19 もう、会わない
今回からしばらくお別れ回となります。
「ブルジェレ少尉。来月一杯で、きみの帰任が決まった」
上官に呼び出されたアンデに告げられた、突然の異動。
「ちょうど年末までの本部勤務になるな。
来年から支部勤務だが、中尉への昇進も決まった。しっかりやれよ」
「……了解しました」
「きみはよくやってくれたから、評価も……
なんだ、昇進なのに、顔が暗いな」
「いえ、何でもありません。光栄であります」
帰任――そろそろ、来ると思っていた。
アンデの本来の所属の、地方支部へ。
本部には出向で来ていたのだ。
数年だけの、仮の場所。
(ヴァイに……言わないとな)
でも、終わらせるつもりなどではない。
距離は離れても、会いに通える。
それに。
「おい、アンデ!地元に帰るってまじか」
数日後にはもう話は広まっていて、ヘイゼが聞いてきた。
「そうだ。来月中には戻る」
「あー、さみしくなるなぁ。時々都会に出てこいよ、そんで遊ぼうぜ」
「ああ、そのつもりだ。
――というか、こっちに異動を願い出ようと思ってさ」
「まじで?」
「案外、都会生活は俺に合ってたかもな」
「おお、お前なら期待値高いし、すぐ戻ってこれるんじゃね?」
「だといいな」
「次は“ブルジェレ大尉”だったりして」
「さすがに、早すぎだろう」
業務の引き継ぎをして、引っ越しの荷物をまとめ始めて。
一旦、支部の宿舎に住むことにしている。
(物が、増えたな)
片付けながら、思いの外、荷物が多いことに驚く。
宿舎に入り切る心配をしないといけないかもしれない。
長く使っていないものは、思い切って処分することにして。
もともとシンプルだった部屋は、さらに生活感を消していく。
その間、ヴァイラは帰宅していないのか、電話も来なかったし電話をしても出なかった。
今、レコーディングが忙しいと聞いている。
早く伝えた方がいいと思いつつ、待つしかない。
しばらくは遠距離だが、もし本部に異動が叶ったら、そのときはヴァイラと一緒に住む家を考えよう。
万が一それで軍にバレるなら――そのときは、潔く退役する。
✦
ヴァイラから電話が来たのは、また数日後。レコーディングで何日もスタジオに寝泊まりしていたらしい。
次の非番で、家に行くことにした。
もう、引っ越しの日が迫りつつある。ヴァイラに次会えるのは、少し先になるだろう。
少しだけ、電話の向こうのヴァイラの声が遠く聞こえたのは、気のせいか。
準備も大詰めで、正直時間的に厳しい。それでもなんとか時間を作って、ヴァイラとゆっくり過ごそうと思っていた。
それが。
「いつまでいれるか分からない、って、どういうこと?」
会った瞬間、ヴァイラに詰められた。
ヴァイラには、まだ何も言っていなかったと思うが。
少しだけ違和感はあったが、その話を切り出した。
「ああ……その話なんだが。
地方支部へ、戻ることになったんだ」
「は?聞いてないんだけど」
「でも、定期的に会いに……」
「何、最初から一時的なものだったってこと?遊びだったのかよ」
「遊びじゃない、そもそも最初はおまえからだったろうが」
思わず言ってしまった。
互いに、最初はそうだったはず。
ヴァイラに誘いかけられたのに、遊びだったと咎められる謂れはない。
「おれのこと、そんな風に思ってたのか?最低だな!」
「ほかに男連れ込んどいて、遊びじゃないなんて思うかよ」
ヴァイラの言葉に、また反応してしまった。
いくらなんでも、最低と言われる覚えはない。
咎めないでいてやったのは、こっちの方だ。
事実を突きつけられたヴァイラが、たじろぐ。
「……じゃあ、そのとき離れればよかったじゃん。今になって言うとか卑怯だよ」
「咎めてない、俺が弄んだみたいに言うなって意味だ」
「でも、結局、おれのこと本気じゃなかったんだろ、弄んだようなもんじゃん」
「ヴァイ」
「暇つぶしだろ?人の面倒みるなんて」
「違う」
「じゃあさ、本気なら、今すぐ軍やめておれと来てよ」
「……っ」
(できるなら、そうしたいに決まってる)
でも、勝算は?
