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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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20/26

20 どんだけ、口下手なんだよ


「……悪くは、ない」


スタジオのプロディーサーが、煮えきらない顔をしている。

ヴァイラも同じように、眉間にシワを寄せた。


「何だろう、音もバッチリだし、歌い方も……いいんだが。

何かが、足りない」

「うーん……」


スタジオに集まる一同が、首をかしげる。


「もう一回……」

「いや、今日はこの辺にしておこうか。

ヴァイラ、スタジオに缶詰だったから、一旦家に帰ってこい」

「いや、別に、大丈夫」

「多分、このままテイク続けても変わらない。

切り上げようか」


スタジオから帰されて、渋々帰途につく。

歩いて帰る先は。


「マーレイ?」

「泊めて」

「いいわよ。

……あなた、最後いつ自分の家に帰った?」


ヴァイラはイルメーユの問いに答えないまま、コートをソファーにかけて寝転がった。


「マーレイ、ごはん作るけど……」

「明日食べる。あんま寝てないから……とりあえず寝る」

「マーレイ、毛布。風邪ひいちゃう」


毛布がかけられる前に、ヴァイラの意識は沈んでいく。


自分の家に、ずっと帰っていない。


ベッドに、まだあの人の香りがする気がして。

一緒に住んでいたわけでもないどころか、月に数回泊まるだけだったのに。

寝室にもキッチンにも、あの人の面影が見えてしまって。


逃げるように、スタジオかイルメーユのアパートで寝泊まりしている。



「彼、いつまでいるか分からないんですってね」


イルメーユからそう聞いたのは、今月に入った頃。


寝耳に水。

そんなの、聞いてない。


「付き合って、なかったの?」

「………」


名前も、約束もない関係。

むしろ、あの人は未来の話を避けていた。


「なんで、メーユの方が知ってるの」

「この前ね、マーレイにいい人ができてよかったっていう話を……」


おれには、そんなこと言わないくせに。

他人メーユには、言うんだ。


ちゃんと、メジャーデビューへの道筋だって具体的に説明した。

それでも、信じてくれないんだ。


そして話してみれば、まさかの転勤を告げられた。


いつまでいるか分からない、だったなんて。

あの人にとっては、おれは期間限定の関係だった。

何が、違う、だよ。

おれが誘ったのは、そうだけど。

暇だからって、おれに世話焼いて、居心地よくして、どんどんおれに入り込んで、

しまいには好きにさせられた。


投げ出して、去るのかよ。


無責任にも、ほどがあるだろ。


おれについてこれないっていう返事で、もう確定。


何もかも――幻想だった。



「ヴァイラ、最近あの軍人さん来ないね」


最悪だ。

スタジオの受付スタッフに、話題を持ち出された。


「……なんか、地元に帰ったらしいよ」

「えー、まじか。あの人の差し入れ、つまみ食いしたかったのに。

お前が羨ましかったよ、あんなうまいもん食えてさ」

「暇だったんだろ」

「え?暇だからってわざわざ料理して持ってこねーだろ、普通。

主婦とかならともかくよー」


「………」


「めちゃくちゃいいダチじゃん。

しかもさ、一般兵ならまだしも、あの人将校だぜ?普通に忙しい立場だろ。

お前が不健康そうにしてるからって持ってきてくれてたんだよ」


「は、なにその話……」

「お前に取り次ぐ間に何回か喋ったけど、こんな人が国を守ってくれるんなら心強いわ」


え。

なんで。


暇つぶしじゃ、なかったの?


待って。


イルメーユに言われたことと、

あの人のしてくれたことが、

ずれていく。


おれがどんなに夜遅く電話しても、出てくれて。

おれの好きなもの、作ってくれて。

時間に間に合わなくても、迎えにきてくれて。

いつも、腕枕をしてくれて。


あれも、これも。



待ってよ。


暇つぶしじゃないなら。

おれのためだっていうなら。


なんで、地元に帰る身だって、最初から言わなかったんだよ。


おれから断るために、仕向けでもした?


