうなら。
なんで、地元に帰る身だって、最初から言わなかったんだよ。
おれから断るために、仕向けでもした?
考えるほどに、思い出すほどに、分からない。
レコーディングは、クリスマス休暇で一時中断。
家族の元に帰らない独り身の数人のスタッフと、スタジオで飲みながらクリスマスを越して。
ごちゃごちゃの頭を、ピアノに向かって発散させる。
何考えて、あんなこと言ったんだよ。
あんたの気持ちは、どうだったんだよ。
おれ、あんたにいっぱい求めたけどさ。
あんたの気持ち、なんにもわかんねぇよ、――アンデ。
✶⋆∘༓∘⋆✶
こんなに傷心でも、年末には容赦なく派手な仕事が回ってくる。
年末のライブハウス、ここで定期的にライブをするアーティストたちが順にパフォーマンスをするパーティーに、ヴァイラも出演する。
前座に出るようになったヴァイラは少し有名人扱いで、ヴァイラ名義で人も入るようになり、観客でフロアはいっぱいだった。
「ヴァイラ、名前上げたなぁ」
「今年はお前がトリだわ」
楽屋でそんな会話を交わしながら、準備して出番を待つ。
ステージで歌えばテンションは上がり、いつもより多い観客の前で歌うのに酔いしれて。
声援も、去年に比べて明らかに増えた。
――あの人と知り合ってから、確実に。
それは間違いなく体感していること。
ステージ終了後、ライブハウスはクラブみたいな賑わいに変わる。
アーティストたちもフロアに混じって踊ったり、ファンと話をしたり。
このまま新しい年に突入するのだ。
フロアに見知った顔を見つけて、話しかけにいく。
「ヴァイラさん!めっちゃかっこよかったです」
ずっと応援してくれている軍人の一団。
あの人に懐いていたミルジェが、ガールフレンドと一緒に来てくれていた。
あの人に会う前から来てくれている、ヘイゼも。
「今年は応援してくれて、ありがとうね」
「僕ヴァイラさんに出会えてほんとに幸運です!ガールフレンドもできたし」
「あんたがここで歌うのが減って、ちょっと寂しかったよ」
「そんな風に言ってくれて、嬉しい。
来年はメジャーデビューするから、よろしくね。ずっと応援してくれてるあなたたちは、贔屓するね」
本音だけど、営業でもある。
ずっといたはずのあの人の存在がここにないのを、顔に出さないように笑ってる自分がいる。
「あいつがいたら、今日なんか絶対来たかっただろうにな。
俺が連れてきた中で一番あんたのファンになってた」
ヘイゼが言うのは――多分、あの人のこと。
「アンデって覚えてます?一緒によく来てたんだけど。
あいつこっちに出向で来てて、任期が来て地元に帰っちゃったんですよ」
「そうなんだ、残念」
(知ってる。出向だったんだ)
「でも多分、そのうち戻ってくるんじゃないかな。
こっちに異動願い出るって言ってたから」
「――それ、いつ頃の話?」
「え?多分、先月末とかの話かな……
すぐにすぐ異動はならないけど、定期的にこっち来るって言ってたし、なんかだいぶ都会を気に入ったみたいっすよ」
先月末。まだ、別れる前のことだ。
こっちに、異動?
定期的に、来る?
「だから多分また観に来ますよ。
ってか、あんたがメジャーデビューしたらあんまりこういうところ出なくなっちゃうか」
「ブルジェレ少尉……あ、今は中尉か。
なんかこっち戻ったら誰かと住みたい感じの話してましたよね、僕が彼女と同棲する話してたら、部屋の間取りの話とか入ってきて」
「まじか、彼女いないって言ってたのに、実はいたやつ?」
「あの、中尉って、どんな立場なの?僕そういうの知らなくて」
(昇進、したんだ)
そんな話は、全然聞いたことがなかった。
もっと言えば、少尉であることも知らなくて、スタジオのスタッフの方が知っていた。
「んー、叩き上げのエリートコースですよ。俺も同い年で少尉だけど、抜かされました。
まぁー傍からみても優秀でしたからね」
「……じゃあ、忙しい、よね」
「忙しいっすよ。
でも仕事が早いから、なんかうまいこと時間作ってここに来てた。
今日はライブだからって張り切って仕事してたなぁ」
「ライブの日にめっちゃ顔こわかったのって、もしかしてそれ?話しかけづらかったですもん」
「だろうな」
(忙しかった、んだ……)
仕事の話は、ほとんどしなかった。
遅れるかもしれない、はよく聞いた言葉だけど、忙しいだなんて、全然言ってなかった。
なのに、ライブどころか、週に何度も会いに来てくれて。
それは、ヴァイラが頼んだこと。
(誰かと住む、って。それ、もしかして)
ヴァイラにこれだけ時間を使っておいて、他の人に時間を割くことはどう考えても難しい。
それなら――
(おれとのこと……
考えて、くれてたってこと?)
でも、別れ話になったのはその後だ。
今はもう無くなっている話かもしれない。
奥のカウンターに、いつも見えていた彼の姿を思い出す。
(暇なんかじゃ、ないじゃん。
おれ、何言ったんだよ、あの人に)
だめだ、今考えたら、とんでもない誤解に辿り着いてしまいそう。
「……あの、アンデさんてさ、今どこの支部にいるの」
「サトゥレ支部。北部のさ」
「あそこ冬キツいですよね……出動多いって聞いたことある」
(サトゥレ……)
基地の場所さえ把握できれば、基地宛てで手紙を書けばあの人に渡ると思う。
でも、今更、何を書くんだろう。
拒絶したのは、おれ。
(言い訳、しなさすぎなんだよ)
なんで、自分で言わないんだよ。
忙しかったのも、手間かけてたのも、戻るつもりだったのも。
「……どんだけ、口下手なんだよ……」
ヴァイラの呟きは、突き刺すようなビートに飲み込まれていった。