たどり着くのはいつも同じ。
(今やったら、二人とも路頭に迷うのがオチだろうが)
「できないんだろ?」
アンデが答える前に、ヴァイラが答えを置く。
「あんた、いつもそうだよな。
俺が売れたらって、そればっか。
どれだけプレッシャーかかるか分かってる?
どんだけ焦ってるか分かってる?
あんたがおれと居てくれるか、不安になるの、全く分かってないじゃん!
なのに結局、いなくなるんだな!」
「ヴァイ、だから、」
会いに来るし、異動できたら一緒に――
その言葉は、激昂したヴァイラに畳み掛けられる。
「もういいよ!
どうせあんたはおれを選ぼうなんて思ってないもんな!
どれだけ言っても、仕事、仕事、金、金で。
おれの歌に感動とか、してないだろ!全て投げ打っておれを支えてくれる勇気もないくせに」
「それは、ただのバクチだろ?」
――ヴァイラの声が、止まったのにも気が付かず。
こいつはあまりにも、生活が安定していることの大きさを分かっていない。
だからつい、強い言葉が出た。
「支えるってな、余裕がなきゃできねぇよ、今の収入があるからおまえの面倒見れたんだ。
本当の貧困って知ってるか?おまえみたいに夢を追ってるうちは、そんなの貧困じゃねぇ、現実はそんなに甘くねぇんだよ」
「バクチ……って……
そう、思ってたんだ」
ヴァイラの表情が、抜け落ちる。
「あんたも、うちの親といっしょかよ。
夢追うのなんか、馬鹿らしいって思ってんだろ。
どうせさ、おれなんて売れてない歌手だよ。
知ってるよ、そんなこと。
――でもさ、あんたといたいから、おれ頑張ってきたのに」
ヴァイラの瞳が、揺れる。
言いすぎたと、思った。
現実は甘くない、それは事実。
でもその中で、ヴァイラは確実に前に進んでいて。
短期間であっても、ずっと見てきたはずなのに。
「ヴァイ、俺だっておまえと……」
「出てって」
鋭い一言に、言うべき言葉が出せなかった。
「もう会わない」
ヴァイラの前に、見えないのに厚い壁が見えたような気がする。
「ヴァイ、悪かっ……」
「もういいから。出てって、って言っただろ」
ヴァイラの冷たい瞳は、もうアンデの言葉を許さない。
言葉が届くどころか、伝えることさえ、もう叶わない。
「……分かった」
目を伏せて、踵を返す。
これが最後の会話なら。
言いたいことは、いろいろある。
頑張ってほしいとか、成功を祈ってるとか、それでも応援してるとか――
でも、何も出てこなかった。
「ちゃんと、食えよ」
それだけ言って、ヴァイラの世界の扉を閉めた。
✶⋆∘༓∘⋆✶
ちょっとの間、妖精の世界に足を踏み入れて、甘い幻想を見ていただけ。
そこから出れば、また以前と同じ、特別なこともなく平坦な日常が続くだけ。
街はすっかりクリスマスムードで、温かい光が街に溢れる。
世間がクリスマス休暇に入る前に、引っ越し作業を済ませ、あとはアンデ自身が車で帰るのみとなった。
(このまま、何も言わずにいていいのか)
車に乗り込んで、ふと引っかかる。
(あいつは、気分が変わるから)
もしかしたら、あのときから冷静になって、話くらいは聞いてくれるだろうか。
時間が経てば、またあの笑顔で、ちょっといたずらっぽい言葉で。
今は昼前、家にいるならそろそろ起きてはいる頃。
何度も通った、薄暗い裏通りの道。
車を端に寄せて、アパートの階段を上がり、すっかり見慣れた扉の前に立つ。
ノックをしようとして。
(……いや)
アンデは、その手を下ろした。
(全部、言い訳に過ぎない)
引き返して、車に戻る。
ゆっくり発進させて、街の通りへと出た。
ヴァイラと歩いた道、
ヴァイラのために食料を買い込んだ店。
ヴァイラを送って行った、劇場も通り過ぎて。
(いい街だった)
雪の結晶が、フロントガラスに舞い降りる。
ワイパーを動かしてもガラスに残る氷の粒が、自分の未練と重なる。
(おまえと居たかったから……安定した生活を、手放せなかった)
街を外れる道へと、入った。
支部に戻れば、この都会以上に元通りの生活になる。
妖精のヴェールの下は、本当に幻想的な空間だった。
だから、言わなくてよかったのだ。
「おまえを、愛してたよ――ヴァイ」