考えるほどに、思い出すほどに、分からない。



レコーディングは、クリスマス休暇で一時中断。

家族の元に帰らない独り身の数人のスタッフと、スタジオで飲みながらクリスマスを越して。

ごちゃごちゃの頭を、ピアノに向かって発散させる。


何考えて、あんなこと言ったんだよ。

あんたの気持ちは、どうだったんだよ。

おれ、あんたにいっぱい求めたけどさ。

あんたの気持ち、なんにもわかんねぇよ、――アンデ。


✶⋆∘༓∘⋆✶


こんなに傷心でも、年末には容赦なく派手な仕事が回ってくる。


年末のライブハウス、ここで定期的にライブをするアーティストたちが順にパフォーマンスをするパーティーに、ヴァイラも出演する。

前座に出るようになったヴァイラは少し有名人扱いで、ヴァイラ名義で人も入るようになり、観客でフロアはいっぱいだった。


「ヴァイラ、名前上げたなぁ」

「今年はお前がトリだわ」


楽屋でそんな会話を交わしながら、準備して出番を待つ。


ステージで歌えばテンションは上がり、いつもより多い観客の前で歌うのに酔いしれて。

声援も、去年に比べて明らかに増えた。


――あの人と知り合ってから、確実に。

それは間違いなく体感していること。



ステージ終了後、ライブハウスはクラブみたいな賑わいに変わる。

アーティストたちもフロアに混じって踊ったり、ファンと話をしたり。

このまま新しい年に突入するのだ。

フロアに見知った顔を見つけて、話しかけにいく。


「ヴァイラさん!めっちゃかっこよかったです」


ずっと応援してくれている軍人の一団。

あの人に懐いていたミルジェが、ガールフレンドと一緒に来てくれていた。

あの人に会う前から来てくれている、ヘイゼも。


「今年は応援してくれて、ありがとうね」

「僕ヴァイラさんに出会えてほんとに幸運です!ガールフレンドもできたし」

「あんたがここで歌うのが減って、ちょっと寂しかったよ」

「そんな風に言ってくれて、嬉しい。

来年はメジャーデビューするから、よろしくね。ずっと応援してくれてるあなたたちは、贔屓するね」


本音だけど、営業でもある。

ずっといたはずのあの人の存在がここにないのを、顔に出さないように笑ってる自分がいる。


「あいつがいたら、今日なんか絶対来たかっただろうにな。

俺が連れてきた中で一番あんたのファンになってた」


ヘイゼが言うのは――多分、あの人のこと。


「アンデって覚えてます?一緒によく来てたんだけど。

あいつこっちに出向で来てて、任期が来て地元に帰っちゃったんですよ」

「そうなんだ、残念」


(知ってる。出向だったんだ)


「でも多分、そのうち戻ってくるんじゃないかな。

こっちに異動願い出るって言ってたから」


「――それ、いつ頃の話?」


「え?多分、先月末とかの話かな……

すぐにすぐ異動はならないけど、定期的にこっち来るって言ってたし、なんかだいぶ都会を気に入ったみたいっすよ」


先月末。まだ、別れる前のことだ。


こっちに、異動?

定期的に、来る?


「だから多分また観に来ますよ。

ってか、あんたがメジャーデビューしたらあんまりこういうところ出なくなっちゃうか」


「ブルジェレ少尉……あ、今は中尉か。

なんかこっち戻ったら誰かと住みたい感じの話してましたよね、僕が彼女と同棲する話してたら、部屋の間取りの話とか入ってきて」

「まじか、彼女いないって言ってたのに、実はいたやつ?」


「あの、中尉って、どんな立場なの?僕そういうの知らなくて」


(昇進、したんだ)


そんな話は、全然聞いたことがなかった。

もっと言えば、少尉であることも知らなくて、スタジオのスタッフの方が知っていた。


「んー、叩き上げのエリートコースですよ。俺も同い年で少尉だけど、抜かされました。

まぁー傍からみても優秀でしたからね」


「……じゃあ、忙しい、よね」


「忙しいっすよ。

でも仕事が早いから、なんかうまいこと時間作ってここに来てた。

今日はライブだからって張り切って仕事してたなぁ」

「ライブの日にめっちゃ顔こわかったのって、もしかしてそれ?話しかけづらかったですもん」

「だろうな」


(忙しかった、んだ……)


仕事の話は、ほとんどしなかった。

遅れるかもしれない、はよく聞いた言葉だけど、忙しいだなんて、全然言ってなかった。


なのに、ライブどころか、週に何度も会いに来てくれて。

それは、ヴァイラが頼んだこと。


(誰かと住む、って。それ、もしかして)


ヴァイラにこれだけ時間を使っておいて、他の人に時間を割くことはどう考えても難しい。

それなら――


(おれとのこと……

考えて、くれてたってこと?)


でも、別れ話になったのはその後だ。

今はもう無くなっている話かもしれない。


奥のカウンターに、いつも見えていた彼の姿を思い出す。


(暇なんかじゃ、ないじゃん。

おれ、何言ったんだよ、あの人に)


だめだ、今考えたら、とんでもない誤解に辿り着いてしまいそう。


「……あの、アンデさんてさ、今どこの支部にいるの」

「サトゥレ支部。北部のさ」

「あそこ冬キツいですよね……出動多いって聞いたことある」


(サトゥレ……)


基地の場所さえ把握できれば、基地宛てで手紙を書けばあの人に渡ると思う。


でも、今更、何を書くんだろう。


拒絶したのは、おれ。



(言い訳、しなさすぎなんだよ)


なんで、自分で言わないんだよ。

忙しかったのも、手間かけてたのも、戻るつもりだったのも。


「……どんだけ、口下手なんだよ……」


ヴァイラの呟きは、突き刺すようなビートに飲み込まれていった。


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